【 ぷりん 】
◆VXDElOORQI




92 :No.28 ぷりん 1/3 ◇VXDElOORQI:07/09/09 23:54:04 ID:3+RL0H4f
 テーブルの周りにに静かな嵐が吹き荒れている。ような気がする。
 テーブルを挟んで対峙するのは、俺と妹。そして俺と妹との中間。テーブルの上には駅前
のプリン専門店のプリン。一日限定三十個。そのプリンが一つ堂々と、圧倒的な存在感を醸し出しな
がら、それはもう「余がプリンの王である」と言わんばかりの風格で鎮座している。
「このプリンは俺が頂く」
「今度もわたしが食べるもんねー」
 ふふんと鼻を鳴らし、余裕綽々と言った様子の妹。
 実際、前回の勝負。駅二つ離れたプリン専門店のプリン。一個千円。それは全て、カケラ一つ、キ
ャラメル一滴残すことなく、妹の腹の中へと消えた。
「今回は、勝たせてもらう」
「んふ。言うのはタダだよ? だから好きなだけ吼えればいいよ」
 一々勘に触るやつだ。
 そもそもなんで家の母親は人数分買ってきてくれないんだ。
 俺と妹の分をきっちり買ってきてくれれば、無益で無意味でプリンでプリンを洗う抗争に発展する
こともないのに。
 流しの中にはすでに、プリンが入れてあったであろう空の入れ物が一つ転がっている。
 母親が自分の分を食べたのだろう。俺たちに見つかる前に。なんというやつだ。あいつは悪魔の子
に違いない。
「ところで今までの勝敗はどんな感じだったっけ?」
「ごじゅっちょうごじゅっぴゃい」
 噛みすぎだろ。
「ご、五十勝五十敗」
 妹は顔を真っ赤にして言い直す。
「んー、よく言えましたーエライねー」
 俺はテーブルから身を乗り出し、妹の頭を乱暴にぐしぐしと撫で回す。
「もう! やめてよぉ!」
 乱暴にその手を振り払うと、妹ははぁはぁと肩で息をしながら、乱れた髪を直している。
 ふふふ。怒りで我を忘れておるわ。この勝負、我輩に勝機あり!
「もう、お兄ちゃんって、いっつも意地悪ばっかりするんだから……」
 妹はなにかブツブツと呟きながらまだ髪の毛を直している。

93 :No.28 ぷりん 2/3 ◇VXDElOORQI:07/09/09 23:54:20 ID:3+RL0H4f
「さぁそろそろ始めるぞ。準備はいいか。我が愚妹よ!」
「誰が愚妹よ。このバカお兄ちゃん!」
 俺、妹共に拳を腰ために構え、静かに大きく深呼吸をする。
「じゃぁぁんけぇぇん!」
「ぽん!」
 掛け声と共に腰ために構えられて、拳がそれぞれに形を変えて、前方に突き出される。
 俺の出した一手は、頑強なる石の象徴。グー。
 妹の出した一手は、硬質なる石の象徴。グー。
 あいこっ!
 俺と妹はふぅと一拍の間をおき、すぐさま次の一手を繰り出す。
「あぁぁいこでぇぇ!」
「しょ!」
 俺が出した一手は、切り刻む鋏の象徴。チョキ。
 妹が出した一手は、包み込む紙の象徴。パー。
「しゃああああ!」
「ま、負けた、負け、ちゃった……」
 妹はペタリと床に座り込んでしまう。
 さぞや、敗戦の味をかみ締めていることだろう。
「では」
 俺はスプーンを取り出すと、プリンのカップの蓋を開ける。
「いただくとするか」
 開けると同時に甘い香りがふわりと漂い、心地よく鼻腔を刺激する。
 せめて香りくらい嗅がせてやろうと、妹のいる側に周りこんでみると、そこで妹は、泣いていた。
 下唇をかみ締め、声が出ないようにして、泣いていた。
「んっ……うっ……」
 俺は泣いている妹とプリンを交互に見る。
 比べるまでもないよな。
「ほら。泣くな」
 俺は妹の頭を今度は優しくなでる。
「な、泣いて、ないもん」

94 :No.28 ぷりん 3/3 ◇VXDElOORQI:07/09/09 23:54:59 ID:3+RL0H4f
 グシグシと腕で目の周りを擦り、必死に泣いていることを隠そうとする妹。
「プリン食え。な」
「え、いいの……?」
 きょとんした顔で俺を見つめる妹に、俺はコクンとうなずいた。
「ありがと。お兄ちゃん」
 妹はプリンとスプーンを受け取り、嬉しそうに、さっきの涙が嘘のような笑顔を浮かべ、プリンを
見つめている。
 しかし、なぜか妹はプリンをじっと見つめ、なかなか食べようとしない。
「どうしたんだ?」
「えっとね。お兄ちゃん。い、一緒に食べよ?」
「え、いいの?」
 思わぬ言葉につい聞き返してしまう俺。
「う、うん」
「じゃ、じゃあ」
 俺が妹の持つプリンとスプーンに手を伸ばすと、
「ダメ!」
「え、なんで」
「だから、その、えっとね。私が食べさせてあげるから……」
 妹は耳まで真っ赤に染めて、恥ずかしそうにそう言った。
「え、それって」
「もう! いいから! お兄ちゃんは目を閉じて待ってて!」
 妹は耳まで真っ赤にしたまましばらくプリンをじっと見つめていたが、ついにスプーンでプリンを
すくい、それを俺の口のほうへとゆっくり近づけてくる。それと同時に俺は目を閉じる。
「お、お兄ちゃん、あーん」
 思いがけない妹の行動に、俺はただ妹に言われるがまま口をあけ、妹が持つスプーンを待ち受ける。
 妹の手によってゆっくりと俺の口へとプリンが運ばれていく。そのプリンは口の中でとろけ、今ま
で食べたどのプリンよりも甘く甘く、そしておいしかった。
 ゆっくりと味わってから、妹を見ると妹は顔を真っ赤にしたまま「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。

おしまい



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