【 英雄 】
◆luN7z/2xAk




77 :No.18 英雄 1/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/16 23:16:10 ID:HX80xRwl
「俺、いつかこの国の英雄になるんだ」
 親友のケインが俺にそう言ってきたのは、対ドラゴン戦の訓練を行っていた時
のことだった。
「もっと強くなって、どんなモンスターにも負けないようになって、大きな戦功
 を挙げて『英雄』って呼ばれるようになりたいんだよ」
お前ならなれるよ、と俺は言う。素直に、心からそう思った。ケインは、大きな
目を輝かせていた。

 俺とケインは国軍に入る前から、ずっと一緒にやってきた。住んでいる場所も
近かったし、だから学校も一緒だった。俺たちは、少年時代から暇さえあれば模
擬剣で打ち合っていた。「一緒に国軍で活躍する」という共通の夢のもとで、二
人はずっと剣を振るっていた。
でも、両親はそんな俺たちの意志に反対だった。命を失うような仕事だ、当たり
前のことだった。
やがて成人し、俺たちは両親から逃げ出して二人で一緒に国軍に入った。
『知り合い同士は別々の寮にした方がいい』という軍の方針から、ケインと俺が
顔を合わせるのは訓練の時だけになったけど、他の人たちよりも小さな時から剣
を握っていた俺たちはどんどん功績を挙げ、僅か三年で少尉、ケインは大尉とい
う位を貰い、いつの間にか兵を率いる立場になっていた。お互いが尉官になって
からは、話す機会も以前のように多くなった。
「何でいきなり英雄なのさ。 今のままでも十分国に貢献してるだろ?」
 俺は剣を下ろしてケインに尋ねてみた。ケインは手で汗を拭い、虚空を見上げ
ながら答える。
「きっと、そうして世界に名前を残せば、父さんや母さんも俺のことを許してく
 れると思うんだ」
ケインは最近、両親について考えることが多くなっていた。その度「つられて」
俺は抜け出してきた家のことを思い出す。ケインが何か言わなければ何も考える
こともない自分は親不孝だなぁと思ってしまう。それ以前に、家を抜け出した時
点でそれ以下なんだが……

78 :No.18 英雄 2/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/16 23:16:36 ID:HX80xRwl
 今、父はどうしているだろう。母は何をしているのだろうか。そういえば、大
人になってからも何もしてあげてない気がする。
今月は仕送りを送ろう、と思った。
「少しだけでも暇ができたら、帰りたいな」
ケインが言う。今の国軍は他国との戦争より、最近よく現れるモンスターから各
都市を守る役目の方が多い。不定期な出撃が多いので、家に戻ることは俺たちじゃ
なくても難しかった。
「おいおい、俺たちはここに来たくて抜け出してきたんだよ?」
「それでも、もう一度帰りたいんだ。 土下座して謝って、それで許してもらう」
何サボってるんですかケイン大尉、という声が遠くから聞こえてきた。気づけば
なかなか長い間ずっと、話に夢中だった。
「友人か?」
声を出した兵士は、俺の姿を見ると腰を低くする。
「いや、今年入ってきた新米の兵でな。こっちから話しかけ続けてたら、いつの
 間にか冗談を言い合える仲になってたんだ」
ケインは部下や新米の兵たちとの交流を欠かさない。昼食時には新米兵の輪に混
じって話をするし、訓練では色々な兵たちと一緒に剣を打ち合っていた。
人望が厚いわけだ。その兵士と大声で話すケインを見て、ケインなら本当に英雄
になるかもしれない、と俺は思った。


 ドラゴンが王城付近の草原に現れたという情報が入ったのは、それから三日後
のことだった。
当然のように軍に出撃命令がくだり、俺たちは草原へ向かい、ドラゴンと対面し
た。

79 :No.18 英雄 3/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/16 23:16:58 ID:HX80xRwl
「思ってたより、でかいな……」
訓練はしていても、実際にドラゴンと戦うのは初めてだった。訓練の内容から、
ケインと俺は、ドラゴンとはもうちょっと背の低いモンスターだと思っていた。
だが、今目の前にいるドラゴンは横幅が俺の百倍ぐらいはあり、背も八倍ぐらい
はあるだろう。その体型はどう見てもアンバランスで、逆に恐ろしさを際立たせ
ていた。
ドラゴンは、その大きな体を動かしながら雄叫びをあげている。狂っているとい
う表現の方が近いかも知れない。
「ブレスに気をつけろ!できるだけ自由に動けるように広がって動け!!」
俺を含む将校たちが怒号に近い声をあげてそれぞれの部隊の兵たちに命令する。
ドラゴンは基本的に群れをつくらず、一頭で行動することが多い。今回もそのよ
うに見える。
とにかく、俺たちはできるだけ広がりながら、ドラゴンを囲むように命令する。
だが、暴れまわっているそれを囲むのは難しく、その場にいた何十人もが大きな爪に切り裂かれ倒れていく。
訓練の時にも「犠牲が少なく済むことは絶対にない」と言われていたが、想像以
上だった。前線にいた兵士たちは、ほぼ壊滅状態となっている。
王城の防衛地点に最低限必要な数以外は連れてきていたはずだが、その数を以て
しても、ドラゴンの力は強大だった。
「ドラゴンの表皮は硬い!支給した手榴弾でダメージを与えろ!」
 これ以上やられるとまずい、と俺が前線に出る。そこには、既にケインや他の
将校の姿があった。
恐怖が、俺の心にやってくる。
上から襲い掛かってきた爪を、咄嗟に抜いた剣で何とか弾き返す。この剣も、あ
と何回攻撃を防げるか分からない。隣で一緒に戦っている部下たちが、どんどん
地べたに崩れ落ちるのが見える。ドラゴンは手榴弾の爆発の威力をものともせず
暴れまわっている。

