【 コップの中の英雄 】
◆JJyhEXv6NA




52 :No.12 コップの中の英雄 1/5 ◇JJyhEXv6NA:07/09/16 22:44:53 ID:HX80xRwl
 脇目も振らず走っていた。
 息は切れ切れに、心臓はバクバクと高鳴り、肺は空気を求めて収縮し、胸が痛む。
「ハア――ハア――」
 背を向けた公園からは高笑いが響き、纏わり付くように追いかけてくる。
 俺は耳を塞ぎ、耳を撫でる哄笑を必死に追い出そうとした。
「ちくしょうッ! ちくしょうッ!」
 五人がかりだった、いや六人だったかも知れない。
 小生意気そうなあの女を、ちょっとからかってやるつもりで皆で囲んだ。
 ゆっくりといたぶる様に、じりじりと輪を詰めて追い込んだ。
 後はちょいと脅かしてやれば、泣き始めるだろうと思って、肩を掴もうと手を伸ばした。
 とたん目の前が真っ白に染まった。俺は何が起こったか分からず疑問の声を上げた。
「あぁ?」
 顔が熱い、顔に違和感があるので手を伸ばしてみると、その手は真っ赤に染まっていた。
「鼻……血? ……てめぇ!!」
 後頭部に熱い熱が注入される。頭が壊れるような衝動と興奮。
 俺は女の胸倉を掴もうとした。
 女は不敵な笑みを顔に貼り付け、俺の手を軽やかにかわす。
「レディに断りも無く触れようとするなんて、この野蛮人」
 そう言うが早いか、俺の腹に拳をめり込ませる。
 立っていられない程の痛みと衝撃、俺は無様にも呻き声を上げ地面に突っ伏した。
 俺の呻き声に合わせて、他の奴らの叫び声が公園に響く。
 ようやく回復して顔を上げると、辺りには立っている味方は一人も居なくなっていた。
 俺達は恥も外聞も捨てて、蜘蛛の子を散らすようにその公園から逃げだした。
 ***

「ヒーローごっこをしない?」
 其れがアイツの提案だった。
 髪は腰まで伸びた金髪、華奢な体に上等そうな洋服、育ちの良さそうな物腰。
紺碧の大きな瞳が印象的な少女だった。
「「外人!?」」

53 :No.12 コップの中の英雄 2/5 ◇JJyhEXv6NA:07/09/16 22:45:16 ID:HX80xRwl
 俺達はいきなり現れて奇妙な提案をするこの少女に面食らった。
 何せ俺らは、この辺りではちょっとは名の知れたワルで、この公園を仕切っている不良だった。
 遊具の占領、火遊び、スカート捲りは日常茶飯事。誰もが俺達を避けて通る。
 そんな俺達に話しかける人間等居なかったし、ましてや
こんなお嬢様然とした外人の少女に話しかけられるとは、夢にも思わなかった。
 少女は腕を組み、憮然とした表情で再度話し掛けてきた。 
「私は日本人、ハーフなの。でどうするのヒーローごっこ、やるの? やらないの?」
 俺達は顔を見合わせ、小声で相談する。
 そして「この変な女をからかって遊ぶか」と言う結論に達した。
「ああ、良いぜ、やるかヒーローごっこ、じゃあ、俺達は悪役だ。
お前がヒーローで良いぜ」
 俺達はゆっくりと女を取り囲んだ。
「良いのか? ありがと、意外と紳士だな」
 女はこれから起こる事も知らずにへらへらしてとぼけた事を言う。
「どういたしましてッ!」
 そう言って俺は女の肩に手を伸ばした。
 ちょいとからかってやるつもりが結果は惨敗、俺達は逃げた。

