【 ある英雄の死 】
◆HETA.5zwQA




26 :No.06 ある英雄の死 1/3 ◇HETA.5zwQA:07/09/16 05:26:14 ID:Ggk2YtAs
「この先ですね、魔王が住んでいる小屋は」
 傍らの吟遊詩人が発した言葉に、俺は軽く頷いた。
 家族と恋人を、魔王の手下に殺されてから五年の月日が過ぎ去っていた。
 その出来事から今に至るまでの間を、俺はただ怒りをぶつける事によって
生きてきた。
 直接殺した魔物、指示したであろう魔王と呼ばれる奴、そして、何も出来な
かった自分へと。
 当然のように復讐へと走った俺は、その為の力を得るためには何でもやって
きた。剣術を習い、魔法を取得し、怪しい儀式で能力を増幅し、目についた魔
物たちを片っ端から倒していった。
 気がつくと俺は、人々から英雄と呼ばれるようになっていた。
 その呼ばれ方は好きではないが、そんな事はお構い無しに周囲は持ち上げて
いった。
 魔王に対する不安から逃れるためには、俺という存在は都合が良かったのだ
ろう。
 鬱陶しい事この上なかったが、好都合な面もあった。魔物を倒すのも金が
かかる、武器や防具、アイテムだって超一流と云われる物を揃えないと、
魔王には勝てないだろう。
 俺は、英雄としての名声をフルに使い、そうしたものを強引な手段を使って
手に入れていった。
 そうして、やっと準備が整い、ここまで辿り着いた。
 ようやく、念願だった魔王を──俺の悲劇のきっかけとなった張本人を、
この手で殺せる!
 歓喜と呼べるような感情に、俺は震えていた。

27 :No.06 ある英雄の死 2/3 ◇HETA.5zwQA:07/09/16 05:26:47 ID:Ggk2YtAs
「何者か」
 外から小屋の様子を窺っていると、そんな声が頭に直接聞こえてきた。
どうやら、俺が接近していることは相手には分かっていたらしい。
 反射的に剣を構え、油断なく周囲を探る――が、こそこそと隠れた吟遊詩人
以外の気配は感じられない。
「何者か」
 再度声が響いて来るが、それを無視して魔王がどこにいるのかを探る。
 いない、見える範囲にはいない。やはり小屋の中か。
 小屋を吹き飛ばしてしまうか? いや、その隙をついて攻撃されるだけだ。
かといって、ここで待っていれば向こうから襲われるのを待つような物だろう。
 多少のリスクは負うが、こうしていても仕方ない。
 足下から手頃な大きさの石を拾い、魔法で小細工を施すと、渾身の力で投げ
つけてみた。
 仕込んだのは質量増加の魔法。それによって威力が大幅に増した一撃が命中。
大したつくりではなかったらしい壁に、あっさりと大穴を空いた。
 こんな子供だましの手に引っかかるか自信は無かったが、意外にもあっさりと
小屋から何者かが飛び出してきた。
 ――魔王だ。
 見た目は人間だった。化け物の姿でなかったことは意外だが、それで直ぐに
でも、奴の血を見ないと気がすまない程の怒りが収まるわけではない。
 内在する力を怒りに任せ一気に活性化。これにより爆発的な力を得た俺は、
銃弾が放たれる程の勢いで、魔王へと突進した。
 一直線に突き進みながら剣を横に振りかぶる。空気抵抗が余計にかかるが、
逆に地面を打ち砕くほどの踏み込みで加速した。
 それに対して魔王の方は、やっと俺に気づいたようにこっちを見た。
 遅い!
 そんな事を脳裏に浮かべながら最後の一歩を蹴り出し、剣を叩き付ける様に
して振るった。
 腕に感じる、確かな手応え。
 俺の一撃は、あっさりと笑顔を浮かべた魔王を切り裂いていた。

28 :No.06 ある英雄の死 3/3 ◇HETA.5zwQA:07/09/16 05:27:11 ID:Ggk2YtAs
 足元には、あっけなく切り殺された魔王がいる。初撃であっさりと勝負が
ついてしまった。
「……こいつ、本当に魔王なのか?」
 慌てて出て来た吟遊詩人に、俺は確認した。
「間違いないですね。外見は風聞と一致していますし、胸に埋まっている
魔を操る宝珠がその証かと」
 俺はあっさりと魔王を倒した。それが疑問から答えに変わったとき、俺の
中で何かがぷっつりと切れ、視界が真っ赤に染まった。
「何故、こんなに呆気ない!」
 周囲の木々を揺らすほどの勢いで、俺は吼えていた。
「何故だ!」
 屍となった魔王に更に剣を振り下ろし、その骸を微塵へと刻んだ。周囲に
様々な液体が飛び散ったが、まだ怒りは収まらない。
 五年に渡って積み重ねてきた怒りは、そんな簡単な事では収まらない。
 思いつく限りの強力な呪文で、周囲を無差別攻撃。その爆発の勢いで飛んで
きた木や岩を、剣や拳で更に破壊した。
 どれ位の時間を、そうしていただろう。周囲を破壊し尽くした所で一息つくと、
まだ近くにいた吟遊詩人が、固まったまま俺を見上げていた。
 こいつも殺してしまうか。そう思って一歩踏み出すと、奇声をあげながら、
転がるように駆け出していった。情けない程の鈍足ではあるが。
 あっさりと追いつき切り裂いてしまおうとした俺だったが、その奇声の
中にある言葉を聴いて、行動に移すのをやめた。
 ──魔王だ。
 俺に向けられたその言葉に、ゾクッと来た。怒りに撒かせて周囲を破壊し始め
た俺は確かに、魔王でしかない。
 どうやら、俺はいつの間にか英雄から魔王へと変わっていたらしい。
 口の軽い吟遊詩人の事だ、その噂は直ぐに広めてくれるだろう。そして、
直ぐにでも、英雄と呼ばれる男が、俺の所へやってくるのではないだろうか?
 どうやら、次の怒りをぶつける相手が出来たようだった。



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