【 隣のライバル、講義室にて。 】
◆0unaWoJGkQ




39 :No.12 隣のライバル、講義室にて。 1/3 ◇0unaWoJGkQ:07/09/09 17:26:26 ID:Jt4J1txs
 ライバルは突然に現れた。
 俺にはライバルと呼べる存在がいなかった。と言うとニュアンスが違うように聞こえる
かもしれないが、そんな存在はあってもなくても、どうでもいいとずっと思っていた。
 小学生の頃はずば抜けた運動神経の良さを遺憾なく発揮し、中学では定期試験学年一位
という座を保持し続けた。さすればもちろんのこと、俺は教師の期待を一身に背負い、高
校は県内随一の新学校へと進んでいったのだ。
 しかし、このあたりで突然、俺は急激にやる気がなくなってしまう。何事に対しても意
欲がなくなってしまう。結果として学力が落ちることはなかったものの、しかし、それは
大きな欠落としてずっと心に残っていった。果たしてどこかで、俺はライバルを欲してい
たのかもしれない。
 時は経て十八才の春。俺は無事に浪人することなく、地元の大学へと進学した。

40 :No.12 隣のライバル、講義室にて。 2/3 ◇0unaWoJGkQ:07/09/09 17:26:52 ID:Jt4J1txs
 入学式から数日後の、一講義室。目を輝かせた沢山の学生が同じ講義に出席している様
を見せ付けられ、俺はさらに憂鬱になっていた。そんな時、
「あのー、ここ、空いてますか?」
 頬杖をついていた顔を声のした方に向けると、そこには同じく大学の学生と思しき女性
が立っていた。いや、女性と言うより……その彼女はどちらかと言えばその童顔も手伝い、
少女と言ったほうがぴったりな雰囲気をもっていた。
「ああ、はい」
 机の上のカバンを少しだけ自分のほうに寄せ、席を空ける。
「ありがとうございます」
 感謝の言葉に加え、ぺこりとお辞儀までされてしまった。俺はそんな素振りこそ見せな
かったが、しかしこの喧騒に包まれた講義室の中でも彼女は一際浮いているように感じら
れた。
 彼女は腕いっぱいに抱えられた、ノートだとかファイルだとか、そんな荷物を机の上に
置くと、それと同時にずり落ちた眼鏡を片手であげた。あ、左利きだ。
「あの」
 ぼーっと顔を見ていたのに気付かれたかと思い、俺はさっと顔を伏せ「あ、はい」とだ
け答えた。
「講義って、何時から始まるんでしょうか」
「え? えーと……どうでしょうか。……もう始まってもいい時間だとは思うんですけど
 ……」
 左手の時計に目を向ければ確かに、予定されている講義の開始時間を五分ほど回ってい
た。
「まあでも、そんなに気にしなくても……大学の講義なんて、こんなもんじゃないですか
 ね」
 適当なことを言ってみた。実際のところそんなことはないと思うが……。
「そんなものでしょうか……私、田舎出なもので、そういうのよく分からなくて……」
 こんな何もないような、県庁所在地を言い張るだけの都市だって、全国的に比べれば充
分なほど田舎な気がするのだが……。

41 :No.12 隣のライバル、講義室にて。 3/3 ◇0unaWoJGkQ:07/09/09 17:27:16 ID:Jt4J1txs
 それからは彼女との他愛無い会話を楽しんだ。本当に何でもない話ばかりだったが――
例えば、目玉焼きは醤油かソースだったら、やっぱり塩コショウがいいだとか、二階から
目薬ってことわざは、気分ちょっとだけ近代的な気がするだとか――それでも、俺はその
ひと時を少し楽しめた。彼女の性格がそうさせたのか何なのか分からないが、少なくとも
講義を真面目に受けるよりは随分と有意義な時間を過ごすことができた。
「えー! 女性の方と付き合ったことないんですか!?」
 話の途中、彼女が唐突に叫んだ。声、大きいって。
「ああ、うん、まあ」
「うわー、うわー。そんなに頭よさ気なエピソードやスポーツ少年的なエピソードがある
 のに、変ですねえ」
 そうだろうか。何だか、人を好きになったり、人に好きになってもらたりって言うのは
そんな簡単なものではない気がする。事実、俺は告白したことも告白されたことも、一度
だってない。そう言うとまた叫ばれた。さっきから凄い数の視線をあちこちから感じる気
がするのだがやはり、それは気のせいだと思いたい。
「それじゃあ、競争ですね」
 これまた唐突に、彼女は言い出した。
「へ?」
「私も今付き合ってる人いませんから、どっちが先に彼氏か彼女ができるか勝負ですね。
 恋のライバルってやつです」
 そう言って、彼女はにこりと笑った。
 ――反則だと思った。
 二秒で負けたと思った。いや、違うのか。勝ったのだろうか。
 そして同時に、「試合に勝って勝負に負けた」とはこういうことを言うのかと忽然、理
解する。
 初めて出会ったライバルは、なかなかの強敵だった。 了



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