【 The role of the hero 】
◆InwGZIAUcs




16 :No.04 The role of the hero 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/16 05:17:59 ID:Ggk2YtAs
 腰に差した短剣を撫で無音の溜め息を吐き捨てた男、レオスは空を見上げた。
 虫と梟が控えめに鳴く森の中、長身で長髪、黒髪と黒コートに身を包んだ彼は手持ち無沙汰に弄っていた
指輪を人差し指に嵌めこむと、鋭く前方を見据える。
「――誰?」
 満月が煌々と冴え光る神秘的な夜の空気が怯えたように震えたのは、
目の前に立つレオスに気づいた少女の声が震えていたからだろう。
 腰の高さまである草で仕切られた道の真ん中で、月を背負うように立つ少女はもう一度口を開いた。
「あなたは誰ですか?」
 今度は先ほどよりも凛とした声が響き渡る。
 その質問の返答として正しいのは名前でなく役割だろう。暗殺者……アレスをそう呼ぶものは少ない。それ
つまり彼がそれだけ優秀な暗殺者という何よりの証明であるが、当然その事をわざわざ教える義理も無かった。
「あんたに名乗る意味はほとんどないんだ」
「ここはセイントブレス王国の王城領土。この道は聖なる道。この先にある泉は聖女だけが浸かることを
許された泉。いずれも立ち入ることは国法で禁じられている筈です」
「知っている。あんたがこの国の神聖少女、レイリスってことも知っている」
 レイリスと呼ばれた少女をよく見れば、淡い水色の髪の毛をしっとりと水を絡ませていて、
身に纏う白いドレスも端のほうから水が滴っている。先ほどまでその泉で水浴びをしていたのだろう。
「では、私に何か用でしょうか?」
 本来なら話はここで終わりだった。しかし、レオスはまるで世間話を続けるように会話を続ける。
 彼は神聖少女という人間に興味があったし、いつでも殺す事ができる。
「冷静だな……不審者が本来あんた以外踏み入ることが許されない場所にいて怖くないのか? 
警備兵はどうしたのか? 目的は何なのか? とか色々不安要素はあるだろう」
 反応は無い。レイリスは黙ってレオスを見つめていた。
「そうだな。神聖少女に恐れるものは何も無いか。たった十秒の詠唱、最高破壊法術を発動させ敵陣を
無視して敵国の主要都市を吹っ飛ばし、強制的に戦争を終わらしてしまうような聖女様だもんな……。
俺一人殺すのは造作も無いだろう」
 少女の顔色が少し変わったような気がした。しかしその変化は、風が吹き森が揺れ月明かりの角度が変わった
だけなのかもしれない。
 が、変化は突然だった。
 寝ていた鳥が叩き起こされ慌てて空に逃げ出す程大きな爆音が響き渡ると同時、レオスの立つ二メートル

17 :No.04 The role of the hero 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/16 05:18:49 ID:Ggk2YtAs
手前の地面が大きくめくり上がった。まるで地雷式の火薬弾が勝手に作動したかのような有様だ。
 当然それはレイリスの放った法術である。
「それがお前の法術……いや、魔法か?」
 法術と呼ぶのには理由があった。レイリスは神聖少女である以上、魔という言葉がつく力を操る存在であっては
いけない。ただそれだけの事。つまりレイリスが神聖少女でなければ魔法と呼んで差し支えない力である。
 国の政治家達にそれが国家秘密の一つだとして聞かされていた。国民には法術、神の力として伝えられていると。
「そうです。あなたを殺すのには詠唱すら必要としない力です」
 煙の向こう側から聞こえる声にレオスは顔をしかめる。
「今の爆発音で警備兵が間もなくやってくるでしょう……だから、早く去って下さい」
 聞こえたその声には相手をいたわる様に柔和な響きをしていたから、だからレオスは顔をしかめたのだ。
「神聖少女か……この宗教王国、セイントブレスの道標として立ち上がった神の使い。大儀は
この国にあると思わせる程強力無比な、まるで神の如き法力の持ち主レイリス――」
「そんなことより! 早く逃げないと捕まってしまいますよ――」
「もし! 警備兵が来ないのだとしたら?」
 叩き込むように叫んだレイリスをさらに叩き込んだレオスの瞳が暗く妖しく彼女を射抜く。
「……来ない?」
 その言葉の意味がうまく飲み込めていないようで、彼女は言葉を詰まらせる。
「ひとつ教えておく。あんたはこの国の救世主であり神聖聖女であり英雄だ」
「……」
「そんなあんたの役割は三つある。一つ、絶対的な力で敵をねじ伏せること。一つ、宗教的な象徴になること……」
 風が止んだ。
「最後に、死ぬこと」
 レイリスの顔が悲痛に歪む……と、レオスは思っていた。
 しかし彼女は最後の言葉を飲み込んだ後、レオスの予想していた何にも当てはまらない……笑顔を作っていた。
 年相応の笑顔だった。十六、七歳の少女は、神聖少女という名の少女の笑顔。
「……何故笑う?」
 聖母のような笑みを浮かべてレイリスはこう言ってのけた。
「だって、私が要らないということはもう本当に争いが無くなったって事でしょ? ふふ、
あなたは私を殺しに来た暗殺者だったんですね? 暗殺者にしてはあまりにも喋るから戸惑ってしまいました」
 この瞬間、レイリスは悟っていたと……レオスは思い知る。

