35 :No.11 天災魔法少女と俺 1/4 ◇InwGZIAUcs:07/09/09 14:57:13 ID:Jt4J1txs
西日差す部屋には簡素に添えられた花以外に飾り気が無く、四方八方白を基調にした壁に囲まれていた。
要するにどこにでもあるような病院の一室である。
「ふふふ、リュウ? 今日こそ決着を……」
なにやら禍々しいオーラを漂わせた少女が一人、ベッドに横たわる俺を見下ろしていた。
嘆息を交えつつ、青色のパジャマに身を包んだ上半身を起こして視線を絡ませてやる。
「またか……勘弁してくれ」
「今私が指先からチョロンと炎を出してやれば、めでたく黒焦げ焼死体パーティー……ってなわけだけど、参加したい?」
一体誰がそんな異臭の中でパーティーなんか開くんだなんて細かい突っ込みをいれるなんて無意味なことはしない。
この金髪ツインテールの魔女っ子娘は下らない突っ込みなどは愚か、そもそもあまり人の話を聞きはしないのだから。
「まあそうだな……そうなる前にナースコール押すかなあ」
「ふふ、魔法学園一の――じゃない、私を含めるの忘れていたわ。えと、魔法学園二の男がナース趣味なんて……明日の
学園新聞の一面はいただきね!」
「ちょっと待て!」
さすがに悲鳴を上げておく。きっちり抗議をしておかないと、この娘は本当にやりかねない。
「わかったわかった。今日は何の用だ岬野ルル」
「知れたこと……今日こそ魔法勝負で圧倒的な勝利を刻む予定の私が学園一の称号を手に入れるのだ!」
半眼にならざるを得なかった。
(こいつは何をどうしたら帰ってくれるのだろうか?)
結論は一言で片がつく。
「そんな称号いらん。お前にやる」
「いざ勝負!」
間。
「つかそんな称号もってないし偶々首席をとれちゃっただけだから……第一今魔法とかあんまり――」
「いざ勝負!」
間。
「いやだからさ――」
「いざ勝負!」
やっぱり人の話が聞けない不思議な耳を持つ岬野ルルだ。諦め肩を竦めるしかない。
まあ退屈な病院生活の暇つぶし程度に考えれば、邪険に扱うこともないのだけど……。
「わかった。勝負しよう……これで」
36 :No.11 天災魔法少女と俺 2/4 ◇InwGZIAUcs:07/09/09 14:57:41 ID:Jt4J1txs
リュウはメモ帳をとりだした。
「風の魔法でこれを長く浮かせていたほうの勝ち……これでいい?」
「これで私が勝ったら……私が勝てば!」
紙片にやたらと興奮を伴った熱い視線を送る岬野ルルに「はいはい」とだけ返し、指先に紙を挟んだ。
「いくぞ……せーの、スタート!」
たちまち病室は扇風機でも四方に設置したかのような風が吹き荒れる。が、それも一瞬だ。
くるくると自分の指先で円というよりかは球を描くように風に遊ばれ舞う紙片。
ふあふあと岬野ルルの指先で下から送られる風を頼りに浮いている紙片。
脂汗をにじませ必死にバランスをとる岬野ルルを見ていると決着がつくのはそう遠くないように思えた。
冷たくなった風を避けるように日は落ちて、秋の大きな月が雲の合間からコンニチハをしている。
「まあ、その、なんだ……魔法ってそのときのコンディションとか場所とかが影響するからなあ」
そんな慰めにもならない言い訳を独り言のように呟いた。
その傍らにはもう間もなく面会時間の終了を迎えるのに、デンっと椅子に座って"不敵に"笑っている岬野ルルがいた。
そう。俺は負けてしまいました。素で。
「ふふふふふふ。言い訳? 見苦しい! 余裕をかましてクルクル紙を回してるから先にへばるのよ?」
「あの方が安定しやすいんだ……てか炎にしろ水にしろ魔法はさっきみたいに球状にして持続するって初級授業で習わなかったのか?」
怪しげな目線を向けると、赤絵の具で薄く塗ったように彼女の頬は赤くなっていった。
「う、うるさい! 勝ちは勝ちよ!」
誤魔化しついでにツインテールを揺らしながらその薄い胸を大いに張って見せる。
「ふふふ、やっとだわ……やっと……一勝! あと百勝で私が学園ナンバーワンよね?」
「何! まだやる気か?」
勘弁してくださいと懇願混じりに顔を歪ませるが、岬野ルルは我関せずといったところ。
彼女は小さなバッグから日記帳を取り出して、戦跡を記録し始めた。というかそれ過去百回分の内容と結果が書いてあるのか。
すごいけど女の子は無意味に下らない事に力を注ぐなあとも思う。女心は難しい。
だけど、それもこれが最後だろう。
「なあ、負けたよ。実際岬野の魔法持久力は俺より上だしさ……だからもう――」
その時、面会時間終了と面会者の帰宅を促すアナウンスが院内に流れ、俺の言葉を遮った。
「じゃあね! また明日くるよ」
だから人の話を聞けよ!