 次の日、同じ公園に行くと、アイツがブランコをこいで遊んでいた。
 昨日と同じ様に皆で取り囲んだ。
「お、今日もやるのか? ヒーローごっこ」
 アイツは緊張感も無くこんな事を言う、俺は頭に血が上って、本気で殴るつもりで拳を突き出した。
 結果は惨敗、完膚なきまでにやられた。
 次の日も、又次の日も俺達は悪役としてやられ続けた。
 そうしてくうちに、一人抜け、二人抜け、遂にはとうとう俺一人になった。
 一人で戦いアイツに完膚なきまでやられる毎日。
 公園はもう既に俺達の物ではなくなっていた、公園に笑い声が絶える事はなく。
 皆が楽しそうに遊んでいた。アイツも皆と遊んで楽しそうだ。
 俺はアイツに声を掛ける勇気すら無くして。とぼとぼと帰り道を歩いていた。
 その帰り道で皆に出会った。

54 :No.12 コップの中の英雄 3/5 ◇JJyhEXv6NA:07/09/16 22:45:36 ID:HX80xRwl
「よう、お前達、久しぶり、公園にはもう来ないのか?」
 俺は手を挙げ気さくに話しかける。
「ああ、タッちゃん、久しぶり」
 友達は皆、目を逸らしてバツの悪そうな顔をしている。
「どうした? お前達? 何かあったのか?」
 俺をタッちゃんと呼んだ友達の一人は、俺を狂人でも見るかの様な目で見ている。
「何か有ったって……あの女とはまだ続けているのかい? ヒーローごっこ……」
「ああ? 俺は続けてるよ、あの公園は俺達の物だろ、アイツから取り戻すんだ」
「もう止めなよ……タッちゃん、勝ち目は無いよ……もう負けを認めなよ。
……あいつはヒーローで俺達は雑魚の悪役なんだ……」
「な、何、言ってるんだよッ! 俺は負けなんか認めない! ヒーローなんていないんだッ!」
 友人は目を伏せて悲しそうな顔をして黙り込んでいる。
「俺達は仲間だったろ、公園は俺達の世界のすべてだった、
その世界はヒーロー一人に潰されるほどちっぽけだったのか?
 飛び抜けたヒーローなんて認めない……俺達は雑魚なんかじゃないッ!
一人一人が確かに此処にいると言える世界じゃなきゃ俺は認めないッ!」
 叫んで俺は駆け出した。
 変わってしまった友達が悲しかった。俺はある決意をして振り返り友達に叫んだ
「あの女、今からぶっ殺してやる!!」 
 俺は公園に向かって駆け出した。

「オイッ! そこの糞おんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 俺は喉の裂けよとばかりにありったけの声で叫んだ。
アイツは少し呆れた顔をして、砂場から立ち上がった。
「そんな大声出さなくても聞こえてるって、何、今日もするのヒーローごっこ?」
「ごっこなんて、関係ねぇ! 今からお前をぶっ殺す!!」
 アイツは眉ひとつ動かさずに、俺値踏みすように見ている。
「ふーん、その割には震えてるようだけど?」
「う、うるせぇ!! 此れは武者震いだッ!!」
「そ、じゃあ早く終わらせよう、砂場の城が待ってるから。足が竦んで動けないなら此方から行くよ?」

