【 僕の英雄 】
◆hGLKiYpmYQ




97 :No.23 僕の英雄 1/4 ◇hGLKiYpmYQ:07/09/17 00:04:15 ID:hDtjyzaG
 英雄と呼ばれる人がいるのなら、僕を救って欲しい、そう思うほど僕は追い詰められていた。
 英雄という夢のような存在にすらすがりたくなる、僕は藁にもすがる思いという状態なのだ。

 いまこうして路上を歩く僕はどんなにみすぼらしい姿に見られているだろうか、顔を伏せていてもすれ違う通行人たちの視線が痛いほど感じら
れる。ボロボロになった靴、穴だらけの服、伸びきったボサボサな髪、風呂にはかれこれ一ヶ月位は入っておらず体からは異臭がする。水道も電
気もガスも全部料金滞納で止められていた、それでもアパートの家賃だけは払って雨風を凌ぐ場所は確保している。
 でもそんな生活とも今日でお別れになるのだ、僕の右手にはなけなしのお金で買ったロープが入った袋が握られている。それを手にしていると
家に着くのが待ち遠しかった。
 もうすぐ家に着く、そうすれば――――
「うわっ」
 突然体に衝撃が走った、その衝撃にやせ細った僕の体は弾き飛ばされて地面にしりもちをついた、通行人達はそんな僕を盗み見ているようだっ
たが、僕は気にせず立ち上がる。そうして立ち上がると前に誰か立っていた、背丈は低く中学生位の少女、この子にぶつかってしまったらしい、
それにしても子供とぶつかって倒れるなんて僕はどれだけ弱いのだろう。
「すみません」
 僕はそう言うとまた家に向かって歩き出す、が、誰かに服の裾を引っ張られた。歩みをとめて振り返ってみると引っ張ったのは先ほどぶつかっ
た少女だった。
「えっと、何か用かな?」
 僕は少女に出来るだけ優しく言った、しかし女の子は何を言うでもなくただ俯いているだけだった、ぶつかった時にどこかを打って痛いのかと
思い聞いてみることにした。
「どこかが痛む……」
 そう言い掛けた時、初めてその女の子と目があった、ただ目を合わせるだけなら別にどうと言うことは無いのに、その女の子の眼差しがまるで
僕の心を見透かしているようで、それを見た僕は固まってしまった。
 少女はしばらく僕の事を見ていたがふとどこかに行ってしまった。僕はあの少女の事が無性に気になって仕方が無かったが、家に帰るのを急ぐ
ことにした。

 家に着くと僕は袋からロープを取り出した、そしてロープの片端を天井に、そしてもう片方を環になるように結んだ、そしてその下に踏み台を
起き全ての準備を整えた。
『死は全てを解決する。人間がいなければ問題も存在しない』昔どこかの国の指導者が残した言葉だ、僕はこの言葉の通りの事を実行しようとし
ている、この言葉を残した指導者は問題を解決する為に他人を殺したが、僕にはそんな大それた事をする勇気は無い、だから僕が僕自身で僕を殺
すのことにしたのだ。

98 :No.23 僕の英雄 2/4 ◇hGLKiYpmYQ:07/09/17 00:07:17 ID:hDtjyzaG
 じっとしているのもあれなので、さっそく踏み台に乗り首を環に通してみる、これで踏み台を倒せば僕は死ぬ、この苦しい生活からおさらばで
きるのだ。だがまだだ、もう少しこの世界の空気を吸おう。そう自分に言い聞かせた僕だが本当は死ぬことに少し躊躇していたのだ。
 ロープに首を掛けてどれ位経っただろうか、ずっと腰を曲げていたので腰が痛い、今の僕は端から見たら相当間抜けな格好だろう。
「間抜けね、さっさと死なないの?」
 突然僕のすぐ傍で声がした、聞いた感じでは年半ばにいかない少女のような声、僕は辺りを見回すが誰も居ないようだ。幻聴……いや、このア
パートは壁が薄いから隣接する部屋から声が聞こえたのだろう。
「おーい、こっちこっち」
 そんな事を考えて納得していると、今度ははっきりと声が聞こえた、それも本当にすぐ近くだ、どこかに誰か居るのか、それとも僕の耳が本当
におかしくなったのか。
「おい、下を見ろ」
 半ば怒ったかのような声色で下を見ろと言われ僕は下を見た、すると僕を見上げている少女が居た。
「あれ、君はあの時の……ってなんで僕の部屋にいるの? 鍵掛けてあっただろ?」
「別にそんな事はどうでもいいのよ、それより、まだなの?」
「まだって何が?」
「何がってあなたが死ぬの、さっきから見てれば一向に決断しないで、それでも男?」
 少女は勝手に家に入ってきたかと思えば次は年上の僕に説教を垂れる、なんて生意気な子なのだろう。
「うるさいな、君こそ人の家に勝手に上がりこんで人の死に方にまで口を……その前にさ、君は何者なの?」
「そんなこともうすぐ判ると思うけど」
 少女はなにか含みのある言い方で言うが僕にはさっぱり心当たりはなく、まったくわけがわからなかった。
「大人を舐めると警察に突き出してやるぞ」
「あーもううるさいなー、仕方ないからわたしが少し手伝ってあげるね」
 少女はそういうと足を振りかぶり――僕の乗っていた踏み台を勢い良く蹴り飛ばした。
「ちょっおまっ!」
 僕が言葉にならない何かを発した時には既に遅すぎた、支えを失った体は重力にしたがって自由落下を始めていた、そして首にわずかな違和感
を覚えたと思うと目の前は真っ暗になり、全てが止まっていた。
 暗闇の中で僕は映画を見ていた、スクリーンに映し出される光景は今まで僕の過ごしてきた一生、観客は僕一人だった。小学校の入学式に小便
を漏らしたことや、中学校の修学旅行で抜け出した事がばれて拳骨を食らったこと、無理だといわれた高校に入学できたことを友達と抱き合って
喜んだこと。
 そこまで見て僕はこれが走馬灯という奴だと気付いた、そして自分が間もなく死ぬことも理解した、それを知ったとき僕はある事を思い出して
いた。

