【 遥か彼方 】
◆ZchCtDOZtU




72 :No.17 ×××× 1/5 ◇ZchCtDOZtU:07/09/16 23:07:48 ID:HX80xRwl
 迫り来る締め切りを前に、俺は一人ディスプレイの前で唸っていた。全くアイディアが、イメージが沸かない。俺はある
掲示板のスレッドに参加していた。そのスレッドでは毎週、異なるお題についての小説を書き、多くの人間が評価しあう品
評会なるものが開催されていた。参加し始めてから約一ヶ月。俺は毎週のように参加していたが結果は散々たるもの
で、今回こそはと意気込んでいたのが水曜日。しかし、いざお題が発表になると前日の意気込みはどこへやら。ファンタジー物、
時代物が書けない、書いた経験が無い俺には今週の御代は非常に難しいお題だったのだ。今週のお題は「英雄」であった。 
「英雄って言ったら、やっぱりファンタジーだろうなぁ……」
 ぶつぶつと文句を言いながら作品の内容を空想する。英雄という言葉の響きには何か、偉大さとか尊大さ、威厳、名誉、
つまりはファンタジー的な要素があるように感じられる。作品に対するイメージが、アイディアが頭に浮かんでこない。
 英雄と言う言葉をネット辞典で検索する。

 えい‐ゆう【英雄】 才知・武勇にすぐれ、常人にできないことを成し遂げた人。

 パソコンのディスプレイと睨めっこ。画面を睨む事、数秒。ふと、イメージが頭をよぎるが、形にはならない。
 頭を抱えつつパソコンの前を離れ、バスルームに向かう。頭をよぎる数多のアイディアを整理するのは、いつでもシャ
ワーの役目だ。 シャワーを浴びながら、頭を整理する。身体を洗い、頭をシャンプー、ついでに歯磨きも……。
 そのとき、なんとなくイメージが閃き、イメージがアイディアになり形になる。
 キタキタキタ。アイディアが形になる瞬間。俺の身体が打ち震える。慌ててバスルームを飛び出し、パソコンの前ま
で歩み寄る。スクリーンセイバーを解き、濡れた両手でキーボードを操る。今のヒラメキを忘れないうちにあらすじと出
だしだけでも書いてしまおう。新規テキストファイルを開き、思いついたことをそのまま殴り書き。

 ある所に少年王と側近の大臣が居た。少年王の先代、つまり少年王の父は民衆からの支持も厚く強大なカリスマを
持った英雄であったが、流行病で急逝してしまう。それにより十代で王位に即位することになった少年王が古今東西の
英雄を調べ、見習い、父王の忠臣であった大臣と共に偉大な英雄になるべく成長していく物語。

 コレならイケる。コレなら書ける。多分大丈夫だ……と思う。あらすじと出だしを書き終えると、髪から一滴の水滴が垂
れ、まだ素っ裸であったことに気付く。バスルームも開けっ放しであった。タオルを取りにバスルームに戻る前、今の勢
いが止まる前に、今作のタイトルを考える。脳裏にパッと浮かんだ一文をタイプする。書き込んだタイトルを二、三度読み
返し、「……うん、コレで良いだろ」 一先ず納得すると、俺はバスルームに舞い戻った。

品評会参加作品  遥か彼方

73 :No.17 遥か彼方 2/5 ◇ZchCtDOZtU:07/09/16 23:08:32 ID:HX80xRwl

 少年王は宮殿のバルコニーから夜空を見上げる。眩しいほどに数多の星々が輝き、様々な星座が夜空を彩る。神話の神々、
遥か古の英雄達が様々な星座に姿を変えていた。その中には少年王の父の姿もあった。

 少年王の父、つまり先代の王は、非常に優秀な王であった。広大な大陸の極東に位置するこの国は、先々代王の時代には大
陸に数多くある小国の一つに過ぎなかった。しかし、そんな小国を先代王は即位後、わずか十年足らずの間に支配域が大陸の三
分の一程にもわたる大国にしてしまった。隣国を瞬く間に滅ぼし支配し、隣国の隣国を支配下に置き、そのまた隣国も……。
 先代王の名は大陸の端から端まで隅々まで行き渡っていた。人々は、先代王を英雄だと言った。生きながらの英雄であり、伝説
であり、神である、と。そしてこの戦いは、神話の中での戦い、つまり聖戦であると。先代王は生きながらにして神話の中の神々
と同格とみなされ、英雄となった。
 そんな先代王であったが、彼も病には敵わぬ、ただの人間であった。遠征中であった遥か遠国で流行病にかかり、その生涯を
閉じた。先代王が残したものといえば、大陸の三分の一ほどにもわたる広大な支配域と、莫大な量の戦後処理、そしてたった一人
残された息子、つまりは少年王であった。

