【 荒野はるかで 】
◆luN7z/2xAk




24 :No.07 荒野はるかで 1/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/09 09:21:21 ID:Jt4J1txs
 男に『果たし状』と律儀に書かれた紙切れが届いたのは、行きつけのバーでのことだった。
「どう見ても普通な人間から渡された」
と、マスターから手渡しで貰ったものだった。
二つ折りの紙切れには、宛名が書いてなく、ただ闘いの舞台だけが書き記されていた。
男が普通の人間ではないということはこの国の中では誰もが知っていることで、国中のどんな
力自慢であろうと、その男の名前を聞けば恐れをなして逃げようとするものだった。
「俺にケンカを売るなんざ、大した世間知らずだな」
「本当に木っ端微塵になるかも知れないのに?」
「あぁ」
返事の声とは裏腹に、その表情には陰が見えた。
酒を一口飲む。味を知ろうとせず、ただ飲む動作だけをしてみせる。
「……『木っ端微塵』にしてくるさ」
静かに、それでも拳はぐっと握り締め男は立ち上がった。

 男が辿り着いたのは、ねずみ一匹も通らないような静かな荒れ地だった。
目の前に広がっているのは、砂と岩でできた大地と、大きくそびえる岩山だけ。
時折、肌に当たってくる砂がここは人が住むのに適してないことを教えている。
風が、砂埃を激しく巻き起こしている。
荒れ果てて誰も通らないような荒野で、男は静かに相手を待っていた。
「全く、こんなもの渡してくるのは誰かと思ってみたら……」
「俺しかいないだろ」

 砂地特有の足音と共に、男に果たし状をよこした相手が現れる。
長くも短くもない、微妙な長さの黒髪。
多くの軍人が着用しているような、軽そうに見える迷彩服。
頬に見える蝶型の傷を除けば、この国の軍隊の人間だということ以外、その風貌は人の興味を
引くものではなかった。
「久しぶりだな、イワン」

25 :No.07 荒野はるかで 2/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/09 09:21:49 ID:Jt4J1txs
 イワンと呼ばれた――紙切れを握り締めていた方の男は、その紙を投げ捨てる。
男は言う。
「こんなところで、同じ境遇の奴と会うとはな」
「自分であんな物を書いておいて、偶然気取ってんじゃねぇよ。
 ……しかし、今までどこに行ってたんだ、ロビン」
砂嵐は一層強くなる。
「一仕事してきたところだ。 国軍で残してきた仕事が少しだけあってな」
ロビンと言われた方の男は淡い微笑みを向ける。それからは、心の底に眠る悲しみや辛さが感
じ取れた。
 二人は、軍で戦争のために作られたいわゆる「人造人間」だった。
武器を持って闘うのではなく、体内に内臓されている武器を自分の意志で取り出したり爆発さ
せたりして「戦う」人間。二人は、それの実験体だった。
実験は成功し、二人のもともとの身体能力もあって、実践レベルにまでなっていったが、その
時既に人を前線に出した戦争は時代遅れのものだった。
結局、イワンとロビンは戦争には出撃せず、国軍の元で生きていた。
「……それでだな」
「あぁ、多分俺も同じことを考えてる」
 砂嵐が何かに消し飛ばされる。それまでぼやけていた視界が、一気に開けた。
イワンの右腕の肌から飛び出る斧の形をした刃。『サイボーグ』の力の証だった。
「全力でやりあいたいんだろ」
「あぁ。 とびっきりの力を持った奴とな」
ロビンも対応するように両腕から拳を保護するように刃を生やす。同時に、砂嵐もまた巻き起
こる。それまでよりも強く。
岩肌が震える。岩山が、砂を崩していく。その砂が、また二人の体を覆い隠していく。

 次の瞬間、爆発音が響く。
砂煙が吹き飛んだ瞬間、虚空に見えるのは左手から爆撃を放つイワンの姿だった。
「負けねぇぞ、ロビン!!」
威勢のいい声と同時に、右腕から飛び出ている刃をロビンに向けて突き出す。刃はロビンに届
かない。突き出した拳は、ロビンの三歩ほど手前で止まっている。

