【 チャイルドフッド・リバイバル 】
◆QIrxf/4SJM




12 :No.03 チャイルドフッド・リバイバル 1/4 ◇QIrxf/4SJM:07/09/24 01:16:24 ID:SCEDXoXb
 俺は今、炎でできた大蛇に体を締め付けられている。
「ふふ。負けを認めなさい! あたしが誰だかわかってるでしょ!」
 我が家の食卓に向かい合って座り、勝ち誇って言ったのは焔使い央菜だ。幼馴染のクラスメイトである。
 とてつもなく悲しいことに、幼稚園以前のスイミングスクールから数えて早十数年、俺たちは一度もクラスを離れたことが無かった。強力な腐れ縁で固結びされている。そう、班単位はおろか、席単位ですら離れるということはなかったのである。
「これはあたしのケーキ、あんたには勿体ないわ!」
 そんなことを言われても、へこたれる俺なんかじゃない。みのり(愛妹)が半分だけ残した目の前のショートケーキを無様に簡単に諦めるなんて、俺の人生において最大の汚点になるのは確実だぜ。
「ああ、央菜はべらぼうに強いってことは知ってる。俺は今まで央菜に一度も勝ったことなんてなかったさ」
 俺は肩を落とし、悲しそうな顔をした。
「あら、そう?」央菜は少し顔をほころばせた。「――――分かってるならいいのよ。ふふ」
 俺を縛り付けていた炎が消える。この瞬間を逃しはしない!
「だけどなあ、俺は今、ストロベリーハンターに生まれ変わったんだよぉぉっ!」
 俺は央菜に向かってフォークを投げ飛ばした。
「あっ、ずるいわっ!」央菜は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ真顔に戻った。「――――――甘いっ!」
 指を弾いて炎を飛ばし、フォークを融かしたのである。
 俺はにやりとした。
「かかったな!」
 そう、何を隠そう、これこそが俺の狙いだったのだ。
「央菜は今、我が家のフォークを台無しにした――――」
 地鳴りのようで激しい効果音が俺には聞こえる。
「ま、まさか――――――。そ、そんな」
 央菜は口元を四角にして絶望した。真っ黒なツインテールがとんがって、ガーンと音がする。
 まさに形勢逆転。
 俺は、世界中でただ一人の炎を使える悪魔のような女に焼殺されるかもしれないという死の恐怖を与えられ続ける、不幸な星のめぐり合わせのもとに生まれてきながら、今まで愛と希望を忘れることはなかった。
 それがこの瞬間における、逆転劇の秘訣である!
「ふははははは」俺は高笑いをした。「これが、お前をはじめとする人間を愛する気持ち! 世界に対する希望を捨てぬ強き心」
「な、何を言ってんのよ――――」央菜は顔を真っ赤にした。

13 :No.03 チャイルドフッド・リバイバル 2/4 ◇QIrxf/4SJM:07/09/24 01:17:00 ID:SCEDXoXb
「央菜よ、覚えているかい?」
 そう、それは俺たちがまだ、黄色い帽子にランドセルを背負って学校に行っていた時期のことだ。
 遠い年月を見るために、俺は目を細めた。
「あれは確か遠足の日だった。俺は弁当をすごく楽しみにしていた。あの、斜め上の世界に生きる怠け者のかーさんが作ってくれた、初めてのお弁当だったんだ」
 央菜のツインテールが鉤状に固まり、ギクッと音がした。
「あ、あれは――――」
「とてつもなく些細なことで、俺たちは喧嘩したよな」
 些細だったとしか覚えてはいない。
 俺たちはペアを組まされていたので手を繋いで歩いていたが、お互いに顔を見合わせることは無かった。
「その時は、俺も、まさかあんなことになるなんて思ってなかったんだ」
 初めの事件は昼の休憩時に起きた。
 大きなシートを広げて、嬉々としてそこに座った俺は、まるで宝石箱をあけるかのような面持ちで、弁当の箱を開けたのである。
「弁当は、黒焦げになっていた――――」
 犯人は央菜だった。彼女は俺が泣いて悲しむので、素直に謝った。
 俺も央菜のことを許し、一緒に弁当を食べることで事態は収束したはずだった。
 大事件は帰ってから起こった。
「まさか、あたしもあんなことになるなんて思ってなかったわ――――」と央菜は語る。
 ここからは俺が、かいつまんで演じよう。
「あら、ハル(俺)ちゃん、おかえり」とかーさんは言った。「お弁当どうだった?」
 俺は何も言えなかった。思わず大量の冷や汗を流したものだ。
「洗うからお弁当箱だしてね」
 弁当は黒焦げになっている。これを出せば、かーさんが一体どれほど悲しみ、憤慨するだろう?
「どうしたの?」
 思い切り覗き込まれては、俺はどうすることもできなかった。弁当箱を取り出して、かーさんに手渡した。
 受け取ったかーさんは、まず、その重さに異変を感じた。
「やだぁ、私のお弁当、そんなにマズかったの?」