18 :No.04 The role of the hero 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/16 05:19:15 ID:Ggk2YtAs
 この瞬間、レイリスは悟っていたと……レオスは思い知る。
 彼女がこの世界に必要とされるという事は戦争があるというこ事。そしてもし戦争が無くなり、
聖女の象徴として人々の心の中に刻まれたのなら、彼女は世界平和にとって邪魔に存在でしかないという事。
 軍事力としては強力すぎる力……彼女はその運命を最初から受け入れていた。
「これがその証……お前を殺すために授けられたセイントブレスの国宝、魔法殺しの指輪だ」
 指に嵌めたそれをレイリスに見せ付ける。国に依頼された時、対レイリスの為に渡された魔法道具だった。
 つまり、この事が冗談でも何でもないぞとレオスは見せ付けたのだ。
「魔法を無効化する指輪……あなたに私の力は通じないという事ですね? 大丈夫です。そんなもの無くたって、
私は大人しく死にますよ? ただ、平和になった世界が見れないの残念です……それでも、良かった」
 レオスは死まで覚悟していた本物の英雄を見誤った自分を恥じ、苛立った。
 これから死ぬのに何故笑っていられるのか? 彼女は多くの死を生み出し見てきた筈だ。死ぬ前の呻きを。
はみ出した内臓を。生にしがみ付く発狂した人々を。耐え難い光景を! ……だが、彼女は笑っているのだ。
「私を殺せばあなたもいずれ……でも大丈夫。泉の奥に行けば抜け道があるから国外へ逃げれます――」
 彼女を殺せばレオスもいずれ殺される。どれだけ政治家がレオスの身の安全を約束しようが、真実を知る
口は国の綻びを産むと誰よりも彼らが知っている。ならばその口は少ないほうが良いと考えるのが自然だろう。
 神聖少女はその若さで、さらには自分の死を前にして尚、目の前の暗殺者の命まで気を配っているのだ。
 レオスは限界だった。
 レイリスの言葉を無視して、魔法殺しの指輪を彼女に向け高く放り投げる。
――俺も当然気づいていた。神聖少女レイリスを殺せば、どんなに頑張っても長くは生きられないという事を。
 その指輪の奇跡を追うようにレイリスは視線を泳がせた。
――覚悟はあった……暗殺者とはそういうものだと自分に言い聞かせて。
 彼女の視線から外れると同時、レオスは走り出した。腰に差していた短剣を引き抜きながら。
――平和な世界を目指し、暗殺を選んで死を覚悟した俺とこいつの違いは!
 本来逆手で持つ短剣を順手で持ち、切っ先を真横に傾ける。レイリスとの距離は零。
――存在理由。
 指輪が地面に落ちる音がやけに大きくレオスの耳に響いた。

 神聖少女レイリス。彼女は夢を見ていた。走馬灯かもしれない。
 レイリスが立っているのはとある街。敵国の軍事拠点の一つだ。今はもう瓦礫と血と肉が散らばる惨劇の地
でしかない。放った最高破壊法術は敵陣を無視して、街ごと全てを吹き飛ばした。その惨劇が、未来の笑顔に

19 :No.04 The role of the hero 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/16 05:19:47 ID:Ggk2YtAs
なると信じて。ただ信じて、レイリスはそこで泣いていた。
 レイリスは少女だ。突然変異のように強力な魔力を持って生まれただけの、少女だ。
 そんな少女は今――

