20 :No.06 僕らのカンケイ 1/4 ◇.c.yXP2vFk:07/09/08 22:40:31 ID:U2/PByxl
「やあごきげんよう、コトリアソビ君」
「僕の名前はタカナシと読むんだよ、市川君」
目の前の学友にそれとなく僕は名前を教える。
彼に名前を間違えられたのは、これで通算三十八回目なの
だが、怒るつもりはない。市川君は無知で無礼極まりない男
ではあるが、そんなことはなにも今日始まったことではない
からだ。
それに、学園の学生統括総本部長である僕は学生の模範と
なるように常に爽やかに学友と接しなくてはいけない。相手
が市川君であったとしてもだ。僕にしか務まらないとはいえ
学生の範となるのも苦労をするものだ。
そんな僕の苦労も知らずに、市川君は僕よりもやや劣った
顔を困ったように歪めて軽くおじぎをした。
「それは失礼。なにしろ興味の無いことは覚えないように
しているものだからね、小鳥遊君」
そんなポリシーを持てるほど、君の記憶には余裕があるの
かいとツッコみたくなったが、止めておく事にする。
「成る程。僕はまた、君の只でさえ良くない頭をどこかに
ぶつけたのかと心配したのだが、市川君」
市川君の頭は、彼の顔同様に僕よりも劣っているのだが
知れぬ努力のせいかこの学園での成績は悪くない。悪くない
どころか、この僕と並んで学園一位なのだから、彼の努力は
認めるべきだろう。
もっとも、この僕は努力なんてしてはいない。僕が本気を
出せば、市川君に己の力量というものを分からせてあげる事
は容易いのだが、それは少々大人気ないというものだ。
21 :No.06 僕らのカンケイ 2/4 ◇.c.yXP2vFk:07/09/08 22:40:48 ID:U2/PByxl
「君が僕の頭の心配をしてくれるとは意外だね。僕よりも
自分の頭の心配をしたほうが良いんじゃないかな」
そう言いながら市川君は僕の肩に腕を回し、指先で僕の頭
を軽々しくもノックするように弾いた。
「頭?僕は君の頭がぶつかった先を心配していたんだよ」
僕と市川君が通うこの学園は、その授業内容や格式の高さ
だけではなく、学び舎の歴史的な価値も評価されている。
入り口に絡まる蔦でさえ、市川君よりも価値のあるものだと
断言してもいい。
「心配しなくても、どこにも頭をぶつけたりなんてしては
いないさ、小鳥遊君」
馴れ馴れしく僕の肩に置かれている市川君の腕を軽く払い
のけると、僕は彼を無視して教室へと向かった。
「おいおい小鳥遊君。どこへ行くんだい」
「教室に決まっているじゃないか。それとも、君には僕が
パーティに行くように見えるのかい?」
「"お堅い"小鳥遊君なら、制服姿の方が女性には喜ばれる
かもしれないね」
市川君は唯一僕に多少勝っている女性関係を引き合いに
出しながら、彼の根性のように屈折した面白くも無い冗談を
飛ばしてくる。
一時期、なぜ市川君が女性に好かれるのかを真剣に考えた
ことがある。おそらくは彼が女性の母性本能をくすぐるから
ではないだろうか。多少出来の悪い男性を愛おしいと考える
浅はかな気持ちを、恋と呼ぶのであればだが。
22 :No.06 僕らのカンケイ 3/4 ◇.c.yXP2vFk:07/09/08 22:41:04 ID:U2/PByxl
もちろん、本質を理解している、知的で、そして外見の美
だけではなく内側の美を尊重する女性は、僕に好意を寄せて
くれている。
だが僕は学生だ。学生の本分は色恋沙汰ではない。だから
僕は恋人を作らない。それが、ますます市川君の女性関係に
対する自信を増長させているのも事実ではある。
「女性に喜ばれる為に制服を着るなんて、そんなおかしな話
があると本気で思っているのかい、市川君」
「寂しい君ならやりかねないと思ってね、小鳥遊君。恋人の
一人くらい、なんなら僕が紹介してあげようか」
「遠慮しておくよ。類は友を呼ぶと言うからね、市川君」
君の世話になるつもりもないし、必要も無いんだよ。
「無理はいけないな、小鳥遊君。親友の言うことは、黙って
聞くものじゃないかい」
市川君の言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
「親友?君と、僕が?」
「他に誰がいるんだい?」
親友だって?つまらない冗談はほどほどにしたほうがいい
んじゃないか?
そう言おうとして、ふと僕は考えた。
いままで市川君と僕の関係を真剣に考えたことは無かった
からだ。親友なんて程遠い、むしろ対極の関係だと僕は常に
そう思っていた。
けれども、僕が市川君を見ない日はない。市川君の言葉を
聞かない日はないし、市川君の眼差しを感じない日もない。
おそらくは市川君も同じだろう。考え方は決して合わない
はずなのに、顔を会わせない日は一日も無い。僕らの関係を
どう表現すればいいのだろう。
23 :No.06 僕らのカンケイ 4/4 ◇.c.yXP2vFk:07/09/08 22:41:18 ID:U2/PByxl
いい言葉が見つからないが、このまま市川君に誤解されて
いるままなのは極めて僕にとって不都合なので、はっきりと
言うことにした。
「親友というよりも……」
僕の言葉を、市川君は柄にも無く真剣な顔で待っている。
「君がいない生活は考えられないし、考えたくもない。僕と
君はそういう関係なんじゃないかな」
「小鳥遊君……」
フッ、と市川君の表情が緩んだような気がした。
「僕に男色のケはないと言っておくよ」
救いようの無い頭の悪さ故に、市川君は何か勘違いをして
しまったようだ。そう言いながらも僕の肩にまた腕を回して
くるあたり、市川君の精神構造はどうなっているのかと少し
気になった。
「奇遇だね。僕もだよ、市川君」
今度は彼の腕を払わなかった。払ったところでどうせまた
同じことをしてくると分かっていたからだ。彼に優しく首を
抱かれながら、僕たちは仲悪く教室へと向かった。
終