【 少年の誓った夢、その果てに 】
◆Xenon/nazI




39 :No.09 少年の誓った夢、その果てに 1/5 ◇Xenon/nazI :07/09/16 14:47:33 ID:h5Z1Ar3i
 二人の少年が居た。
 一人はとても活発な子で、頭はそれほど良くなかったが、体を動かすことは得意だった。
「よし、決めた!」
 もう一人は真面目な子で、体を動かすのは苦手だったが、物事を考えるのは得意だった。
「何を?」
 二人は同じ村に生まれ、両親同士の交流もあったことから、兄弟同然に幼少時代を過ごした。
「俺は、英雄になる!」
 少年たちはお互いの足りない部分を補い合い、助け合って生きてきた。
「そっか、じゃあ僕はそれの手助けをするよ」
 いつの日だったか。活発な少年は夢を語った。大人が聞けば笑って聞き流されるような内容だったが、真面目
な少年は聞き流すことはせず、にっこりと微笑んだ。
 ――それが、活発な少年が見た、真面目な少年の最後の表情だった。

40 :No.09 少年の誓った夢、その果てに 2/5 ◇Xenon/nazI:07/09/16 14:48:11 ID:h5Z1Ar3i
「この扉の向こうに、魔王が居るのね」
 煌びやかに装飾された、重厚な扉の前。緊張した面持ちで女魔術師はそう呟く。
「なんだ、クレア。柄にもなく緊張してるのか?」
 プレートメイルに身を包んだ重剣士は茶化すように笑った。クレアと呼ばれた女魔術師は面白くなさそうに目
を細め、重剣士を睨みつける。
「そりゃあ、ね。世界を破滅させようとしてる魔王を目前にして笑ってられるのなんて、脳味噌空っぽなどこか
の誰かさんくらいなものよ」
 最後にフン、と鼻で笑うのも忘れない。
「おっと、そいつはもしかすると俺のことを言ってるのか?」
「もしかしなくても貴方のことよ。あら、珍しく頭が回るじゃない」
「その辺にしとけよ二人とも。クレアが緊張するのだって当たり前だし、アクセルだってそれをわかってて緊張
をほぐしてやろうとしたんだろ?」
 それまで黙って二人のやり取りを見ていた青年は、ため息混じりに二人を諌めた。青年はスケイルアーマーを
身に纏っており、腰には細身の剣を下げている。
「……わかってるわよ、そんなこと」
「悪かったって。それじゃあ、そろそろ行こうぜ。覚悟は……もちろん出来てるよな? レイン」
 名を呼ばれた青年は頷き、扉を見つめる。
 英雄になることを夢見た少年はそのまま成長し、今まさに世界の命運を賭けた戦いの舞台に立っていた。その
傍らに、幼き日に夢を語った親友の姿はない。
「魔王を倒せば、英雄になるって口癖だった貴方の夢が叶うわね。頑張りましょう?」
 クレアの言葉に、レインは力強く頷いて。
「それじゃあ、行くか」
 そう言うと、レインは扉を開いた。

41 :No.09 少年の誓った夢、その果てに 3/5 ◇Xenon/nazI:07/09/16 14:48:34 ID:h5Z1Ar3i
「く、そ……ミスった、ぜ……」
 魔王の魔法の直撃を受け、アクセルはその場に倒れる。二人を庇いながら戦っていたこともあり、パーティー
で最も消耗していたのは彼だった。
「アクセル……! よくも!」
 クレアは一瞬で魔方陣を生成し、彼女の習得する最も高威力の火炎魔法を放った。炎の渦が魔王を取り囲み、
その中心に向かって集束していく。次に来る爆発の衝撃に備え、レインは身構える。しかし、起こるべきはずの
爆発はなく、代わりに氷で作られた槍がクレアを目指し一直線に飛んでくる。それは呆然としたままのクレアの
胸を貫いた。
「うそ……で、しょ……?」
 血を吐き、クレアが崩れ落ちる。
「クレア! ……くそっ!」
 レインは剣を握り直し、魔王を睨みつける。アクセルとクレアが倒れ、レインもまた相当傷付いている。それ
に対し、魔王はほぼ無傷であった。レインの消耗具合に気付いているのか、魔王は手を掲げ、詠唱を始めた。
「ここまで来て、負けるわけには――!」
 力を振り絞り、レインは駆け出した。詠唱を終えた魔王が、悠然とその掌をレインに向ける。レインの攻撃が
届く前に、魔王は魔法を放つだろう。
「うおおおぉぉぉ!」
 ただまっすぐに。レインは、魔王へと駆ける。一瞬だが、魔王の体が震えたように思えた。しかし、レインが
そんなことを気にする間もなく、魔王から無数の氷の刃が放たれた。レインはそれを避けようともせず――
 肉を突き刺す鈍い音。次いで、固い床に倒れこむ音が響く。一瞬の静寂が辺りを支配する。

