【 唯我独尊箱入り娘と目安箱 】
◆InwGZIAUcs




63 :No.16 唯我独尊箱入り娘と目安箱1/5 ◇InwGZIAUcs :07/09/03 01:04:21 ID:LzGzdCYB
 窓からそよぐ春風が満開に咲き誇る桜の匂いをそっと運んだ。
 そんな穏やかな風に気を紛らわす事のできる窓際の席が良かったと思うけど、こればっかりは仕方ない。
 どことなくソワソワとした教室の中殆どの生徒は割り当てられた席に座っている。例に漏れず俺もその一人で、
誰と話すでもなく席に座り一人緊張をしていた。その緊張のせいでいつの間にかしかめっ面になっていた事に気づけた
のは、隣の女の子に奇異な目で見られていたからに他ならず、俺はちょっとずつ耳が熱くなるのを感じた。
 そんな時、教室の黒板の上に取り付けられた四角いスピーカーから、無機質な鐘の音が鳴り響く。
 そう、今日は高等学校の入学式。ここからまた新たな環境での生活が始まるのだ。

「――というわけで、明日は身体測定のためのTシャツを着てくるように。忘れるなよ? 忘れた奴は俺の
汗かいて教員ロッカーに忘れてあったTシャツを着せちゃうからな? うん、じゃあ終わりにしようか」
 その言葉を締めにすると、担任の先生は書類を片手に教室をでていった。
 うん、冗談を交えながら早めに拘束時間を切り上げるいい先生じゃないか。
 皆もそう思ったのか、女子達は初対面とは思えないほど親しく先生の品評を始めている。
 個人的にその適応力が羨ましいけれど、今日は大人しく帰宅することにしよう。が、席を立とうとしたその時である。
「……」先ほど隣の席で俺を奇異な目で見ていた女の子が俺の席の横に無言で立ちはだかった。
「あの、何か?」「あんた……結構かわいい顔してる」
 いきなり何を言い出すんだこの子は。というかあなたも十分愛らしい顔をしてると思います。
 俺に多少余裕があったのはここまでだったと思う。
「うん、決めた……あんたは今日から私の彼氏! そういうことでよろしく」
 教室の空気が一気に十度は下がっただろう。外で満開のはずの桜が一気に花を散らしたに違いない。
「は? 何を――」
 一体俺の身に何が起こっている?
 彼女の笑顔は小悪魔のように妖しげな魅力を携えていて、俺は掴まれたその手を振り解けない。
 周りで静観する生徒達を無視して彼女は俺を引っ張り進んでいった。
 教室を去る間際、珍獣を見るような目で全員が俺を見ていたこのシーンは恐らく一生忘れられないだろう……。

 春の日差しも穏やかで時々吹くまだ少しヒンヤリとした心地よい風が住宅街の隙間を通り過ぎていく。
 教室を飛び出した俺達は今、一緒に下校をするカップルという位置づけで歩いてる……らしい。
 平然と隣で歩く彼女の名前は「岬アヤハ」という。正直なところ、見てくれはとても可愛い。
 背は日本男性の平均より若干高い俺の肩程で、高一の女子としては高くも低くもない。しかし、腰まで届きそうな長い

64 :No.16 唯我独尊箱入り娘と目安箱2/5 ◇InwGZIAUcs :07/09/03 01:04:54 ID:LzGzdCYB
髪の毛にはその手入れが行き届いているようで、校則違反にならない程度に染められた栗色の直毛がとても美しかったり
する。またその整った顔立ちはどこか幼さを携えており、先ほどの小悪魔っぽい雰囲気の発生源に――ってとにかく!
その美少女っぷりを文字で言い表そうとすれば原稿用紙が一枚埋まってしまうことは間違いない。
「さっきから……何? 私の顔、何かついてる?」
 俺の視線に不快を感じたのか、岬アヤハは上目になって眉をひそませる。
「いや別に……っていうかさ、岬さんは何であんな事を学校のしかも教室のど真ん中で言ったの?」
「ん? 何か問題でもあった?」
 問題だらけだと思うんだ。俺は明日からどんな顔をして学校に登校すればいい?
「私があの時、彼氏が欲しいと思ったから」
 岬アヤハは平然と言ってのけた。彼女とは今日しかもつい先程出会っただけの間柄であるのに、
本気で言っているように聞こえるのは何故だろう。
「だってほら、せっかくの高校生活に彼氏一人もいないんじゃツマラナイと思ったのよ」
「彼氏はそうやって決めるものじゃないでしょうが……第一俺の気持ちだって」
「何? 私に不満でもあるの?」
 ありません。というか俺は……。
「いや、そういう問題でなくてさ。お互い知りもしないのに……」
「いいじゃないとりあえず付き合ってみれば! 男なら女に恥をかかせるな!」  
 そう叫んで彼女は立ち止まった。ついでに俺の思考も止まってしまった。
「じゃあ、私の家ここだから」
 そこは巨大な土地と屋敷を囲った塀に設けられた大きな門の前。他に民家らしいものは見当たらない。
 俺は不思議そうな顔をしていのだろう、彼女はその疑問をあっさり解消してくれた。
「ここが私の家なの」
 「ええええええええ!」と、今度は俺の叫び声が轟く番だった。
「五月蝿い。いちいち騒ぎすぎよ……ええと、名前まだ聞いてなかった」
「え、あ、大季(だいき)、烏目康(うめやす)大季」
「そう、じゃあ大季。明日八時十五分に迎えに着てね? 待ってるから」
 そう言って岬アヤハは門の向こう側へと入っていってしまった。……本気、なのか?