80 :No.18 英雄 4/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/16 23:17:22 ID:HX80xRwl
 瞬間、ドラゴンの動きが止まる。それから腹の面積が少しずつ、でも目に見え
るように大きくなっていく。
俺だけでなく、兵士の全員がはっとする。そしてその次の瞬間には怒号が飛び交
う。
「ドラゴンの前にいる部隊はバラバラになれ!! 早く退避しろ!!」
俺も迷わず声をあげる。 だが、間に合わない。
 俺の左手の景色が、焼け野原になるのに時間は全くかからなかった。
そこにあった全てのものが消えてなくなっている。草花や石ころはもちろん、人
間のかたちさえも姿を消している。

 数秒、静寂がやってくる。その沈黙を破ったのは、ドラゴンが崩れ落ちる音だっ
た。懐には、大剣が深々と突き刺さっている。
側には、ケインの姿があった。
その場にいる全員が歓声をあげた。きっとそれは、国を守りきったことではなく
、自分が生きて帰れることへの喜びの声なのだろう。
犠牲は多かった。その場にいた半数以上がやられたかもしれない。
それでもみんな大声で叫んだ。それまであった恐怖を振り払って、勝利の喜びを
他の兵士たちと分かち合うように。そして、俺はケインに近づいた。
「やったな、ケイン!」
ケインは、興奮と驚きが入り混じったような表情だった。その顔のまま、俺を見
て言った。
「俺、英雄になれたかな……」
俺は力強い声で答えた。
「あぁ、なれたさ! お前はこの国とこいつらを守った、英雄だ!」

 その瞬間、重量感のある足音と共に、地響きが鳴り響いた。
また、沈黙が始まる。 さっきと同じような、恐怖と恐れに満ち溢れた沈黙が。
俺たちの目の前にいるのは、大きな大きな形をし、鋭い爪を持ったモンスター。
先程のものより大きく太った、ドラゴンだった。

81 :No.18 英雄 5/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/16 23:17:47 ID:HX80xRwl
 バカな、と誰かが言うよりも前に、その顔から火炎が放たれる。
とっさに避けることができたのは俺とケインだけだった。背後にいた兵士たちは
炎に包まれる。炎から開放された時にはすでに、跡形もなかった。
ドラゴンは、先程対峙していたものと同じ体型になっていた。ただ、色が違うだ
け。
 撤退はできない。俺たちの後ろには王城がある。既に混乱に陥っている兵たち
に必死で命令を叫ぶが、ほとんど聞こえていない。逃げ回るか、突撃をしている
かどちらかだった。たとえ聞こえていても、同じだろう。
「落ち着いて対処しろ! 絶対に城には近づけるな!!」
こんなことを言っている俺自身も全く落ち着いていなかった。ただ前線で剣を振
るう。だが、ドラゴンの痛覚には届かない。軍は、既に壊滅状態だった。生き残
っている人間の数は、もとの三分の一にも満たない。
 ケインがドラゴンと対峙しながら、俺に近づいてきた。
「俺は、この国の英雄になるんだ」
独り言のようにケインがつぶやく。俺に話しかけているのは分かるが、反応がで
きない。したくても、できない。
「じゃぁな、父さんと母さんによろしく」
待て、の一言も出なかった。ケインはただ、目の前を走り抜けていく。
その姿が見えなくなった瞬間に見えたのは、見知った顔の首と、そこから溢れ出
る大量の鮮血だった。
 その日、俺の親友が英雄となった。
国民はその戦績と生き様を讃えた。軍の中では、後世にも語り継がれる伝説の人
間となった。俺はそれを彼の両親に伝えるために――伝えるまでもないが――数年
ぶりに故郷へ戻った。勿論、それを知っていた彼の両親は喜ぶわけもなく、ただ
涙を流し続けていた。気づけば、俺も泣いていた。その雫には、もらい泣きとい
う一つの安易な言葉では表せないような感情で溢れていた。
ケインは夢を叶えた。でも、それはケインが望んだようなものにはならなかった。
命を落として手に入れたものなど、愚かしいものでしかないのだと、俺は空虚感
に満ちた心で思った。                    fin



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