【 恋の大きさを測る方法 】
◆s5RKcljnwE




77 :No.23 恋の大きさを測る方法 1/4 ◇s5RKcljnwE:07/09/09 23:23:25 ID:3+RL0H4f
 午前の授業を睡魔に身を委ねて乗り越え、午後の授業もまた睡魔に身を委ねて乗り越えた。おかげ
で睡魔はどこかに泳いで去っていき、俺は固まった体を伸ばし、ほぐしてから、昇降口へと向かう。
 靴を履き替え、外に出るとそこにはお隣さんで幼馴染のハルカが壁に寄りかかって待っていた。
「ハルカ。お前なにやってんだ」
「たまには一緒に行こうかなーっと思って」
 幼馴染と言ってもいつも一緒にいるわけではない。高校生になってからは、待ち合わせて一緒に登
下校ということもしなくなった。途中で見かけたら声をかけ、一緒に行く、帰る。ということが稀に
あるくらいだ。
「い、嫌だった……かな」
 ハルカは不安そうに俺を見つめる。昔から俺はこの顔が苦手だった。雨に降られた子犬のような顔。
放っておけない。そんな気持ちにさせる表情だった。
「いや、別に嫌じゃないけど」
「よかった。じゃ行こっ」
 俺の答えを聞いた途端に明るい表情になるハルカ。ひょっとしたらあの表情は計算なんだろうか。
俺はハルカの策にまんまとはまったのだろうか。どんな策かはわからないけど。
「わっ!」
 そんな考えはハルカが喜び勇んで歩き出した途端、転んだのを見て俺の脳内から消えた。
 ハルカは歩き始めると最初の様子とはうって変わって、少し俯きながら俺の隣を歩く。「来月お前
の誕生日だな」とか「こういうの久しぶりだよな」などと他愛のないことを話しかけても、ハルカは
どこかうわの空だった。しばらくして会話もなくなり、ただ家への道のりを消化していく。
 ハルカはなんで俺を待っていたのだろうか。だとしたらなんで黙っているのだろうか。それともさ
っき転んだときに怪我をして話も出来ないくらい痛いのか? 目に見える怪我はなかったが……。
「やっぱどこか痛いのか?」
 ふるふるとなにも言わずに、首を横に振るハルカ。
 顔を覗き込んでみると、なぜか顔が真っ赤だった。怪我じゃなくて熱でもあるのか。
 俺はハルカの前にしゃがむ。
「おぶってやるよ」
「え、でも。そんな。本当になんでもないから。怪我もしてないし」
「お前、顔真っ赤だぞ。熱でもあるんだろ」

78 :No.23 恋の大きさを測る方法 2/4 ◇s5RKcljnwE:07/09/09 23:23:38 ID:3+RL0H4f
「熱もないよ。顔が赤いのは、その、えっと……緊張――」
 俺はハルカの話を強引に打ち切る。
「いいから。ほら」
「う、うん……」
 ちょっと強引すぎただろうか。それでもハルカは俺におぶさってきた。
 背中にハルカのひかえめな胸の感触が伝わる。今更だが、とても恥ずかしい。それでも、今更やっ
ぱやめとも言えないので、俺はハルカがずり落ちないように支えると立ち上がった。
「わっ」
 ハルカは転んだときと同じように驚きの声を漏らす。
「大丈夫か?」
「うん」
 俺はもう一度、ハルカがしっかり捕まっているか確認してから歩き出す。
「カズ君。今、彼女いる?」
 いきなりの質問に俺は驚いてハルカを落としそうになるのを必死に堪える。
「い、いや、いないけど」
「じゃあ好きな人は?」
 その質問に心臓がドクンと大きく脈打つのが自分でもわかる。
「い、いるよ」
「そうなんだ」
「そうだよ」
「そっか」
 それきりまた会話は途切れ、また家への道のりを消化するだけ時間が始まった。
「もう大丈夫だから」
 そう言って、ハルカは俺の背中から降りた。ここからは少し人通りが増えるからだろう。
「いいけど、本当に大丈夫なのか?」
「う、うん。本当に熱とか出てないし、ダイジョブ」
「そっか。よかった」
「心配した?」
「別にしてねえよ」