14 :No.03 チャイルドフッド・リバイバル 3/4 ◇QIrxf/4SJM:07/09/24 01:17:56 ID:SCEDXoXb
 弁当のふたを開けたかーさんは凍りついた。
「くろっ、黒焦げ――――」
「ごめんなさい」俺は俯いて言った。「央菜がやったんだ」
 ぜんまい仕掛けのおもちゃのようなぎこちない動きで、かーさんが俺を見た。
 目を真ん丸くして、顔を真っ赤に上気させている。
「たたた、大変だわっ!」とかーさんは言った。その声色から、ひどく興奮しているのが分かる。
 そう、とても大変な事態だ。俺は、ささいなことで央菜を怒らせ、弁当を台無しにしてしまったんだ――――。
「ハルちゃん! ちょっと来なさい!」
 かーさんは俺の腕を掴み、部屋から駆け出した。俺はなされるがままに引っ張られた。
 玄関を出て、夕闇の中を走る。
 その時、俺は川に捨てられてしまうのではないかと、本気で思っていた。目元からは涙が流れ、頭は重くて真っ直ぐに前を向くことができなかった。
 かーさんの足が止まった。
(きっと、ここは河川敷なんだ――――――――)
 奥歯をきゅっと噛んで覚悟を決めた俺は、ゆっくりと顔を上げた。
「え?」きっとこの時、俺が上げた声は本当に頓狂なものだっただろう。
 央菜の家の目の前だったのである。
 かーさんはインターホンを押して、央菜を呼び出した。
 央菜は俺たちの前に現れるや否や、顔を歪めた。かーさんのただならぬ雰囲気を悟ったのである。
「まさか、お弁当のことで――――」恐る恐る俺たちに近づいた央菜が言った。
「そう、お弁当よ!」
 かーさんが叫ぶ。
「このお弁当、真っ黒焦げにしたのは、央菜ちゃんなんでしょ?」
 央菜はゆっくり頷いた。
「やっぱり、そうなのね!」
 かーさんは両手を振り上げて、ゆっくりと央菜に近づいていく。
 央菜は恐怖のあまり、動けないのだろう。じっと、かーさんのことを凝視している。
「ご、ごめ――――」
 央菜が頭を下げようとしたときだった。
「央菜ちゃん!」と言って、かーさんは抱きついたのである。
 俺はその時、かーさんが央菜のことを絞め殺そうとしているのだと思った。

15 :No.03 チャイルドフッド・リバイバル 4/4 ◇QIrxf/4SJM:07/09/24 01:18:12 ID:SCEDXoXb
「央菜ちゃん、ハルちゃんのことをよろしく頼むわね」とかーさんは言った。
「は?」俺と央菜が素っ頓狂な声を上げる。
「恋焦がれるっていうけれど、本当に焦がしてしまうほどの愛なのねっ」かーさんは涙を拭った。「私、そんな二人のためにできることならなんでもするわ。ふふ」
 それから俺たちは、暴走を始めたかーさんの手によって、さまざまな厄介ごとに巻き込まれることになったのだ。
 毎日毎日、小学生で孫はいつできるのかを尋ねられたり、無理矢理に披露宴を行わされた経験があるのは、恐らく俺たちくらいのものだ。
 クラスメイトに噂が広がったときの、言い知れぬ羞恥心と絶望は、きっと誰にも理解できないだろう。
 かーさんの斜め上を行く思考は、時に恐るべき方向へと俺たちを導くのである。
 我が家のフォークを央菜の力で融かさせるという今回の作戦は、まさにそのことを利用したのである。
「お、思い出すだけで鳥肌が立つわ――――」央菜は言った。
「融けたフォークを見たかーさんがどんな行動を起こすのか、わかるようでわからない」
 央菜はがっくりと肩を落とした。
「私の、負けだわ」
 完璧なまでに戦略で打ち負かしたのである。
 央菜がひどく落ち込むのもしかたがないというものだ。
「ダイエット中なんだろ? だったらそんなに落ち込むなよ」
 俺は慰めの言葉を贈り、央菜の肩をぽんと叩いた。
「だって、あんたとみのりちゃんに間接キス、させたくないんだもん――――」
 央菜は顔を真っ赤にして、上目遣いで俺のことを見た。



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