【 太めの黒猫 】
◆/SAbxfpahw




42 :No.13 太めの黒猫 1/3 ◇/SAbxfpahw:07/09/09 18:29:29 ID:Jt4J1txs
 黒猫はいつもの場所で待っていた。
 私が看板を横切るのを合図に競走はスタートし、人目も憚らず走り出す。
 ゴールは五十メートル先の電柱。スカートなので大股で走ることができな
いのがもどかしい。
 黒猫は思いのほか速くどんどん離される。一メートルぐらい差をつけられて
今日も負けてしまった。
 猫はこちらを振り返り、何か見下すような表情して去っていく。
「ちぇっ、今日も負けた」
 肩を落としながらその場を後にした。


 私が黒猫と競争を始めたきっかけは、高校の入学式に向かう途中のことだ。
 古びた喫茶店の前を通った時、黒板で出来ていてメニューが書いてある
看板の後ろで、黒い太めの猫が隠れて座っているのを偶然見てしまった。
 よりによってこんな日に縁起が悪いなと思いできるだけ目線に入れない
ように歩いていたら、向こうから寄ってきたので私はますます縁起が悪いな
と思い、避けて歩く。なおもすり寄ってくる猫。早足になる私。そしていつしか
走っていた。
 数十メートル走り私の息が切れ始めたところで、ここぞとばかりに黒猫が
悠然と横を通り過ぎ、前へと躍り出てこちらを見下すような目で見ながら去っていく。
 負けず嫌いな私はあんなデブ猫に負けたのと馬鹿にされたのが悔しくて
悔しくて仕方がなかった。
 どうにかして勝とう思い、気持ちを奮い立たせる為にこの黒猫に勝てば
なんでも願いが叶うと自分に暗示をかけ、いつしか毎日勝負を挑むように
なっていた。

 そして今日も負けてしまった。これで三十連敗か。スカートじゃなくて
ジャージだったら勝てたんだけどなあ。頭の中で意味のない言い訳をしながら
登校したのだった。

43 :No.13 太めの黒猫 2/3 ◇/SAbxfpahw:07/09/09 18:29:58 ID:Jt4J1txs
 次の日は雨が降っていた。
 黒猫はいつもの場所にいて「そんなとこにいたら風邪ひくよ。店の中で
雨宿りさせてもらいなよ」と言ってみたが動く気配がない。余程そこが
気にいっているのか、それとも捨て猫根性で人を頼るのが嫌のか。無理に
動かしたら可哀想だと思いそのままにしておいた。とにかく今日の勝負はお預けだ。
 また次の日。
 絶好の競走日和となった。今日は勝てる、そんな気がする。いつもの所に
目をやると、看板の影からまた影がでてきてなんだか変な感じがした。
 私が目配せをすると黒猫が看板の前に立ち戦闘体勢に入る。
 『パンッ』と頭の中で妄想の銃声音が響いた時にはもう走りだしていた。
 四十メートルぐらいまでは互角の戦いで、デットヒートを繰り広げたが、
ゴール手前で黒猫がいきなり失速して、私が棚ぼたの勝利となった。
 何にせよ勝ちは勝ち。膝に手を当てながら喜びを噛み締める。
 やっと勝てた。これで願いが叶う、と思ったけれど自分の願いは
この猫に勝つことだったのでどうでもよかった。
 荒くなった息を整えながら、黒猫の方を見ると突然猫の足がもつれだし、
よろよろして倒れ込む。
「ちょっと、大丈夫?」
 慌てて近付き、体を触ると熱っぽい。たぶん昨日の雨で風邪でもひいたのかな?
「全く、私の忠告を聞かないから!」
 叶って欲しい願い、今ならそれはあった。

44 :No.13 太めの黒猫 3/3 ◇/SAbxfpahw:07/09/09 18:30:23 ID:Jt4J1txs
 季節は一周し、私は高校二年生になった。何も変わらない毎日だけれど、
ただ一つだけ変わったことがある。それは、黒猫と競争するのが自宅から
になったということだ。
「あの日以来一度も勝ててないなあ。もう何連敗してるだろ? 百五十連敗
したぐらいから馬鹿らしくなって数えてないけど。とにかく今日こそは勝つ!」
 張り切る私の横を、首輪を付けた黒い太めの猫が走り抜けていった。



【完】



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