79 :No.23 恋の大きさを測る方法 3/4 ◇s5RKcljnwE:07/09/09 23:23:53 ID:3+RL0H4f
「そっか」
 ハルカは少し寂しそうに顔をふせて歩き出した。
 俺はハルカのそばに近寄って頭の上にポンと手を置く。
「嘘。心配したよ」
 ハルカは顔をふせたまま「えへへ」と笑った。髪の間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
「ねえ、カズ君の好きな人ってどんな人?」
 ハルカがいきなり先ほどを蒸し返してきた。
「そんなの言えるわけないだろ。恥ずかしい」
「どうしてもダメ?」
「ダメ。あ、でもハルカの好きな人教えてくれたらいいよ」
 俺がその冗談を言ったのはちょうど、俺の家のほんの少し前だった。
「じゃあまた――」
 明日な。家の前に着いたのでそう言おうとして、振り向くと、ハルカは俺が冗談を言った位置で立
ち止まっていた。
「わ、私の好きな人は……」
「お、おい。本当に言わなくてもいいって。冗談だから冗談」
 俺の言葉を無視してハルカは次の言葉を紡ぐ。
「カズ君。好き。私。カズ君が。好き」
 ハルカは、今まで見たどのハルカよりも真っ赤に顔を染めていた。
「私、言ったから。ちゃんと言ったから。だから教えて。それで諦めるから。ちゃんと諦めるから」
「なんで、なんでそんなこと言うんだよ……」
 ビクっとハルカの肩が震える。
「ご、ごめんなさい……で、でも私」
 ハルカの瞳にはどんどん涙がたまっていき、それと呼応するかのように声もどんどんか細いものへ
と変わっていく。
「俺がさ、来月のお前の誕生日に、言おうと思ってたのに、先に言うなよ。こういうのは男がバシッ
と言うもんだろ」
「えっ……」
「せっかくの計画が台無しだよ。まあまだプレゼントは買ってなかったらいいけどさ」

80 :No.23 恋の大きさを測る方法 4/4 ◇s5RKcljnwE:07/09/09 23:24:07 ID:3+RL0H4f
「えっと、そのじゃ、じゃあ……」
「お、俺もお前のことが。そのなんだ。好き……うお」
 俺が『好き』と言い終えるといきなりハルカが俺に抱きついてきた。
 どうしたらいいんだろうか。このまま抱きしめていいのだろうか。
 俺の手はハルカの肩の付近で右往左往。
「好き。大好き。私、カズ君のこと大好き。世界中の誰の好きって気持ちより、私がカズ君が好きな
気持ちが一番おっきい自信がある」
 いや、待て。それは、
「聞き捨てならんな」
 さっきまで右往左往していた手をハルカの肩にあて、体を引き離す。ハルカは不思議そうな顔で俺
を見つめてくる。
「絶対、俺がそのお前を、す、好き、な気持ちのほうがお前のよりでかい。その証拠に、ほら」
 俺はハルカの手を掴んで、俺の胸に、心臓の辺りに押し付ける。
「こんなにドキドキしてるし」
 ハルカは頬をぷぅと膨らますと、ドンと俺の胸を押してきた。
「それなら、私のほうがドキドキしてるもん」
 そう言って今度はハルカが、俺の手を取るとそのまま胸に押し付けた。
 ハルカの控えめな胸が俺の手の形に沿ってふにと形を変えるのが伝わってくる。
「ばっ! お前なにしてんだよ!」
「ね? ドキドキしてたでしょ?」
 そんなのあの状況でわかるわけはなかった。
「とにかく! 俺のほうが好きって気持ちのほうがお前のよりデカイんだからな!」
「違うもん! 私のほうの好きって気持ちのほうがおっきいもん!」
「じゃあ今から俺とお前は恋のライバルだ! 俺の気持ちのほうが大きいってこと証明してやる!」
「私だって負けないもん!」
 そう言うとハルカは走って自分の家の門扉の前まで行ってしまった。
「カズ君のこと大好き! 絶対絶対! 私のほうが大好き!」
 そう近所中に響き渡るような大声で叫ぶと家の中へと入ってしまった。当然、近所中に響き渡った
ということは我が家にも聞こえてるわけで、玄関を開けるとそこにはニヤニヤ顔の母親が立っている
だろうことは容易に想像できる。俺は深く深くため息をついてから、ノブに手をかけた。



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