 まだ年の頃、十五歳にして父の後を継ぎ即位した少年王は、星座とされ崇められる父の姿を見上げながら傍らに佇む大臣に呟く。
「……大臣。私は英雄になれるのであろうか。先代王のように偉大な英雄となれるだろうか?」
「もちろんでございます」
 大臣は即答する。即位してからまだ四ヶ月。少年王には威厳も、尊大さも無い、まさしく少年の姿のままで、その表情には未だ幼
さが残っていた。
「私には未だ、知識が足りない。深い学識が必要であると考えるが、どうだろう?」
 大臣が「はい」と言う前に少年王は続ける。
「良い王になるには、英雄と呼ばれるようになるには、まだ私には経験も知識も無い。そこでだ、大臣。古今東西、古代から現在まで
の英雄にまつわる。言を集めてほしい。彼らの言葉から、時の英雄たちが何を考え、何をなしたかわかるであろう。さすれば、私も彼
ら英雄に近づく事が出来よう、そして父上にも近づく事ができる、と思う……」
「……さようですな。……似てきましたな、お父上に」
「……そうかな? ……私は父上のような立派な英雄になれるだろうか?」
「はい。なりますとも、私が付いておりますよ」
「そうだな」と言って少年王は再び、星空を見上げた。空には先代王の名が付いた星座あった。いつか父上を超える英雄と呼ばれる
ようになってみせる。遥か彼方の星を見上げながら少年王は決意を抱くが、それは少年王の胸の中。


74 :No.17 遥か彼方 3/5 ◇ZchCtDOZtU:07/09/16 23:09:00 ID:HX80xRwl
 土曜日の午後十一時過ぎ。俺は本日、三本目の缶ビールに手をつけていた。いよいよ締め切りまでは二十四時間とあと数分
とになっていた。
 ビールを二、三口煽りながらキーボードをタイプする。主人公である少年王と側近の大臣に命を吹き込み、個性を与え、動き
を与える。俺は自らが空想した二人のキャラを動かし続けた。二人は俺の用意した舞台の中で動き回る。今回はキャラがイキ
イキと動いている……様な気がする。まるで命ある人間のように。二人が俺の空想の中で、アレもしたい、コレもしたい。アッチ
の話もさせろ、コッチの話もさせろとはやし立てる。早く書け、早く書けと騒ぎ立てる。俺はビールの酔いと眠気に意識を刈られ
そうになりながらも二人をさらに書き続ける。俺の空想をテキストに綴り続ける。
 しかし気が付くと俺は、キーボードを枕に一眠りしていたようだった。枕のあまりの硬さ具合に耐え切れず、目を覚ましたのは
深夜三時半を少しばかり過ぎたところだった。電気代の節約とばかりに部屋の灯りを消し、書いていたのが災いしたようだ。
目の前ではディスプレイが煌々と白色光を放ち続けていた。眠い目をこすりながら、「……今日はココまでにしておこう」と今ま
で書いた分のテキストを保存する。
 保存の前に少しばかり手直しする。すると俺はちょっと奇妙な感覚が沸き起こった。自分で書いた覚えが無いシーンがいくつも
出てくるのだ。まぁ結構酔っ払いながら書いたからな。と俺は自分で変に納得しながら手直しを終えるとテキストを保存した。

 品評会参加作品 お題 英雄.txt 7KB

 物語は依然半ばを過ぎた当たり。俺は明日の品評会に向けて、物語のオチをどうするか考えながら、ベッドについた。

 翌朝。午前十一時。眠りから醒めた俺は、遅い朝食を取りながら朝刊を眺める。まだ昨日のビールが残っているのか、頭が重い。品
評会当日だと言うのに二日酔いとは最悪だ。締め切りまでは残り十二時間を切っている。物語りも全然まとまっていやしない。早く完成
させなければ。俺はぱっと朝食を平らげ、ざっと朝刊に目を通すと、酔い覚ましのインスタントコーヒーを用意しながらパソコンの電源を入れる。

 パソコンは静かにハードディスクを回し始め、やがて起動。俺はコーヒーが並々に入った愛用のカップ片手に、マウスを操る。昨日、保
存したテキストファイルをダブルクリックで開き中身を確認する。直後に違和感が俺に襲い掛かる。変だ、何かがおかしい。確実におかしい。
何度か読み返しているうちに、違和感の正体に気付き、俺は目の前が真っ白になるような感覚に陥る。俺が書いていないシーンが既にある。
まだ書いていない、これから書こうと思っていたシーンが既に書かれている。気付いた瞬間、俺は片手に持っていたカップを床に落としてし
まった。カップは割れ、コーヒーは床に大きな黒い水溜りを作る。だが俺はディスプレイから視線を移す事が出来なかった。
 テキストファイルを確認するとこうあった。

 品評会参加作品 お題 英雄.txt 10KB

75 :No.17 遥か彼方 4/5 ◇ZchCtDOZtU:07/09/16 23:09:22 ID:HX80xRwl

 翌日の宮殿内、幾人かの執務官の居並ぶ少年王の執務室の中に大臣の姿があった。それは大臣が昨夜から少年王からの言葉に
従い、古今東西、古代から現在に至るまで様々な英雄たちの言を調べ、その結果を伝えるためだった。一時も速く少年王の命に従う
ため、大臣は寝る間を惜しみ宮殿内の書物庫をひっくり返し、数多の文献、歴史書をあさって一日で数多の資料を精査したのだった。

