9 :No.03 殺人者 1/3 ◇HETA.5zwQA:07/09/08 11:58:03 ID:CF41ONQn
その男は狂っていた。
なおかつ、かねてより練っていた計画を、実行しようとしていた所だった。
それは、自分のライバルを全て殺してしまおうという、きわめて短絡的で、
第三者が聞けば、到底許せるものではない計画だった。
それでもその男は計画を実行しようとしていた。
勿論、男としても自分の気に入らないライバルを、最初から殺したいと思って
いたわけではなかった。普通に仲間と思っていた時期さえあった。
たが、ここ数日で殺したい、殺してしまいたいという衝動は何故か急激に
膨れ上がり、もはや男の精神では押さえつけておくことは不可能だった。
そして、ライバルさえいなければ、男自身が今までよりもっと表舞台に立てる
ことは明白だった。
手元には、いつの間にか入手していた拳銃がある、更に今は男が自由に
動ける時間だった。
時間にどれだけの余裕があるのかは男は知らないが、殺さなければならない
ライバルは三人もいる。あまり、ぐずぐずしている余裕はなかった。
まずは一人目。男はすやすやと眠っているライバルの所へ忍び寄った。
様子を窺うと、まったくの無防備。
その穏やかな寝顔をみて、このライバルが、男にやさしく声をかけてくれていた
ことを思い出した。
――こいつは、いいやつだった。誰に叱られても平然とした顔をして受け
流すことが出来るやつだった。
短気ですぐにカッとしてしまう男には、到底できないことだ。そういう所で男は
このライバルを頼りにもしていたし、尊敬もしていた。
やはり、躊躇ってしまう。もともと、人を殺すなどということは初めてな上に、
このような穏やかな寝顔を見せられては当然だった。
だがその時、男の中に「殺せ」という声が響いた。その言葉に従い、男は
無機質に引き金を引いた。
10 :No.03 殺人者 2/3 ◇HETA.5zwQA:07/09/08 11:58:28 ID:CF41ONQn
二人目。男は、すぐにもう一人のライバルの所へと忍び込んだ。
今度は先ほどより気が重い。今度の相手はまだ小学校に入ったばかりの
男の子だからだ。
「あれ? ここにくるの、めずらしーね」
その子は一瞬きょとんとした後、いつも通りの無邪気な笑顔で、無愛想な
男に話しかけてきた。
無邪気な笑顔というのは、それでなかなか武器になるものだった。
いくらなんでも、子供を殺すのは間違っている。子供を守ろうというのは、
生物の本能に近いものがある。やはり、決心が鈍ってしまう。
だが、先ほどと同じように「殺せ」という声が男には聞こえた男は、
一つ頷くとニコニコと笑ったままの顔に向けて引き金を引いた。
最後の一人は、先ほどの子供以上に輪をかけて憂鬱だった。遠くにいても
聞こえてくる、悲鳴のように激しい泣き声。
このライバルは常に泣き叫んでいる性格だった。
きっと近寄ってしまえば、更に泣き声を大きくして、男に許しを請い続けるだろう。
そんな光景をみたくない男は、気配を殺して近づくと、躊躇う事なく、引き金を
引いた。
さすがに三人目ともなると慣れたものだった。
「やった、やったぞ! これで俺だけだ! 俺が主役だ!」
ライバルを全て蹴落とした男が、歓喜の声を上げた。両の手を振り上げ、口から
泡を吹きそうな勢いで声を上げ続ける。
──が、それは長くは続かなかった。
銃声が鳴り響いた。
11 :No.03 殺人者 3/3 ◇HETA.5zwQA:07/09/08 11:58:58 ID:CF41ONQn
「あ──」
先ほどまで歓喜のあげていた口から、ごぼごぼと血が噴出していた。
「悪いね、主役は譲れないんだ」
今まで全く見えなかった暗闇の中から、黒い服を着た男が現れていた。
「だ──」
誰だ、と聞こうとした男だったが、既に肺をやられている為ほとんど声には
ならなかった。それでも、その黒い服の男には通じたのか、ゆっくりと声をかけた。
「知らないのも無理はない。僕はずっと隠れていたからね、君からもあの女からもね」
「──」
「なに、君を良い様に操ったあの女の始末は僕に任せてほしい。他の三人の分も
含めて仇はとってあげるよ」
そう話しかけるが、相手の男は既にぴくりとも動かなくなっていた。
この場に残ったのは、この黒い男だけだった。
「さて、そろそろ目覚めるかな?」
そういって目を瞑ると、にやりと笑った。
「はい、いまから手をたたいたら、五秒後に貴方は気持ちよく目を覚まします」
その精神科医は、そういうと手をパチンと叩いた。目の前にいるのは、当然
患者の一人である。
解離性同一性障害。いわゆる多重人格者として、彼女が担当することに
なった男だった。
本来であれば、いくつもの人格を統合するように治療をするものだが、面倒に
なった結果、乱暴な性格をもつ人格の一人に、他の人格を殺してしまうように
暗示をかけるという方法を思いついた。
そして、どうやら、うまく他の人格を殺したらしいことが分かった。
後は目覚めさせるだけ。今までの苦労が何だったのかという位、簡単な
仕事だった。
処置の成功を確信して、彼女が笑みを浮かべたとき――。
その患者も、にやりと笑った。