【 あなたと 】
◆0YQuWhnkDM




49 :No.15 あなたと 1/4 ◇0YQuWhnkDM:07/09/09 20:09:13 ID:UyhYJmUU
「……別に、張り合おうってんじゃないんだよ」
 白々しくもそうほざく顔を私はじっと睨みつける。油断するものか。そうしていつも騙されるのだから。
「んーん、私は何も言わないからね!」
「いやいや、予算くらい教えてくれたっていいだろ、な」
 その目にしっかり見えるように、ぎゅっと力を入れて口を閉じた。五年も付き合うと身にしみてわかることも
ある。彼は聞き上手で、私は喋りたがり。手管以前の問題で、一度話し始めたらつい口の端からぽろぽろと秘密
を零してしまうに決まっている。
「酷い顔……」
 眼鏡の向こう側の目が困ったように笑う。そんな瞬間を愛しいと思う。
「負けないんだから」
「勝負じゃないんだよ、美晴……」
「いや、勝負だね。絶対今年はびっくりさせてやるんだから」
 困り顔がいつもの仕方ないという笑顔に変わる。ただ膨らむ気持の大きさを持て余して、そっと眼鏡を奪った。
「覚悟しなさいよ?」
「はい」
 笑顔が近づいて来て、眼鏡を持った手に、手が、ふれた。冷たかった。


 さて、とは言ったもののどうするか。思案に暮れる私の耳には引切り無しに流れつづけるクリスマスソング。
空気は冷たいが、イルミネーションの暖色の灯りが本当に寒いのかと疑いを抱かせるくらいにしつこく輝いてい
る。
 仕事も終わる頃になると開いてる店なんて殆どないし、平日はとにかく何をどう渡すかの計画を練ることくら
いにしか使えなさそうだ。
 そう。決戦はクリスマス。どれだけ相手の意表をついて、喜ぶものをインパクトを与えつつ渡せるか。達成し
なければならない条件が随分多いけれど……まあなんとかなるだろう。いや、しなければ。何せ毎年負け続けて
いるのだから。
 去年はネックレス、一昨年はモンティ・パイソンのDVDボックス、その前は大きなクマのぬいぐるみ、その前
はバッグ、その前は……そうだ、付合いはじめてすぐにクリスマスがきて、かわいい指輪をくれたんだった。

50 :No.15 あなたと 2/4 ◇0YQuWhnkDM:07/09/09 20:09:49 ID:UyhYJmUU
 私はそんなに物欲しげにショーウィンドウを覗き込んでいるのだろうか。何故か彼には私がその時一番欲しい
ものがわかっている。そして、何食わぬ顔をしてそれを差し出される度に、私は酷く驚かされてしまう。こちら
ときたらあたりさわりのない実用的なものしかあげていないというのに。なんだか悔しい。とても悔しい。
 だから今年の誕生日は奮発して以前欲しがっていたいい鞄をあげたのだけど……まあ、ちょっと高いものだっ
たので、やりすぎだと逆に怒られてしまったのだった。喜んではくれたけど、少し解せないというか。彼が今回
やたら私のプレゼントの予算を気にするのもそのせいで、それなりに値段を釣り合うものにすることで、余りに
高いものを買い始めないように牽制されているみたい。むう、さすがに性格を把握されている。
「んあー思い付かないわ……」
 溜息が鼻から抜けておかしな声になった。白い息が夜に溶けるのをぼうっと見上げ、駅へと向かった。

 思えば、大学で同じサークルに入らなければ出会いもしなかったのだろうけど……妙に気が合って、一緒に行
動する時間が多くなって――その時間が終わることを考えてしまうようになった頃に、彼から気持を告げられて。
思えばあれが彼から貰った最初のプレゼントだったろうか。あの頃から彼はきっと私が一番欲しいものをわかっ
ていたのかもしれないなんて思ってしまう。それからはずっとしてやられることばかり。
 何をあげたら喜んで、驚いて、参ったって思ってくれるだろう。女の最後の手段として「プレゼントは私!」
なんていうべたべたな展開が頭をよぎるけど……それはなんだかずるいからなしだし。それに彼は普通に喜ぶだ
ろうから私が恥ずかしいし。
 バッグの中で携帯が奮えた。ほら。また、今私が一番欲しいもの。
「はい」
「もしもし。今会社出たんだけど、もう帰った?」
「いいタイミングですね。まだ駅についてませーん」
「それはそれは。では食事でもいかがですか」
 話す声の後ろから聞こえる喧騒を逃れるように足を速める気配が伝わってくる。
「ねえ」
「ん?」
「今、丁度声を聞きたいと思ってた」
 面喰ったような沈黙が流れ、私は笑いを噛み殺す。きっと彼は足も止めてしまって、少し顔を赤くしているだ
ろう。こういう時には少しだけ勝った気分になれるのだ。
「……どこにしようか」
 何もなかったように振舞うくせにやたらと甘い声に、たまらなくくすぐったい気分になる。ああ、ああ。絶対

51 :No.15 あなたと 3/4 ◇0YQuWhnkDM:07/09/09 20:10:16 ID:UyhYJmUU
に私の方が彼のことを想ってる。これだけは負けるわけにいかない。
「あー恥ずかしいわ」
「だ、誰のせいだと」
「負けないぞー」
「……いや、負けっぱなしだよ俺は」
 下がった眉毛が見えるような声で彼が笑う。もう、どうしてくれようかな。
 待ち合わせの約束をして電話を切ると、つい止まっていた足を動かす。自然に緩んでしまった口元も、しあわ
せな気持も、すべて彼から貰ったもの。しあわせになることも、することも、負けたくない。貰えるだけのもの
を同じだけ返せたらどれだけいいだろうか。
「あ、そうか」
 そうか。思い付いた。彼を驚かせる、ちょっと困らせる、でもきっと喜んでくれるプレゼント。

 待ち合せの場所には彼の方が近い。先に待っている彼を探すこの時間も好き。見つけた彼は、口元に微笑みを
浮かべながら時計を見ている。今、私のことを考えてる?だったら嬉しい。まあ私の方がきっとたくさん考えて
るけどね。
「貴也!」
 声をかけると、人ごみの中から私を見つけ出そうとする。なんとなく楽しくなって小走りに目の前まで急いだ。
「結婚しよっか!」
「え?」
 人の好奇の目がさっと集まるのを感じる。気にしないで続きを叫んだ。
「今年は私、給料三ヶ月分の指輪あげるね! だから私にもちょうだい」
 ぽかん、と音が聞こえてきそうな表情を浮かべる彼に、笑いが止まらなくなる。
「今回は勝った!」
「負け……いや、何を言ってくれてるんですかあなたねえ」
 彼は頭を掻いたり眼鏡を直したり忙しい。ひとしきり焦ったと思うと、大きなためいきをついて鞄に手を入れ
た。……ん?なんだか、雲行きが。

52 :No.15 あなたと 4/4 ◇0YQuWhnkDM:07/09/09 20:11:22 ID:UyhYJmUU
「はい。もう、買ってあるから」
 出て来たのは明らかにそのサイズの箱。思わず顔を見上げると、またいつもの困り笑いを浮かべた。
「どんなフライングをさせるんだよ……本当に、敵わないな」
 敵わないのはこっちだわ……と思いながら、箱を受け取る。冬の風で冷えた頬が今更熱くなった。
「でも、絶対に俺の方が美晴のこと好きな気持では負けてないからね」
 それは聞き捨てならない。それだけは認めないからね。でも、今は。
「俺と結婚してください」
 今はちょっとだけ負けておいてあげるよ。



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