26 :No.07 荒野はるかで 3/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/09 09:22:14 ID:Jt4J1txs
「バリアか……!」
「力押しだけじゃ俺には勝てないぜ、イワン!」
 イワンの左肩に、ロビンの突が突き刺さった。荒野色に染まった大地が、初めて紅く染まる。
右手で左肩をぐっと押さえつける。血を無理矢理止めようと試みる。だが、なかなか止まって
くれそうにない。
「不思議だな……久しぶりに『痛い』なんて思っちまったぜ」
二人が静かに笑い合う。その次の瞬間には、激しい武器の打ち合いが始まっていた。
どちらかが武器を振り上げれば、一人がそれに対応する。 右腕を弾かれれば、今度は逆の腕
を振り上げる。
広い戦地のただ一点で、二人はお互いの刃を重ねていた。

 一瞬、ロビンに確実な隙が生まれる。そこにイワンは容赦なく刃を更に大きく突き立てて振
り下ろして斬ろうとする。
だが、届かない。ロビンの寸前で、目に見えないものに防がれる。
「残念だな、正面からこれは破けない!」 押し込む。ただ、力の限り押し込む。
「ナメてんじゃねぇぇぇ!!」 ただ込める。 力をできるかぎり込めていく。
無理矢理押し込まれた刃。それは既にロビンに行き届いていた。
「!!!」
「うおらぁ!」
そのまま振り下ろされた得物は、右胸から膝まで縦一線に目の前の相手を切り裂いた。
「悪いけどな」
なおも流れる血を押さえながら、イワンはロビンを蹴り飛ばす。そして、不敵に言った。
「力押しは、俺の一番得意な分野なんだよ」
 男はまた立ち上がる。最初はよろよろと、その後はしっかりと大地を踏みしめ。
「小細工なんざ、効く相手じゃなかったようだな」
「そんなもんはさっさとドブに捨てた方がいいと思うぜ、次はぶち殺す」
 誰の歴史にも残らない闘いは、少しずつ終わりに近づいていた。砂嵐の中には、紅い砂が混
じりあっている。
二人の目は、ただ前の敵を見据えていた。
 一瞬、時が止まる。

27 :No.07 荒野はるかで 4/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/09 09:22:43 ID:Jt4J1txs
「もう、そろそろ終わりにしねぇか」
 そう言ったのはイワンだった。服はバラバラに切り裂かれ、上半身は露出されている状態に
なっていた。その体からは、鮮血が流れ出ている。
「次が、最後の一発だ」
ロビンに向けて、右手を突き出す。手の甲は、既にボロボロになっていた。
「あぁ、これで最後だ」
確認するように、ロビンも応える。これも、両手両足の肌の色が紅く染められていて、わき腹
からは血が噴き出している。
二人は、なけなしの意志を利き腕に込めていく。ただ、強大で敵を粉砕するだけのものを作り
出していく。この世界で一番大きな剣。一番惨酷な形。そして、この世界で一番強い相手を倒
す力を、その腕に集結させる。
「ブチ破る」
「ブチ込む」
ほぼ同時に、振り上げ、振り下ろす。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

それが重なり合った瞬間、力に呼応するように砂嵐が強く舞い、どこかから爆発音が響いた。
火花がとめどなく生じる。腕から赤い血が溢れるように噴き出してくる。
 それがどうした。 そういうように。
――男二人の目は、最後まで相手の顔を見据えていた。

 二人とも、ただその場に立っていた。一歩、また一歩と両者が近づいていく。
一発、握り締めた拳で一発殴ろうとじりじりと歩み寄っていく。
同時に立ち止まる。
 飛び出したのは拳ではなく、イワンの膝蹴りだった。ロビンはその場からはじけ飛ぶ。
「最短距離、だ」
 イワンもそのまま崩れ落ちる。前のめりのまま、ドサリと倒れる。
「勝った、ぜ」

 二人の荒野では、紅い砂嵐が巻き起こっていた。            fin



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