【 タカちゃん 】
◆8OyRkVpiIk




12 :No.04 タカちゃん 1/4 ◇8OyRkVpiIk:07/09/08 12:00:07 ID:CF41ONQn
 小学校の入学式、僕はタカちゃんと出会った。高橋健文(たけふみ)だからタカちゃんと呼ばれた。
僕は斎藤清太(しょうた)だからサイちゃん。「サイちゃん」なんてあだ名は語呂がよくないが、
当時の僕らはそんなことは考えなかった。みんな一緒。みんな平等。名前や外見で人を判断しなかった。
僕らを僕らを主張した。自分はここにいるのだ。一生懸命に、精一杯に訴えかける能力があった。
 タカちゃんは、入学式には既に男子の人気者だった。理由は聞かなかったからわからないが、幼稚園が
一緒だとか、入学以前からの付き合いがあったのだろう。なるほど、僕は郊外の保育園に通っていた。
知り合いがいないわけだ。僕は隣の女子にチョッカイを出した。自由帳に「まいのばか まいのばか」と
何度も書いたら泣かせてしまった。この時点では、僕とタカちゃんに面識はない。
 国語の時間、先生が"肉"の漢字を黒板に書き、「この漢字を使って単語を考えろ」と言う。餌に飢え
た魚どもは、こぞって手を挙げる。お調子者の男子は椅子に乗り、机に乗り、他の男子の追随を許さず、
爪の先を誰よりも高い位置に置く。運よく先生の指名を受けた僕は、肉食動物と答えた。知的なところを
アピールしつつも笑いを取るという、とても高度な技だ。するとタカちゃんは「肉」と答えた。これには
クラス全体にどっと笑いが起こった。確かにそうなのだ。肉は単語であり、かつ最もわかりやすく、最も
見つけにくい、灯台下暗しの発想といえる。僕は白旗を揚げざるを得なかった。こうして授業内で男子同
士の笑いの取り合いが繰り広げられ、自然と友情が芽生える。そしてタカちゃんとは気付いたら友達にな
っていた。
 タカちゃんはカリスマだった。運動神経抜群で、三年、五年とクラス替えがあっても、必ずクラスの中
心人物たりえる人と関わりを持っていたし、またタカちゃん自身もクラスの中心人物だった。学年が上が
る度に人間関係の築き方に疑問を持ち始めていた僕とは対照的に。タカちゃんはクラスの中心イケメング
ループに、僕は不細工モテないグループに所属するようになった。所属グループが分かれて以来、タカち
ゃんとはあまり喋らなくなった。

13 :No.04 タカちゃん 2/4 ◇8OyRkVpiIk:07/09/08 12:00:41 ID:CF41ONQn
 中学に入学すると、環境が変わったせいか僕は自然と人間関係を築けるようになった。感情表現も豊か
になった。掃除の時間、水道で雑巾を洗うタカちゃんの隣で「おいっす!中学だな!イエイイエイ!」と
お道化て見せると、タカちゃんは「わはは、やっぱり斎藤だ」と言った。僕は、僕になれた気がした。
しかし間もなく、僕は不登校になった。結局、中学は数十日だけ行って卒業した。高校中退を経験した後
に通信制高校に編入し、卒業後にFラン大学に入学した。お世辞にも他人に自慢できる経歴ではない。
といっても、もはや自慢話をする友達さえ僕には残されていなかった。不登校で身についたことといえば、
同級生や他人にバレないように隠密行動することくらいで、むしろこれは大学生活においてマイナスの要
素だった。根底にこべりついた「他人との関わりを避ける精神」によって、僕は年下の現役生に気を使い、
敬語を使い、緊張し、愛想笑いさえ浮かべる始末。結局、僕の黄金期は小学生時代であり、思い出も小学
生時代のものしかない。現在の大学生の僕と、小学生の僕を比べれば、当時はとても人間らしかった。
心の底から笑い、困るとすぐに泣き、思ったことを全て口に出した。これは子供の特権だろうか。いや、
周りで女子と楽しそうに戯れるリア充の男子どもはうまくやってきたのだろう。人間関係を築き、経験的
に人との付き合い方を熟知し、自分の感情の表現方法もよく知っているのだろう。
 結局、僕のコミュニケーション能力は、感情表現のできない小学生も同じ。自我も確立していない、劣
等感の塊。そんな人間を大学という社会に放せばどうなるか。自分と他人とを比較し、卑屈になり、すぐ
に自信を無くす。今更自分の脆さを自覚しても、もはや遅い。7年間も他人と関わりを避けてきた人間が、
大学在学中にそのブランクを取り戻すことなど不可能なのだから。人間失格そのものだ。そんな風に自分
を卑下し、大学生活に嫌気が差していた頃、母親がタカちゃんの話題を持ちかけてきた。「タカちゃんが
ね、いま引き篭もってるんだって。さっき買い物でタカちゃんのお母さんに会ったわよ。タカちゃん、中
学で陸上部に入ったんだけどね、心臓病になっっちゃって、やめたんだって。そしたら学校も行かなくな
って…。」母親は会話の中でタカちゃんの名前を何度も使った。その度に僕はタカちゃんを思い出した。
タカちゃんも、全盛期は小学生時代だったのか。今の自分の生活を悔いているのか。あの人気者だったタ
カちゃんが?「ほら、あんたも引き篭もってた時期あったでしょ?タカちゃん、励ましてあげたら?」母
親が言う。そんな簡単なことじゃないよと言いたくなったが、首を傾けて返事をしただけで、僕は自分の
部屋に向かった。