55 :No.12 コップの中の英雄 4/5 ◇JJyhEXv6NA:07/09/16 22:46:02 ID:HX80xRwl
 アイツが腰を低くして、構える。構えと言うよりは野獣が獣を狩る前の溜め、そんな印象を受けた。
 俺は心底怯え足が竦んだ、蛇に睨まれた蛙の様に一歩も動けなくなっていた。 
 アイツが駆け出す、世界がゆっくりと動き始める、俺は目蓋を強く瞑ってこれから来る衝撃に身を固くした。
 しかし一向に衝撃は来ない、恐る恐る目蓋を明けると、友達五人が俺とアイツの間に入り込んでいた。
「タッちゃんばかりに良い格好させる訳にはいかないからね」
 友達を見渡すと、皆はにかんだ笑顔で俺を見ている。
「お前達……ありがとう……」
 俺は涙を拭いて叫ぶ。
「仕切り直しだぁ!! オイ女ぁ! 覚悟は良いかッ! 友情パワーでぶっ殺すッ!!」
 女はニヤニヤしながら、俺達を見ている。
「ふふーん、良い気迫、じゃあこっちも本気出すね。
敬意を表してこれ以上ないって位、敗北を叩き込んであげる」
 アイツは半身になり、両腕を水平に伸ばし、手の平を上に上げて
左足を前に出し、腰を落とす独特の構えを取った。
「この構えにはヒーロー達の魂が込められている、劈掛拳って言うんだけど、まっどうでもいっか。
――――行く、よ」
 アイツは一足飛びをして、目の前奴に飛び掛った。
ぐるりと体を回転させて、鞭のようにしならせた腕を打ち当てる。
 そしてそのまま勢いを殺さず回転して隣に居た人間に腕を打ち当てる。
 瞬きをしている瞬間に二人の人間が吹っ飛び、呻き声を上げて地面に倒れこんだ。
 まるで小型の台風――――
 台風は辺りの人間を巻き込み、まるで紙でも吹き飛ばすように人間を中空に浮かせる。
 三人、四人、五人、一瞬にして目の前の人間を吹き飛ばし目の前に迫る、暴力の嵐。
 アイツはまるでスケート選手の様に回転して飛び掛ってきた、腕が俺目掛けて振り下ろされる。
 その刹那――――アイツが何かに気を取られ動きが鈍った。
 「おーい、帰るぞー、肉買ったぞー、おーい肉だぞー」
 俺には聞き取れなかったが、誰かに声を掛けられたようだ。
 女が目を光らせ、素早く後ろを振り向く。
 俺等まるで眼中に無いかのような見事な振り向きっぷりだった。
 しかしこれは奇貨、俺にとっては千載一遇のチャンスだった。

56 :No.12 コップの中の英雄 5/5 ◇JJyhEXv6NA:07/09/16 22:46:25 ID:HX80xRwl
 「貰ったぁあああぁぁぁぁぁあぁぁぁッ!!」
 俺は姿勢を崩し前のめりに成りながら、渾身の一撃を突き出した。
「ボグッ」と言う肉を叩く音が確かに聞こえた。
「あ、当たったッ!?」
 拳に確かな手応えを感じた。
 直後俺は勢い余ってつんのめって、倒れこみ肩を強かに打ち付けた。
 俺は痛みを振り払って、素早く立ち上がる。
「あ、アイツは?」
 前に視線を躍らせる、アイツは地面に倒れ呻いていた。
「や、やった!?」
 アイツは顔を上げると俺を見詰めて喋り始めた。
「グフッ! み、見事……お前の……勝ちだ……だが忘れるな私が最後ではない。
お前達の心乱れる時、第二、第三の私が現れる。其れを、努々忘れるな……ガクリ」
 アイツは顔を地面に伏せるとそのまま動かなくなった。
 公園に歓声が響いた。
 皆が俺を囲む、口々に俺に賞賛を送り、惜しみない拍手を浴びせた。
 しかし俺は、倒れこんだアイツだけを見ていた。
 アイツは皆が俺を囲むのを確認してから、何事も無かった様に立ち上がり。
 様子を見ていた背の高い男に駆け寄り、なにやら話し込んで笑顔を見せた後。
 男に寄掛かり、腕を組んで夕日で赤く染まった道を行き見えなくなった。
――――その後アイツの姿を公園で見た事は無い。
 
 そして俺は今日も黒いマントを翻し、下級生達が演じるヒーロー相手に戦っている。
 部下Aが俺に質問を投げ掛ける。
「タッちゃんなんで悪役ばかりやるんだ? 普通はヒーローじゃね?」
 うんざりするほど聞かれた質問に、俺は何時もの調子で答える。
「愚問! 我には宿敵が居る、奴がヒーローならば我は永遠に悪!
なぜならアイツは正義だからだ」
「あー? 訳分かんね。大体あいつって誰よ?」
 俺はニヤリと笑って、その質問の答えとした。    終り。



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