「おーい! めやすー」
 放課後、クラスメイトの呼ぶ声が聞こえた。大体察しは着くけど一応返事を返しておく。


65 :No.16 唯我独尊箱入り娘と目安箱3/5 ◇InwGZIAUcs :07/09/03 01:05:18 ID:LzGzdCYB
「いやーそれがさ、お前の彼女さんの事なんだけど……」
 また何かやらかしたのか? 今度は何だ? 傲慢な態度でまた女子と喧嘩でもしたのか?
いや女子ならまだいい、今度は教師と下らないことを言い争っているのではないか? と俺は頭を抱えてみせる。
「お前も大変だな。んとな、岬さん今日は掃除当番なんだけどさ……その、サボってるみたいでさ」
 なんだそんな事か……お安い御用だぜ。
「わかった……ちょっと行ってくる」
「スマン! 頼んだ」
 そう言って両手を合わせる友人に、俺は力のない笑みで返した。

 あの悪夢のような入学式から早一ヶ月が経とうとしていた。
 今年は天候に恵まれ長い間楽しむ事のできた桜だが、枝先に混じりだした緑が春の終わりを告げている。
 さて、俺はといえばすっかりクラスに溶け込むことができた。人見知りをしてしまう俺がこんなにも早くクラスに
馴染めたのは、ひとえにアヤハのおかげと言って差し支えないだろう。
 というのも、あの超金持ちで我が儘な唯我独尊箱入り娘は、果てしないトラブルメーカーだったのだ。
 そして何かあるたびに俺がフォローしていた結果、クラスメイトは皆何かが起こる前に俺を頼りにし始める。すると
どうだろう? かの有名な徳川家八代目将軍が設けた目安箱のような働きをしている俺がいるではないか!
 先ほど「めやす」と呼ばれたのも当然その事で、苗字の「烏目康」ともかけられているので始末が悪い。
 あっという間にそのあだ名は広まってしまったのだが、それはこの際良いことだとプラス思考でいく事にする。

「あ、アヤハ……こんなところにいたのか」
「大季? 何か用?」
 人のあまりこない校舎の影に設けられたベンチに腰掛けて、紅茶を飲んでいるアヤハに俺は嘆息して見せた。
「用って……お前今日は掃除当番だろ? さっさと仕事しろよ」
「嫌よ。汚れるんだもん」
「汚れるってお前……そんなの洗えばいいだろう? 当然じゃねーか、早く掃除してこい」
「大季は?」
「俺は当番じゃないからな、手伝わないぞ。部活だしな」
 綺麗な形をした眉をひそめるアヤハだが、ふっと眉から力が抜ける。納得したようだ。
「分かった、掃除すればいいんでしょ? 私、今日も待ってるから」
 そう言って去るアヤハの背を見送って、俺は少しニヤニヤしている自分に気づく。


66 :No.16 唯我独尊箱入り娘と目安箱4/5 ◇InwGZIAUcs :07/09/03 01:05:41 ID:LzGzdCYB
 そうなのだ。とても意外な事だけど、アヤハはかなり物分りが良い。道理を持って説明すれば大抵納得してくれる。
 さらに驚きなのは、運動部で帰りが遅くなる俺をいつも待ってくれている。
 俺はまだ気持ちがゴチャゴチャしていて、アヤハをどう思っているかと聞かれても即答することはできないが、
その二つの点は少し、いやかなり嬉しかった。――しかしその日、岬アヤハは俺の帰りを待ってはいなかった。

 次の日いつもより早く家を出た俺は、アヤハの家の前で立ち往生していた。
 流石に早く着すぎたか。まだ八時すら回っていない。ここから学校からまで約十分、学校の門限八時半を考えると、
やはりいつも迎えにいく約束の八時十五分には出てくるだろう。
 と思って塀にもたれ掛かっていたら、ものの五分でアヤハが門から顔をだした。
「今日は早いのね……おはよう」
「あ、おう、おはよう。アヤハもずいぶんと早いんじゃないか?」
「監視カメラに映った不審者が知り合いであれば飛び出したくもなるわ」
「……そっか」
 俺たちはいつもと変わらなかった。ただ、やっぱり気になって学校が見えてきた頃、
俺はアヤハに切り出した。「なんで昨日は先に帰ったんだ?」と。怒ってはいない。急用もあるだろうし、
何も俺は強制しているわけではないのだから。彼女の答えも単純で、「ちょっと用事があるのを思い出しただけ」
というものだった。なるほど、納得だ。それでその事は終わり……の筈だったんだ。

