【 あなたもヒーローになれる! 】
◆cwf2GoCJdk




29 :No.07 あなたもヒーローになれる! 1/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/16 09:42:12 ID:QG3vGJCr
       あなたもヒーローになれる!

  ヒーローになりたい方必見。あなたの持つヒロイズムを遺憾なく発揮できます。
  同時に『あなたもヒロインになれる!』が進行中です。
  ヒロインになりたいかたはそちらへ aaa-bbbb……

 こんなビラをみた。
 たぶんふざけているのだが、どんなふざけかたをするのだろう。おもしろ半分で申し込んでみようか。そう考える
酔狂なやつも多いだろうから、ある程度は楽しめるかも……。
 そんないささか堂々巡りめいた思考をして、さまざまな言い訳を片手にプッシュボタンを押していった。
 二日後、薄いカタログが届いた。さまざまな状況が、良心的価格とともに綴られている。

   好みの容姿のお相手も選べます。一千円〜

 目安の料金表がつけられていたので、思わず笑ってしまった。太った占い師似と、人気モデル似女性のオーダー価
格がほとんど同じだったからだ。それによると、とびきりの美人の方が、とびきりの不細工よりもやや少ないらしい
と推察される。
 最後の頁に記入用紙と、
「インターネットで簡単にお見積もりができます。検索サイトには反映されないので、アドレスを入力していただき
ます……」
 こんな記述があった。
 構成を選択していくと、料金が変動して表示される。パソコンを通販で購入した時を思い出した。良心的価格と自
称するだけあって、料金は法外なほど高額ではない。もちろんこんな買い物は初めてだから印象でしかないが。
 ヒーローとはほど遠い一般人に優しい値段の、
「自動車に襲われる女性を救う。基本料金三千円。車の種類から選べます。標準・軽自動車」
 これにすることにした。軽自動車では芸がないと思い、車種の料金表を確認する。エスティマから女性を助ける楽
しさが理解できなかったので、小型トラックにした。
 安全性に不安を抱きながら十数の項目を選んでいく。最終金額は五千円。安い、と反射的に思ってしまったことが
悔しかった。

30 :No.07 & ◆TvNpS4sUVc :07/09/16 09:43:25 ID:QG3vGJCr
 その翌日、小冊子が届いた。これでもか、というほど安全性を主張した説明文の後、二日以内に金を振り込んで、
指定日に指定の場所に指定された時間にいれば、指定の状況が発生するから指定の行動をとれとのこと。
「お振り込みの時点で返金不能となりますが、当日に来られなくても問題はありません」
 
 大通りで小型トラックに轢かれそうになっていた平坦な顔の女性を助けると、通行人から拍手が送られた。数十人
から注目されるのは小学校の学芸会以来だから、それなりに誇り高い気持ちになっていたのだが、
「あと数千円上乗せするべきだったわ」
 という女の発言で残念な気分になった。同時にアフター・ケアも万全云々の文字が頭をよぎった。

 急に停止するエレベーター。あわてふためく女性にやさしい言葉をかける。うっとりしたような顔。天井を開けて
脱出を試みるとデジタル時計。携帯電話からの声が狭い個室に響く。
「爆弾だ! 残り時間が少ない……くそっ! いいか、解体手順を説明する」
 なぜか携帯していたドライバー。数種類のハサミ。――残った赤と青の導線。
「どっちを切ればいい!」
「どちらかはブービートラップだ。だが……すまない。作った本人にしか分からない」
「ちくしょう! もう終わりだ」
 あきらめる男に見ず知らずの女性が優しく諭す。
 見つめ合う二人。男は静かに、あきらめではなく希望を抱えて、通常規格でないハサミに力を込める。後に彼らは
語る。
「どうしてあのとき青を切ったの?」
「僕と君をつなぐ赤い糸を切りたくなかったのさ」
 年収を半分ほど使用したが、少しも後悔していない。

 ある日、愛息子が言った。
「お父さん、かっこわるい」
 いいだろう。かっこいい姿を見せてやろう。すっかり慣れたお見積もり。金額と目的の折り合いも職人的だ。怖い
目に遭うが、安心しろ息子よ。お前は俺が守るぞ。
 凶悪犯の驚異から勇猛果敢に息子を守り通した父親に、夢見がちな少女だった母親は言った。
「なんとまあ大仰な自作自演をして、空しくないわけ? しかも息子に格好つけるためだけに? もう、呆れ果てる
わよ」