 体が揺れてレイリスは目を覚ました。霞む視界の中、枯葉や木の幹が流れる光景に目を疑う。
「あれ? ここは……?」
 鈍く痛む頭を動かすと、黒いコートの背に頬がぶつかった。
「目、覚ましたか?」
 そこで彼女はやっと気づいた。自分は今、あの暗殺者に担がれ森の中を移動しているのだと。
「あの、なんで? こんな――」
 ことをしているのですか? とレイリスが尋ねようとしたとき、レオスの足元が爆発して大きく揺らめいた。
「話は後だ。今は追手を撒く!」
 レイリスが目を凝らしてみると、後方から数人警備兵が追ってきているのが目に入る。
「……よくわからないけど、とりあえず逃げれればいいのですね」
 ならば、とレイリスはぶら下がる手を少し上げ空中に平面の魔法陣を描いた。
「マジックウォール」
 紡がれた言葉に反応するように魔方陣が光りだし、円を描きながら地面と垂直に広がっていく。
 それは、指先を中心に行く手を阻む障害壁をつくる初歩魔法だった。しかし、彼女が扱えば当然強度も
その規模も変わってくる。警備兵は突如現れた百メートル程の壁に、しばらく足止めを喰らうことになるだろう。
「さすが神聖少女だ」
 それからしばらくレオスは走り続ける。が、五分立った頃、おずおずとレイリスは口を開いた。
「あのーそろそろ降ろして貰えないでしょうか? 追手もしばらくは追いつけないでしょうし……」
「……逃げないだろうな?」
「は、はい」
 レオスは彼女を丁寧に降ろしてやると、その汗を拭った。その表情には暗殺者らしい余裕は無い。
「あの、何故私は生きているのでしょうか? 加えて何故あなたと一緒に逃げてるのでしょうか?」
「あんたは俺の短剣の柄で気を失わせただけだ。何故逃げてるか……は、そうだな。見てみたくなったから」
「え?」
「英雄が死なない結末を」
 レオスは悔しかったのだ。自分の覚悟を軽く上回る覚悟を持ってこの少女が生きていた事が。

20 :No.04 The role of the hero 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/16 05:20:15 ID:Ggk2YtAs
 そしてレオスは許せなかった。ただの健気な少女にそんな運命を当然と思わせたこの国が。 
「自惚れるな。実際のところ英雄なんてのはただの虚像だ。お前が死んだだけでは世界は変わらない。だから生きるんだ」
 レイリスの自己犠牲は何も生み出さない。
 それは今まで生きてきた彼女の根底を崩す言葉。そして同時にもう一つの選択肢、生きるを選べる言葉。
「私が……生きる? でも生きていたら争いの火種に!」
「ならその身を隠せばいい。何だったら坊主にでもするか? 絶対気づかれないぞ」
 きょとんとした表情になるレイリスだったが、すぐに目じりが緩んだ。
「ふふふ、髪は女の命ですよ? 女性に失礼……あれ? あれ?」
 緩んだ目じりから零れたのは大粒の涙。流している本人が困惑している。
「おか、しいな。なんで涙が、ごめんなさ、い」
 レイリスは少女であり人間だ。どれだけ自分の存在価値が最終的に死であることを思い込もうが、
死という本能的な恐怖を完全に麻痺させることはできない。その証明がこの涙だとレオスは思う。
「……あんたが表世界の英雄だとしたら、俺は裏世界の英雄だった。でも、あんたと違って俺は暗殺という仕事を
しながら震えていた。いつか自分に叩きつけられるかもしれない死に震えながら。それでもこの屍の先に平和な
未来があるって信じながら」
 それは体の芯が制限なく暗闇に落ちていくような恐怖であり絶望だった。
 年齢的にも上であるレオスですらぎりぎりに保っていた恐怖の中、彼女は笑顔で耐えていたのだ。
 涙を見てレオスは思う。本来、平和な未来にあるべきはレイリスのように健気な人間が笑顔でいられる世界だろう。
「がらにも無いけど、あんたは俺が守る。俺がそうしたくなったんだ、文句は言わないでくれ」
「私、生きてもいい、のかな? 私が、殺した人たちに……あなたにも、迷惑が」
 鼻水まじりのレイリスの声に、レオスの声も優しくなる。彼自身驚くほどに。
「気にするな、俺がそうしたいだけだからお前に落ち度はない。死人に罪を問う口はない。
それにどの道このままじゃ国に殺されていただろう俺はお前に命を救われるんだ」
 しかし言うほど簡単にはいかない。もはや大陸一の宗教王国ホワイトブレスを敵に回して、
逃げ切るなんてのは子供の絵空事に近い。だけどレイリスと二人なら……ともレオスは思う。
「私、見てみたい。世界を……私が何をもたらしたかを! ……あなたの名前、今度こそ聞かせてください」
「レオス、でいい。それよりも追手が気になる。逃げ切るぞ、レイリス」
 首を振る縦にレイリスも気づいているだろう。逃げ切る事が困難な生きる道であると。
 だが二人は歩き始めた。決意に満ちた瞳は悲壮ではあるが、絶望の色では無い。 
 鬱蒼とした森の中を二人の奏でる足音は、運命に抗う意思を伴う力強いものだった。    ――終



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