「陛下、昨日のお言葉通り、古今東西の英雄たちの言を調べました。その中の何点かをお教え致します」
 資料の検討など数日は掛かる作業だと思っていた少年王は幾分驚いた様子だった。
「……もうか、さすがに速いな」
「さすが父上の側近だっただけはある」と呟くと、少年王はそれまで取っていた筆を傍らに立つ執務官に預け、「では、早速聞かせてもら
おうかな」と大臣の話に耳を傾けた。

「えー……、まず古代アメリ国の思想家ですが『英雄とは普通の人より勇敢なわけではないが、5分間長く勇敢なのだ』という言がありま
す」
「……で、つまり、端的に言えば何を意味する言葉なんだ?」
「はぁ、ですからつまり、英雄と一般人とは決定的に違う別のモノではなく、ほんの些細な事が英雄と一般人とを別つ、との意味であると
心得ますが……」大臣が当然のように答えると「……馬鹿者!」少年王は突然に怒りだした。
「その些細な事が、英雄と一般人を別つ決定的な違いであろう」少年王の父親譲りの鋭い視線が大臣を射抜く。大臣はその眼差しに先代
王を思い浮かべながら、次の言を放った。
「はぁ、では、こういったものがあります。欧国の諺で『境遇を支配する者は真の英雄である』というものがあります。これは『どんな境遇で
あっても、その境遇に流されたり圧倒されたりしないでいられるなら、 それは、人には知られなくても「真の英雄」である』という意味の諺で
して……」
「なるほど。それは一理あるな。……では大臣」 少年王はそう言って、執務官を遠ざけながら大臣に耳を貸すように手招きをする。
訝しがりながらも大臣は少年王に近づき、耳を傾ける。そこに少年王はそっと囁く「偉大な父上の影に流されたり、圧倒されていない今の
私は英雄であるかな?」と。
「それは、もちろん。陛下は私はもちろん全国民にとっても英雄でありますよ」大臣は耳を離しニッコリと微笑みながら当然のように答える。
 少年王は大臣にうまく避けられたなと思い、答えを自問自答してみる。自分はうまく国政を執っているだろうか? 英雄である父上のよう
に振舞えているであろうか? ここに居並ぶ執務官たちの傀儡とはなっていないだろうか? 尽きる事の無い疑問を胸の奥にしまいこみ、
首を傾け執務室の天井を見つめる。当たり前だが、少年王に見えるのは遥か彼方ではなく、執務室の天井であった。


76 :No.17 遥か彼方 5/5 ◇ZchCtDOZtU:07/09/16 23:10:07 ID:HX80xRwl
 テキストの中では俺の知らないシーンが次々と繰り出されていた。俺はテキストから目が離せない。
 俺は意識は、床に散らばるカップの破片や床に黒い海を広げるコーヒーなどは完全に外に追い出て行ってしまっていた。よく作家が
キャラクターが勝手に動き出すと言うが、コレはそんなモンじゃない。まさしくキャラクターが勝手に動いているのだ。自らの意志で動
いているのだ、今、この瞬間も。これから書こうと思っていたシーンだけでなく、俺が思いも付かなかったシーンさえも物語の中のキャ
ラクター達は作り出していく。俺の空想の産物でしかなかったキャラクター達が、テキストの中に自分達の物語を、自らで生み出している。
 俺はテキストから目が離せなくなっていた。俺はキーボードにも、マウスにすら触れずにディスプレイを見つめるだけ。それだけでテ
キストファイルの向こうの人物達は勝手に動き回っている。
 ディスプレイのテキストには文字が、言葉が自然に浮かび上がり、物語を続けていた。しゃべり、動き、見つめ、呼吸する、まさに、命
を持ったキャラクターがディスプレイの中に居た。いつ終わるとも知れない、延々と続く物語。
 テキスト上では主人公である少年王と大臣と呼ばれるキャラクターの問答が未だ続いていた。


 大臣はさらに続ける「なんでも昔の仏国の皇帝の言葉だそうで……。人類は空想に支配される……と言う言葉がございます」
大臣の言が終わる前に少年王は、はっとなって辺りを見渡す。そして上空を見つめる。
 そう、執務室の天井よりも高い、遥か彼方の上空を。


 その瞬間だ。俺はディスプレイ越しに誰かに見られている感覚に陥る。そして、それが少年王のものだと判るまでには、何秒も掛からな
かった。互いの視線が交差する。夢や幻の類ではない、俺の直感がそう告げている。少年王の視線が告げている。俺の作り出したキャラ
クターが、文字記号の羅列に過ぎない、俺の空想に過ぎないキャラクターが俺に語りかけてくる……。
 
 そして俺も気が付く。かのフランス皇帝ナポレオンは言った。『人類は空想に支配されている』と。ならば、俺も?

 俺は、はっとなって辺りを見渡す。そしておもむろに首を挙げ、天井、いやその遥か上空、遥か彼方を一点に見つめる。するとどう
だ、ある一点に光が集まっているのが見える。そこに目を凝らすと、ディスプレイの前の貴方と視線が合った。

<終>



BACK−英雄の背中◆m5mscfvf12  |  INDEXへ  |  NEXT−英雄◆luN7z/2xAk