31 :No.07 あなたもヒーローになれる! 3/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/16 09:44:52 ID:QG3vGJCr
 その口で言うか、という台詞を何とか飲み込んだ。このことで口論すればお互いの恥部を広げるだけ広げて、消耗
するだけだと分かりきっているからだ。そのことに気づいたと見えて、聡明な妻は逃げるようにその場から離れてい
った。
 収入のほとんどを費やして、わたし達はヒロイックな恍惚感を得ていた。ヒロイック株式会社(わたし達はそう呼称
していた)は日を追うごとに項目が増え、薄かったカタログは百科事典ほどの厚さになり、瑣末なことから大事まで、
金額の折り合いが付けば、できないことはないのではないかと思わせるほどだった。会社の存在を知らない、たとえ
ば身近にいる人間の三角関係を第三者の立場で楽しむ、などという項目すらあった。
 ヒロインに飽いた妻は時に英雄を思わせる行為をしたくなり、わたしはこっそりと、そんな願望を持った美人の女
性に助けられたり、その女性と親しくなったりした。妻も似たようなことをやっていると思う。双方ともそれを知る
のはもはや不可能だった。ある程度の支払いを忘れなければ、絶対にばれなくすることも、故意に修羅場を作ること
も容易だった。「ある程度」は中学生の小遣い程度で賄える。
 すっかりヒロイズムに依存していたころに、妻が悩ましげな表情で相談を持ちかけてきた。もちろん珍しいことだ
った。悩みがあったら会社への手紙一通で解決するからだ。かなりの高額なのか、くらいに思っていた。
「これ見て」
 そう言って息子のランドセルを差し出した。
 絶句した。
「いじめられてるのか? あいつが?」
 以前から不振なところがあったという。問い詰めると、そのたびにへらへら笑いながらのらりくらりと誤魔化して
いたのだそうだ。
「今朝見つけたの」
 会話が止まった。たぶん、考えていることは同じだろう。
 わたしは言った。
「絶対に人には頼らないぞ。これは俺たちの問題だ。俺たち家族の。こればっかりは、……駄目だ。あれを使っても
何の解決にもならない」
「格好いいこというね。英雄気分に浸りすぎたんじゃない?」
 言葉とは裏腹に、皮肉な響きは含まれていなかった。妻は強固な意志を感じさせる目をしていた。わたしも同じ目
をしていたと思う。
 翌日、息子はいじめられていることを認めた。気丈に振る舞うばかりで、心配をかけまい、あるいは迷惑をかけま
いと懸命になっているその姿に、涙が出そうになった。息子が苦しんでいるのに、気づいてもやれなかった自分に腹
が立つ。ヒーローごっこはもう止めよう。そう決心した。

32 :No.07 & ◆TvNpS4sUVc :07/09/16 09:46:25 ID:QG3vGJCr
 その日以来、夫婦喧嘩が絶える日はなくなった。

「引っ越そう。それしかない」
「なんですって? 逃げてどうなるの。立ち向かわなきゃ何の解決にもならない、って言ったのはどこの誰?」
「じゃあどうしろというんだ。このまま彼を通わせる? 虐められると分かっているのにか?」
「そうするくらいなら会社に頼んだ方がマシよ」
 どうしようもできない苛立ちを、お互い向けあっていた。それがもっとも子供を悲しませるのだと知っていながら。
 喧騒が一時的に止むと、電話が鳴った。
 最悪だった。

「もう助からないって……」
 妻は絶句した。
 帰宅途中に昏倒したらしい。たまたま近くにいた老人が迅速な処置をしたおかげで、一命は取り留めたという。人
通りの少ない現地と相まって、その老人がいなければ高確率で死んでいたと聞かされた。
「助からないって……ただ倒れただけでしょう?」
「病気……だって。いじめられてたとか、そういうのは関係ないらしいんだ」
 狼狽する妻をみるのは忍びなかった。
「でも、あと数ヶ月は――」
「でも? でもってなに? なにが、でもなの? 何であの子が……」
 わたしは何も言えなかった。
 そこからは無言で帰宅した。医者がなにか言っていたが、なにも耳に入らなかった。妻は一度実家に戻るそうだ。
わたしに愛想が尽きたのかもしれない。それでも構わなかった。
 感傷的にすらなれないほど無力感に襲われていたわたしを、電灯のスイッチを入れて、始めに目に入ったものが変
えた。
『あなたもヒーローになれる!』
「できるものならやってみろ畜生!」
 興奮冷めやらぬまま、カタログから記入用紙を破り取り、余白に荒々しく書き込んだ。医者から診断書を渡されて
いたから、聞いたこともない病状を思い出す苦労はしないで済んだ。

33 :No.07 あなたもヒーローになれる! 5/5◇cwf2GoCJdk:07/09/16 09:47:51 ID:QG3vGJCr
 投函し終えると、無力感は一層増した。
 二日後に来た返信には、一行でこう書かれていた。
「手術代二千万円」

 医者は奇跡だと言った。手術が成功した例は、かつてないという。わたし達は涙を流して、命の恩人たちに感謝し
た。柄にもなく神の存在すら肯定してしまった。
 学校にも通えるようになった。心配していたのだが、いじめっこ達はピタリといじめを止めたそうだ。少し恐くな
ったのだろう。全てなかったことのように、友人として付き合えるようになっているという。あれほど大事だと思っ
ていたことがすっかり解決してしまって、拍子抜けした。勉強は数ヶ月遅れたが、本人は今までにないほど楽しそう
だった。
「こうして寝顔がみられるなんて、嘘みたいだね」
 息子の部屋で、彼女がそんなことを言った。
「幸せだよ」
 そのときわたしは、やっと疲れを感じられた。普段なら口にしないことも言えそうだった。
「やっぱり甘ったるい言葉は恥ずかしいね」
「なに言ってるの。これ以上ないくらい恥ずかしい台詞をいっぱい聞かされたよ」
 と痛烈な一言。恥ずかしさを紛らわそうと、なんとなく手に取った紙に、驚愕した。

       君もヒーローになれる!
  かっこいいヒーローやヒロインだけじゃない。悲劇のヒーロー、ヒロインにも!
  ドラマの主人公のような気分に浸れます。あなたへの請求は一切ありません。
  注 両親には内緒にしていただきます

 わたしは笑った。何事かという妻に見せると、驚きの表情の後、やっぱり笑った。眠りから覚めた息子は、しまっ
たという顔をしている。
 ここにはごく平凡な家族がいるだけだった。





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