【 英雄はここにいる 】
◆dI3YYoT.Ns




11 :No.03 英雄はここにいる 1/5 ◇dI3YYoT.Ns:07/09/16 05:12:36 ID:Ggk2YtAs
 爽やかな風に吹かれながら、僕はいつものように自転車を漕ぐ。
「兄ちゃん! 今日の晩御飯何?」
 背中から元気いっぱいの声がする。僕の弟だ。小学校に入学したばかりで新品のランドセルが初々しい。
高校に行く途中にこいつの小学校があるから荷台に乗っけて送ってやっている。友達に言うとブラコンなん
て言われた。僕にとっちゃ心外だ。まだまだ小さい弟を可愛がるのは兄の役目だろう。
「うーん。今日は部活に行こうと思ってるからなぁ。母さんの方が早いかも」
 母子家庭の我が家では炊事は僕の役目。なんだけど、最近は高校に入って始めた部活の空手でちゃんと役
目を果たせない時もある。
「えー。母ちゃんレンジでチンばっかだよー」
 弟は不平そうに言う。その無邪気さが可愛らしく思えて自然と笑みがこぼれる。
「はは、そう言うなよ」
「うーん。でも兄ちゃん空手強いんだもんね! 兄ちゃんがもっと強くなるためだ! 我慢する」
 僕の笑顔はちょっとひきつった。そりゃそうだ。いまだ白帯の癖に弟には学校じゃ敵なしなんて吹聴して
る。弟の信じきった言葉が僕の良心をチクリと刺す。苦笑いしながらペダルを漕ぐしかなかった。そうこう
している内に弟の通う小学校に着く。
「ほら、着いたぞ」
「うん! じゃあね、兄ちゃん」
 荷台を降りた弟は手を大きく振りながら満面の笑みで僕を送った。あぁ、ばれちゃいないがあの笑顔をみ
るとなぁ。ちょっとした罪悪感が僕を包む。
「はぁ……」
 そんなため息をつきながらペダルを漕ぎ続ける。
 学校に着けばいつもの授業の開始だ。退屈だけどしょうがない。ちゃんと受けるのは義務みたいなものだ。
そんなうちにまだ夕日とはいえないが日は大分傾いていた。
「起立、礼」
 日直の声が響くと、野球部の連中が駆け足で扉から出て行く。ホント練習熱心だなぁ。僕もバックを担い
で体育館へと向かった。体育館に着くと何かもめている。どうしたのだろうか。
「おらよ! 貧弱空手部! てめーらのせいで体育館が狭いんだよ!」
「え、えと……」
 あ、最悪の組み合わせだな。僕の中に嫌な予感が走った。

12 :No.03 英雄はここにいる 2/5 ◇dI3YYoT.Ns:07/09/16 05:13:05 ID:Ggk2YtAs
 脅しているのはボクシング部のエース、丈一歩だ。都大会ベスト8の猛者。だけどそれ以上に有名なのはそ
の激しい気性で瞬間湯沸かし器なんてあだ名もついてる。
 それに対して情けなく声を出しているのは我が空手部主将増田拳先輩。名前だけは勇ましいけど、実際は
いわゆる運動音痴。先輩だけど僕より弱い。
「だいたいよぉ! てめぇら3人しかいねぇのに体育館使ってんじゃねぇよ!」
 ……痛いところだ。我が空手部は指導員は0、部員は僕と増田先輩、あとは幽霊部員が一人という惨状だ。
なんで部として活動できるのかもわからないくらいだ。
「あ!」
 うっそ!拳先輩に気付かれた。絡みたくないと思っていたところなのに!丈の鋭い視線が僕に突き刺さる。
「お前は、確か空手部だよな。ザコの拳と話してもラチがあかねぇ! ちょっと来い」
 はぁ……。なんなのこの流れ。
 いつの間にか僕は道着に着替えさせられ、手にボクシンググローブをつけてリングに立っている。そんな
僕の正面にはボクシングパンツにグローブ姿で軽くシャドーをする丈がいる。
 そして丈は首に巻いたタオルで汗を軽く拭った後、タオルを投げ捨て僕の方にこぶしを向けて言い放つ。
「この勝負に勝ったほうが体育館の使用権を得ることができる。
3分3ラウンドだ。ルールはボクシングルールにのっとる。まぁせいぜい頑張ることだな」
 もう、いつの時代の人間だよ。勝負で決着だなんて。
 僕は丈の目にこの胴に巻かれた白い帯が見えているのかどうか確認したかった。
「よしっ! ゴング鳴らせ!」
 カーンッ!……
「……っ!」
 消毒液が傷口にしみる。顔の青あざは当分残るだろう。
 1ラウンドKO負け。双方のレベルの差を考えれば当然の結果だった。消毒液を薬箱に直し寝室のタンス
の上に戻す。タンスを目の前にして下を向き立ち尽くしていた。
 はぁ……。なんでこんな目に合うんだ、俺。運悪すぎだろ。
 同年代の連中に比べたって、家事でも何でも努力してるつもりなのに神様に嫌われているみたいだ。
 うつむいているとネガティブな考えばかり浮かんでくる。コツンと頭をタンスにぶつける。
 どうしようもないのかな。まぁこれだけで済んだだけでもマシか。どう見たって不条理なのはあいつらだしな。
 そんな卑屈な考えが頭をよぎったその時だった。
「……兄ちゃん、大丈夫? どうかしたの?」