99 :No.23 僕の英雄 3/4 ◇hGLKiYpmYQ:07/09/17 00:08:35 ID:hDtjyzaG
 スクリーンに映る全てのシーンで僕の目を惹く女性の存在、彼女は幼馴染で僕の初恋の人だった、そしてその思いは今でも変わっていないこと
を。
 彼女は小学生の頃から仲良くしていた親友だった、いつからか親友から恋愛対象になったのだろうか、でも結局その想いは伝えられず別々の高
校へと進学した、去年の同窓会に会ったのが最後たったな、そういえば久しぶりにあったのに全然話が出来なかったのが残念だったっけ。
 彼女は今どこで何をしているのだろうか、明るい彼女の事だ、彼氏でも作って幸せに暮しているのだろう。
 いつの間にか目の前はぼやけ、目から熱い何かが流れ落ちていた。
 僕は、思った以上に思い残したことがあったのだ、いや、わかっていたにも関わらず苦しい現実から逃れる為に世界に絶望したふりをしてそれ
を見ないふりをしていたんだ、それで結局僕はこうして後悔している。
「どう? 死ぬ気分は」
「……なんで君がここに居るんだ?」
 いつの間にかスクリーンは真っ白で何も映していなかった、それを遮る形であの少女が立っていた。
「さっき、わたしが何者かって聞いたよね、それに答えてあげる。」
「え?」
「わたしは死神、あなたを迎に来たの」
「そうか、だからもうすぐ判るなんて言ったんだな」
「そういうこと、さて、もう死の余韻は十分楽しんだでしょ、そろそろ行かないと」
「行くってどこに」
「あなたは死んだ、だからわたしはあなたを冥府へと導かなくちゃならない」
 少女はそういうとどこから出したのか大きな鎌を手に握りそれを振り上げようとする。
「ま、待ってくれ! もう少し時間をくれないか!」
「だめ、あなたは死んだのよ、それも自分の意志でね」
「君は僕の乗ってた踏み台を蹴り飛ばしたじゃないか」
「わたしは死にたがっていたあなたを助けてあげただけよ、逆に感謝して欲しいわ」
「……」

100 :No.23 僕の英雄 4/4 ◇hGLKiYpmYQ:07/09/17 00:09:42 ID:hDtjyzaG
 僕はそれ以上何も言わなかった、あの時の僕は死にたがっていたのは事実だし彼女に責任があるなんてただのエゴじゃないか、僕は死んだ、こ
の事実はもう変えることは出来ないのだ。
「それじゃ、死がどれほど取り返しの付かないことかわかったでしょ? これに懲りたらもうあんなことしないでね」
「え? それって……」
 少女は手に持った鎌を高く振り上げて僕に振り下ろし、僕の意識は闇に落ちていった。

「う……」
 眩しい明かりに目を覚ますとそこは僕の部屋だった、天井から吊り下げられたロープは何事も無かったかのように少し揺れているだけ、時間も
全てが死ぬ前に戻っていた。
 僕は今確かに生きている、僕はその事実にほっと胸を撫で下ろした、そしてゆっくりと起き上がると天井のロープを外した。
 少し判った気がした、あの少女と路上でぶつかった時、全てを悟られていたのだろう、それで自らの命を絶つという愚考を行おうとしていた僕
をこらしめてくれたのだと。

 それから数ヶ月がたった、僕はなんとか働き口を見つけ、こつこつと借金を返しながら生活をしていた、あのあと幼馴染と会うことがあったが
昔と変わらない笑顔を見せてくれて少し嬉しかった、どうやら彼氏はいないようで僕にもチャンスは有るかもしれない。借金を返しきったら告白
したいと思っている。
 こうして僕が立ち直る事ができたのはあの少女のおかげだった、もしかしたら僕の生きるという本能が見せた白昼夢だったのかもしれない、で
もあの死神の少女は確かに僕に生きる勇気をくれた、その点で彼女は間違いなく僕の英雄なのだ。

 了



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