【 その、大きな背中の上で 】
◆tGCLvTU/yA




70 :No.21 その、大きな背中の上で 1/3 ◇tGCLvTU/yA:07/09/09 23:06:18 ID:3+RL0H4f
 そいつがやって来たのは、今からちょうど一週間前。見た瞬間に思った。気に入らない、と。
 あいつと僕は同じ猫。見た目はかなり違うし、無口で不気味なやつだけど、同じ猫。猫はこの場所に二匹もいらないのだ。
 ちらっと、ご主人の方を見やる。つい五分程前からかかってきた電話だが、まだまだ終わる気配はなさそうだ。時々笑い声が聞こえるし、
さぞ楽しい話でもしていることだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。
 試合開始前に一言意気込みを。と聞かれたなら、こう答える。飼い猫の意地を見せてやろうじゃねえか、と。
 向き直る。そして見つめる。
「……」
 無言。まるでそこに居るのではなく、そこに置かれているかのようにそいつは動かずうつ伏せている。僕の何倍もの大きさで。
 一週間前から今の今までずっとそうなのだ。僕がなんとなく避けてきたというのもあったけど、こいつが喋っているのを見たことがない。
「やあ」
 ひとつ息を吐いて、話しかけてみる。やはり反応はない。怒っている風には見えないのだが。というより、そもそも表情が読めない。
「……おっほん。そろそろはっきりさせるべきだと思うんだよね、お前と僕の上下関係を」
 そう、はっきりさせなければならない。というかはっきりさせときたい。どちらがよりご主人に愛されてるのかを。上下関係という
言葉なんかでぼかしてしまったけれど、結局のところそれに尽きる。
 大体納得がいかないのだ。突然来たかと思ったら、ご主人の膝の上を独り占めして。そんな大きな図体で、ご主人の膝の上などおこがましい。
おかげで僕はこたつの中で丸くなるしかできない。
 ストレスがたまりすぎて、なんだか最近お腹がぶよぶよしてきた気がしないでもないし。とにかく、だ。
「いいかい? ここでは僕のが先輩なんだ。 ご主人のことだって、僕の方がよーく知ってる。だからだね……」
 ふと言葉を紡ぐのを止めて、そいつを見やる。
 顔すらこっちに向けないで、まるで僕がそこにいるかなんて知らないように、微動だにせずずっとどこかを見つめていた。
「あの……聞いてる?」
「……」
 これだ。無視されてるのだろうか。どちらにしてもいい加減腹が立ってきた。
 そもそもせっかく猫が話ているというのに、うつ伏せで聞くという態度はどうなんだ。ペットショップかはたまたどこか電柱近くの
ダンボールから拾われてきたか知らないけど、少しばかりマナーが悪いのではないか。
 いや、むしろこれでいいのかもしれない。これからとびっきりのキャットファイトが始まるのだ。これが話してみたら意外といい奴で。
みたいな展開になったら僕も困る。
 さて、ご主人の電話が終わる前にさっさと決着をつけてしまうか。
「とにかくだ、僕はお前が気に入らない」
 そういって、僕は昨夜のうちにお気に入りの壁で研ぎまくった爪をそいつに向ける。壁がボロボロになるほど研いだんだ。きっと凄い切れ味だろう。

71 :No.21 その、大きな背中の上で 2/3 ◇tGCLvTU/yA:07/09/09 23:06:39 ID:3+RL0H4f
 だというのに。
「……」
 この無反応。もしかして寝てるんじゃないだろうかとも思うのだけど、生憎とそのぱっちりと大きな目はしっかりと見開かれている。
「こ、こいつ! いい加減に……おい、聞いてるのか?」
 掴みかかろうと、そいつの体に手をかける。
 ぽふっ。
 なぜだか、すごく手ごたえがなかった。手を見る。今、確かに僕はこいつの体を掴んだはずだった。
「……あれ?」
 首を傾げる。肉なんかじゃなくてふにゃふにゃとした何かを掴んだような感覚。
 もう一度うつ伏せになってるそいつを見る。
「……」
 何事もなかったかのようにその大きな目を見開いたままじっとしている。
 恐る恐るもう一度触れてみる。
 ぽふぽふ。触れたところが少しだけへこむと、触れてない辺りがぽこっと盛り上がる。そっと手を離すと、へこんだ部分がぷくっと元に戻る。
「……おお」
 面白い。この手触りがなんだか癖になりそうだ。
「お前は、魔法使いか何かなのかい?」
 問いかけるが、やはり返答はない。とはいえ、嫌がらないということは触ってもいいということなのだろう。
 これだけ大きいならば、と僕はこいつの上に寝転がった。
「ふわ……やわらかい」
 ごろごろと転がってみる。すごい、これはすごい。新しい世界を発見したような感覚。なるほど、これではご主人も膝上に置きたくなるわけだ。
「わはっ、すごいねっ、君! どうしてこんな体なんだいっ?」
 やっぱり反応はないのだけど、今の僕にはそんなことどうでも良い。ゴロゴロと、こいつの背中の上を回ることで頭が一杯だった。


72 :No.21 その、大きな背中の上で 3/3 ◇tGCLvTU/yA:07/09/09 23:06:56 ID:3+RL0H4f
 時間にしてどれくらいゴロゴロしていただろうか、なんだか気持ちのいい疲れが体中に残っている。
 あ、まずい。すごく眠たくなってきた。そもそも僕はなんでこんなところでゴロゴロしていたんだろう。早くこたつかどこかで――
「うん、でもいいの? あんな大きくて高そうなぬいぐるみもらっちゃって……」
 ご主人の声がする。そうだ、ご主人の膝の上で寝かせてもらおうか。
「うん、すごくさわり心地はいいよ。なんだか癖になっちゃうね、あれ。あ、とも君ももう一個持ってるの? なーんだ」
 眠くてフラフラする体を起こして、
「そうそう、あったかいしね。うん……え、ライバル? 誰の? 猫って、うちの? 何いってんの、猫の人形と本物の猫は違うよー」
 起こして――起き上がらなかった。まぶたがすごく重かった。
「わかった。じゃあ、うん。今度の誕生日はちゃんとお返しするから、うん。……あ」
 ああ、ダメだ。すごく眠くなって、き、た。
「いや、ウチの子が……猫の話ね。あのぬいぐるみ気に入っちゃったみたいで。気に入ってたけど、取られちゃうかなぁ。はは、ライバル出現だね」
 ぶつん、と糸が切れたみたいに意識が暗転した。 



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