13 :No.03 英雄はここにいる 3/5 ◇dI3YYoT.Ns:07/09/16 05:13:35 ID:Ggk2YtAs
 後ろからいかにも心配そうな声で弟が話しかけてくる。僕は本当にずるい人間だ。こんなときにも自分の
虚勢を保とうとして、見栄をはってしまう。笑顔満面で振り向いて高らかに言った。
「なーに言ってんだ! 兄ちゃんは強いから全然平気だよ! ただ転んだだけさ」
 すると弟は花が咲いたように声色が変わって
「よかった! やっぱりにいちゃん強いもんね! ちょっと心配しちゃったけど」
 この言葉が僕に突き刺さる。
「あぁ、そうだな。」
 力ない言葉で適当にごまかす。
 なんだよ……。僕は弟思いな振りしてただの嘘つきじゃないか。
 虚像の英雄になりきって弟の関心を引かせようとしているだけじゃないか。
 挙句の果てに弟に心配までかけさせて何が兄ちゃんだ。僕は、僕は……。
 ……翌日の放課後、僕は学校近くの町道場を訪ねた。
「……絶対強くなって、丈に勝って、ホントのあいつのヒーローになってやるんだ」
 門を開け中に入って回りを見回してみるがそこには誰もいない。どうしようかと考えていると、人影が見える。
「誰かね? 今日は練習を休みにしようと思っていたんだが」
 目の前に現れたのは道着を着た体格のいい無精ひげがよく似合う壮年の男性だった。僕はこの人に思いのたけを
話した。弟のこと、丈のこと、強くなりたいこと……。どうやら彼は道場の師範代で名前を佐藤というらしい。
「うーむ。しかし相手は都大会ベスト8だ。白帯の君がそうすぐ試合で勝てるとは思わない」
 佐藤師範は難儀そうな面持ちでそう言う。
「そう……ですか」
「まぁただ空手家らしい勝負の決め方で勝つことは十分できると思うぞ」
 師範の言葉に僕は期待した。
「ホントですか!」
「あぁ、瓦割り勝負なら君でも勝てる可能性が十分にある」
 瓦割り……普通の人から見たら怪力のなせる技と見えるようなこの試技にも空手のテクニックが詰め込まれている。
 僕は師範の助け舟に乗り瓦割り対決で丈に挑むことを決めた。
 それから学校が終われば毎日道場に通い師範と一緒の特訓が始まった。
「しっかり腕立て深く! 手首鍛えないことには始まらないぞ!」
「重心移動をきっちり行うんだ。そうじゃないと瞬発力を生かせん」
「拳はしっかり瓦に垂直に打つんだ! 力を最後まで伝わらせろ!」