「昨日は大変だったな……俺がお前に頼まなければ……すまない」
 急に言われても何の事だか分からないが、昨日俺にアヤハの掃除の件を頼んだ友人の言葉から推測できる事が
一つだけあった。何かトラブルがあったのだろう……昨日俺が部活に行って、アヤハが掃除に行ったときの事に違いない。
 俺は何があったのかを尋ねてみる。
「岬さんと松島さんが喧嘩しちゃったんだよね……まあご察しの通り、岬さんが怒鳴るだけ怒鳴って帰っちゃってさ」
 あのお馬鹿……前に女子と揉めたとき、傲慢な態度は捨てないと友達できないぞと何度も忠告したんだけどな。
 それ以来、アヤハはそれないりに友人もできているように見えたのだが……。
「詳しいことはわかんないけど、とにかくそんな感じだった」
 分かる範囲で説明してくれる友人に礼を言い、俺はアヤハと二人きりになれる昼放課を待つことにした。

 今日も天気は快晴で、俺とアヤハは午後の食事を屋上で食べるなんて青春的なことを毎日していた。
「昨日喧嘩したんだってな」「……誰から聞いたのよ?」


67 :No.16 唯我独尊箱入り娘と目安箱5/5 ◇InwGZIAUcs :07/09/03 01:06:05 ID:LzGzdCYB
 切り出したのは俺……そして無言で返す。そう、そんなことはどうでもいいことだ。
「あんまり我が儘言ってると本当に友達失くすぞ? この前お前も納得してくれたじゃないか」
 俺は諭した。それはもう丁寧に。ょっとくどい年長者みたいな物言いだが、アヤハなら分かってくれるだろう。
 彼女も無言で俺の話を聞いているが、視線がいつもと違うことに気づく。いつも彼女は不機嫌ながらも俺の目を
見て話を聞いていた――と、その時だった。
「五月蝿い! もう……あんた、なんか……知らない!」
 憎むように目を鋭く細めると、アヤハは購買のパンが膝から落ちていくのも構わずに立ち上がり、屋上から走り
去ってしまった。その背中を呆然と見送ることしかできなかったのは、今何故彼女があんなに激しく怒っているのか
理解できなかったから。アヤハは、悪態をついても怒りに身を任せて暴走する事など、少なくとも俺にはしなかったのに。
 すると、入れ替わるようにバツの悪そうな顔をして近づいてくる一人のクラスメイトが目に映る。
「あ、めやす君! えーとその、ごめん! 喧嘩しちゃった?」
 そのクラスメイトは、昨日アヤハと喧嘩したという松島さんだった。彼女は目を赤くして鼻をすすったアヤハが
屋上から出てきたのを見かけ、俺の所に来たという。呆然としている俺に、訳も話してくれた。
「昨日ね、岬ちゃんに彼氏はなんでめやす君なの? って聞いて、えと、怒らないでね? 私がめやす君以外にもいい男は
たくさんいるじゃない……とか、めやす君の駄目そうなとこを話してたら急に岬ちゃんが怒り出しちゃって……でね、
あの子こう言ったの『見てくれだけで尻尾を振って、何でも我が儘を聞いてくれる男なんかいらない! 私を叱って
くれるあんなに良い男は滅多にいないんだ! 悪口言うな!』って……」
 俺はその言葉を最後まで聞いていなかった。屋上を飛び出してアヤハを探す。
 馬鹿なのは俺のほうだった……あいつの話を聞いてやれなかったのは、俺が目安箱の役割をしなければいけないって
いつの間にか自分でもそう思っていたからだけど……なんてそんなこと言い訳にならん!
 箱入り娘だろうが、目安箱だろうが俺たちは恋人で、あいつは我が儘だけど素直で……俺はとんだ大馬鹿で――
「アヤハ!」
 教室の俺の隣の席。アヤハはそこに、自分の席に座っていた。
「何か用? もう別れたから私達……いつまでも彼氏面しないで」
 ここで引き下がったら全ては終わるんだろう。だが、俺は終わらせたくない何故なら俺は――
「初めてお前を見たときから好きだった! 俺と付き合ってください!」
 そうだ、入学式の日耳まで赤くしてたのは、隣がお前だったからなんだ。今、おそらく入学式の日以上に教室の
温度は下がっているのだろう……が、俺は全く気にはならなかった。気になるのはアヤハの口から零れる言葉だけ。
「……ふーん、じゃあ聞くけどじゃあ私はあんたの何? 目安箱? 恋人?」
 眉をひそめアヤハは問う。答えるまでもない。俺は知っている――嬉しい時不機嫌そうに眉をひそめるアヤハの癖を。 【終】



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