37 :No.11 天災魔法少女と俺 3/4 ◇InwGZIAUcs:07/09/09 14:58:44 ID:Jt4J1txs
「――だからもう! 来なくていい……気にするな」
岬野ルルは振り返ることも答えることも無く、病室を後にした。
俺にとっては天災に近い迷惑娘は昔からそうだった。一年学期末、首席を本当に偶々とってしまった時から目をつけられて、
まるでお天気雨の如く気が向いた時に勝負を挑んできた岬野ルル。ある時「何故そんなに俺にこだわるんだ」と聞いてみたら、
「あんたを倒せば成績で友達に馬鹿にされることも少なくなるかもしれないじゃん!」という馬鹿にされても仕方ない答えが
返ってきた。成績を伸ばす勉強をするよりも、ひ弱そうに見えた俺を葬り去る事の方が簡単だと思ったらしい。
そんな彼女の横顔が、今日もまた側にあるわけだが……。
「さて、負け記録を更新させたくない気持ちは分かるけど、今日は何の魔法勝負するかな?」
岬野ルルは、いつもと変わらない悪巧みをした子供のような愛嬌のある笑みを浮かべ、挑発する。
だが今日は駄目なんだ。
「明日俺手術だから一日魔法禁止されてる……って前から言ってたろ? だから来るなって言ったじゃんか」
間。しかし有無を言わせない昨日のそれとは違う。どこか寂しさを孕んだ間がそこにはあった。
俺は無理やりにでもその間を追い払う。
「昨日が最後だったかもなー! お前と魔法勝負は――」
「ごめんなさい」
それはあまりにも唐突で俺は反応できなかった。初めて見る顔だったからかもしれない。
目の前の少女は涙を零していた。
「私があの時、魔法薬室で、私が……だってあの時!」
そう、それは俺が入院することとなった発端。
「違う! 俺がもっと注意していれば良かったんだ。お前だけのせいじゃない」
そう、それは彼女だけの責任ではない。俺だって危険な魔法薬がたくさん置かれた場所で魔法勝負を受けていたんだ。
「リュウは、私と違って有望で……なのに私を庇って」
はずみで彼女に降りかかった魔法薬。俺の体が勝手に動いてたんだ。だって……。
「岬野は……それを気にしてたから、俺の所に毎日来てくれてたのか?」
俺が浴びたのは対魔法ウイルス培養原液。本来薄めて使うものだが、原液で浴びると時間と共に魔法が使えなくなってしまう
病気になってしまうのだ。それは魔法使いを目指す者にとって未来への道をバッサリ切るような残酷な事実であり、今の俺だ。
「私は……私は……」
後悔はした。でも、彼女を庇わなかったとしたら、もっと後悔してたと思う。
「は、お前らしくねーぞ。俺に気を使わせるなよ」
38 :No.11 天災魔法少女と俺 4/4 ◇InwGZIAUcs:07/09/09 14:59:08 ID:Jt4J1txs
鼻で笑って……今は"逃げ"てみた。毎日来てた理由? そんなの聞いてどうするって話だよ。雰囲気に流されてはいかん。
「……私は、そう、私はリュウを倒して学園一になる為に毎日来てたの!」
うん、岬野らしくて良いこた――
「もちろん、あんたが好きだから!」
え。良い答え? え? 良い答え? ええ?
俺は今よほど呆けた顔をしているんだろう。それに加えて真っ赤なほっぺ。
「なーんちゃって! 冗談でぃ! 驚いた?」
いつの間にか岬野ルルから涙は消え、いつものような子供っぽい笑顔を取り戻していた。
ああ、騙されたのか。うん。さっきまでの緊張とかなくなったけど残念というかなんというか。
「でも一つ約束! 手術が終わったら……また決着をつける為勝負すること! そもそも弱ったあんたなんかに
勝ったって何の自慢にもならないんだから」
そんな当たり前なこと……。
「……やっと気づいたのか?」
「ふん、馬鹿にして。最初から気づいてるよ!」
「へ?」
間。これも昨日とは違う、どこか気恥ずかしさを孕んだ間だ。
そう、おかしいのだ。気づいているということは"首席の俺を倒して学園一になる為に会いに来ていた"という理由に
矛盾している。ということは、"全盛期の半分の魔法力もない今の俺"に会うために来ていたということで……。
「あ、えと、その、違う。今気づいた!」
やっと自ら地雷を踏んだことに気づいた岬野ルル。馬鹿だなあ。でも、――嬉しい。
「あー馬鹿! ニヤニヤするな! 何勘違いしてるのさ!」
そうだな。手術が終わったら"逃げ"ずにはっきり言おうかな?
――それから一週間が経った。
今日、岬野ルルは機嫌が悪かったり良かったりとコロコロ変わる態度にとても困る。
その原因は彼女の日記帳に、百一敗目が記されたからなのだろうけど。
因みに今彼女はドギマギしているように見える。何故って?
多分、"逃げなかった"俺の言葉に返す言葉を、必死に探しているからだと思う……。
【終わり】