14 :No.03 英雄はここにいる 4/5 ◇dI3YYoT.Ns:07/09/16 05:14:13 ID:Ggk2YtAs
 必死の練習は僕の中の何かを変えていった。今までにない充実感が僕の中に満ちていった。
「君は強いな。自分に妥協しない。このままなら空手自体もすぐ強くなる」
 ある日の練習後、ストレッチをしていると師範が感慨深げに言う。僕は照れくさくなった。
「そんなことないですよ。僕は嘘つきでしたから。強いふりをして結局は自分に甘えてました。
僕がいつも家事をやってるからとかそんな言い訳を探してました。ホント、ダメなやつです」
 自嘲気味に言う僕に師範は真剣な口調で語る。
「自分の弱さを認めることができる、これも十分強い証拠だよ」
 そんな特訓の日々を重ねて2週間、僕は体育館を占拠する丈の前に立つ。
「あぁっ!? 瓦割り勝負?」
 丈はいかにも怪訝そうだった。
「そうだ! 空手流の勝負の付け方だ。これで体育館の使用権を元に戻してもらう!」
 僕なりに強気に出たつもりだ。すると丈は鼻で笑い飛ばすように言った。
「フンッ! いいぜ。この前はボクシングルールだったしな。どうせ貧弱空手部相手だ。結果は見えてるがな!」
 3日後に勝負は決まった。残り時間も師範と共に特訓に明け暮れた。
 当日、約束の時刻になり、体育館の玄関の前に立つ。脈が速くなり自分でも緊張しているのがわかった。
 ……よし、いくか。
 取っ手を握り扉を開くと、そこにはボクシングパンツにグローブ姿の丈が仁王立ちで待っていた。
「来たな、まってたぞ。早く道着に着替えて来い」
 道着に着替えて丈の前に対面する。拳先輩もいつの間にか来ていた。
「瓦もって来たよ、頑張ってね」
 拳先輩が瓦を運んできてくれた。僕の中の闘志が燃える。
「ありがとうございます。絶対に……勝ちますから」
 僕は丈の方に向かってこぶしを突き出す。
「瓦は20枚ある。どっちが多く割れるかで勝ち負けを決める」
 丈は不敵な笑みを浮かべる。
「あぁいいよ。20枚きっちり割ってやるよ」
 丈は瓦の正面に立ち、右手のグローブを外す。指の関節をポキポキ鳴らしている。
「はは、ラクショーだよ」
 勢いよく拳を振り下ろした。瓦は音を立て勢いよく割れていく。
「……ちっ」

15 :No.03 英雄はここにいる 5/5 ◇dI3YYoT.Ns:07/09/16 05:15:09 ID:Ggk2YtAs
 いかにも悔しそうに舌をうつ。瓦は二枚、割れ残っていた。しかし丈はすぐに僕の方を睨み言い放つ。
「まぁ貧弱空手部が俺以上に割れるとは思わないけどな。ははっ」
 僕は瓦の前に立つ。手には汗がふきだしている。やれる、僕ならやれる、僕はあいつの英雄だから。
 僕はその握った手を、胸に秘めた思いを瓦に勢いよくぶつけた。瓦はすさまじい勢いで真っ二つになる。
 ……瓦は20枚すべてがきれいに真っ二つになっていた。
「……やった、勝った。勝ったぞぉ。」
 僕は両の手を振り上げてガッツポーズをした。ついに僕はやったのだ。
 そんな僕に丈が近づいてきて話す。
「……負けたぜ。約束は守る。全然貧弱じゃねぇじゃないか。かっこよかったぜ」
 そう言うと丈は更衣室の方へと消えていった。
「やったよ、やったよ、すごいよ」
 拳先輩は跳びあがって大喜びだ。そんな時聞き覚えのある声が聞こえた。
「兄ちゃん!」
 弟だ。その後ろには佐藤師範もいる。弟は僕の手を握り、すごいすごいと言いつづけている。
「師範が連れてきてくださったんですね」
 師範は僕に笑みを見せると、弟の頭を撫でておもむろに語りだした。
「君のお兄ちゃんは凄い男だ。瓦20枚なんてそうそう割れるもんじゃない。
だがもっと凄いのは君のご飯を作ってあげたりしてくれていることだ。次は君がそれにこたえてあげような」
 弟は僕に抱きつきうん、うんと頷く。師範は僕の方を見つめて語り続ける。
「君は空手家としても、一人の人間としても本当の英雄だ。誇りに思いなさい」
 思わず目頭が熱くなった。驕りかもしれないけど、僕は弟にとって本物の英雄になれたみたいだ。





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