42 :No.09 少年の誓った夢、その果てに 4/5 ◇Xenon/nazI:07/09/16 14:49:01 ID:h5Z1Ar3i
「……一つ、聞いてもいいかな。君は何故、僕を倒そうとした?」
 沈黙を破ったのは魔王の声だった。
「世界の平和を守るため? それとも、僕に個人的な恨みでも?」
 とても世界を破滅させようとしている者のものとは思えない、穏やかな声。
「英雄になるって、誓ったんだ。ガキの戯言だったけどな。誓った相手が居なくなったんじゃ、取り消すことも
出来やしない」
 さっきまでの感情の昂ぶりが嘘のように、レインの声もまた穏やかだった。
「逆に聞くけど、何でお前は世界を滅ぼそうとした? 世界に絶望でもしたのか?」
「……君と一緒だよ。英雄になるって誓った友人が居てね。子供の戯言だったかもしれないけど、僕は彼が英雄
になる手助けをするって誓ったんだ。それで、彼が英雄になるためには、その敵役が必要かな、と思って」
 魔王の顔を隠していたフードは外れ、その顔は顕わになっている。にっこりと微笑む魔王。その笑顔は、幼き
日にレインが最後に見た親友の笑顔をそのまま成長させたようで。
「ついさっき、間近で君の顔を見るまではすっかり忘れてた……んだけ、どね」
 床に倒れたまま、魔王はレインを見上げていた。その胸にはレインの剣が突き刺さっている。
「頭が良いと思ってたけど……お前、馬鹿だったんだな」
 レインは魔王を見下ろしたまま、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「あはは……君にそんなこと言われる、なんてね。あの頃から君は、僕にとっては英雄、だったんだけどな……
きっと、そんなのじゃ満足しないだろうと思って、僕、頑張った、よ……?」
 そう言って、魔王はまたにっこりと微笑んだ。それが、少年時代に英雄になることを誓った男の見た、それを
手伝うと言って魔王にまでなった男の、正真正銘最後の表情だった。

43 :No.09 少年の誓った夢、その果てに 5/5 ◇Xenon/nazI:07/09/16 14:49:34 ID:h5Z1Ar3i
「……そう。魔王はいつも貴方が言っていた親友、だったのね」
 クレアの言葉に、レインは静かに頷いた。いつも他人を茶化しているアクセルも、この時ばかりは黙っている
しかなかった。
「馬鹿な奴だったよ……英雄になることの手助けがその敵になることなんて、本当に馬鹿げてる」
 拳を握り締め、レインは壁を殴りつけた。その拳から、血が滲む。
「けど、もっと馬鹿なのは俺の方だ! 英雄になりたいなんて俺が願った所為で、あいつは魔王なんかになって、
それに気付かず、あいつを、この手で……!」
「仕方ねぇよ。経緯はどうあれ魔王は世界を破滅させようとしていたし、お前はそれを倒した」
 それまで黙っていたアクセルが口を開く。
「ちょっと、アクセル!」
 クレアの制止の声には耳を貸さず、アクセルは続ける。
「どこかで、魔王は道を踏み外しちまったんだ。お前は魔王を倒して世界を救った英雄だが、それ以前に」
 そこで一旦言葉を止める。クレアもレインも、アクセルの次の言葉を待っていた。
「道を踏み外した親友を、その命を懸けて止めた英雄だ。納得は出来ないだろうが、そう思っとけ」
 それは誰が聞いても詭弁だったが。それでも少なからず、レインの心を軽くした。
「……それじゃあ、帰りましょうか」
 三人は傷付いた体を引きずるようにして、魔王の居城を後にした。


 かくして、英雄になることを夢見た少年は。その名実ともに世界を救った英雄として後世まで名を残すことに
なる。もっとも、歴史に彼の名が刻まれるのはそれが最後なのだが。真実は誰も知らず、誰にも語られることは
ない。
 ――故に。また、英雄は生まれる。まるでそれが、世界を廻す歯車の一つであるかのように。



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