14 :No.04 タカちゃん 3/4 ◇8OyRkVpiIk:07/09/08 12:01:07 ID:CF41ONQn
 タカちゃんに会いたい。僕はふとそう思った。ただ寂しかったのかもしれない。学食でも一人、授業で
も一人。あの社交的な大学で孤独であることがどれほどの恐怖であるか。タカちゃんはその恐怖を、孤独
を、共に分かち合える唯一の繋がりであるように思われた。「サイちゃん」そう呼んでほしかった。自転
車に乗って十分、タカちゃんの家にはすぐに着いた。変わってない。全体的に緑がかった古臭い一軒家。
インターホンを押すと、母親が出てきた。「あっ、さ…さい…とうくん?」突然の訪問に驚いた様子だが、
タカちゃんに会いたいと告げると、すんなり通してくれた。階段を昇る途中、お母さんがここ一週間は外
出していないと漏らした。どうやら本格的な引き篭もりらしい。僕が経験した引き篭もりは、自室に篭も
ったりせず、人通りさえ無ければ外出はよくしたものだ。正直、事態の深刻さに腰が引ける気がする。
 「それじゃ、ゆっくりしていってね」お母さんはそう言い残して階段を降りて行った。ノックを一回と
「よう、斎藤だよ。元気してる?」と一言言うと、「斎藤?」というかすれた声が聞こえた。タカちゃん
の声だ、とても懐かしい。しばらくの沈黙の後、ドアが開いた。「へへ、久しぶり」タカちゃんがハニカ
ミながら言った。髪は伸びきり、脂ぎっていて、半袖とハーフパンツから細い手足が覗く。部屋は本棚と
ベッドと机、あとはスクリーンセーバー状態のパソコンがあった。散らかってはいない。「綺麗にしてる
な」僕が言うと、タカちゃんは「ああ」と答えた。それきり会話が途切れた。二人の息遣いが聞こえる。

15 :No.04 タカちゃん 4/4 ◇8OyRkVpiIk:07/09/08 12:01:32 ID:CF41ONQn
「いま、大学生?」タカちゃんが沈黙を破った。僕が頷くと、タカちゃんは続けた。「そっか。俺はさ、
高校も中退したから。…親父がリストラされて、いま契約社員やってる。収入も少ない。…はは、俺んち
終わってるよ。クフッ、クフフッ…」「わら…」僕は笑うところじゃねえよ、と突っ込みを入れようとし
て、タカちゃんが泣くのを堪えているのだと気付いた。「一番終わってんの、俺なんだよ…くそ…ウッ」
僕もそうだった。鬱なときは涙もろくなる。「高校、もう一回行けばいいじゃんかよ。俺も高校は通信制
行ってさ、いまは試験受ければ誰でも入れるような低ランクの大学行ってるよ。そんな大学でも三浪とか
うじゃうじゃいるんだよ、ありえねえよw…まあ、いろんなヤツがいてさ。うん…」僕はそう言いながら、
僕みたいに孤立してるヤツもいて、大学生活に馴染めないヤツもいて、でも、そういう奴らも含めて、
いろんな人々が大学にはいるのだと、ふと思った。僕は僕でいいのではないか、と。「やっぱ、斎藤だな」
タカちゃんが言った。「斎藤はさ、いつも俺の憧れだったんだよ。勉強ができて、運動もできて、女子に
人気があって、度胸あって。俺はいつも誰かとつるんでないと不安で。でも斎藤はいつも一人でいただろ?
それなのに、お前の周りにはいつも誰かいて、笑いが絶えなかった。斎藤、お前面白いし…はは、愚痴っ
ぽいな。今も斎藤は俺の憧れだよ。俺の先を行ってるし。」僕はタカちゃんを追いかけているようで、
タカちゃんに追いかけられていた。「俺も一緒。運動できて友達多くて、いつもクラスの中心にいたタカ…
高橋が憧れだった。」また沈黙が続いた。
 時計を見るとそろそろ六時。飯でも食っていってもよかったが、それはちょっとこっぱずかしい。やっ
ぱり高橋の両親に対する人見知り体質は相変わらずだから。「んじゃ、俺そろそろ帰るわ…へへ、さっき
タカちゃんって言おうとしたよ。でも、もう俺たち大人なんだよな。ちゃん付けは、ねえよなw」「いや、
うん、まあ。…俺さ、高校行ってみるよ。バイトもする。ありがとう、サイちゃん」お互いに笑い合って、
家を出た。これっきり、またタカちゃんとは会わなくなった。
 大学の空き教室で昼飯を食べることを覚えた僕は、広い教室を一人で独占する解放感に浸っていた。
そうして大学の楽しみ方を模索し、孤独にも慣れてきた頃、母親がタカちゃんの話題を持ちかけてきた。
「タカちゃんがスーパーで働いてたわよ!あれータカちゃんに似てるなーとは思ったんだけどね。あっち
から『斎藤のお母さんですよね?』って声かけてきたの。すごいわねー、顔変わったわよ。濃いわねー」
「ああ、あれはモテない顔だよな」僕はリビングでテレビを見ながら、そう答えた。



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