【 ロッカーの中に眠るもの 】
◆bsoaZfzTPo




58 :No.15 ロッカーの中に眠るもの1/5 ◇bsoaZfzTPo :07/09/03 01:02:17 ID:LzGzdCYB
 夏休み中全く活用されていなかった我らが文芸部室を、まず大掃除しようじゃないか、とい
うメールを回してきたのは、坂本部長だった。
 全く気乗りはしなかったけれど、教室の掃除と違って、僕がしなくても来週になれば他の当
番がしてくれるというものではない。始業式と短縮授業であっさり放課となった後、友人から
の遊びの誘いを断って、僕は渋々部室の引き戸を開けた。
 部室の中を見た瞬間にしまった、と思った。部室の中には坂本部長と村田さんの二人し
かいない。そう、他の当番はいなくても、他の部員に任せるという選択肢はあったのだ。
 馬鹿正直に部室に顔を出してしまった自分を呪いながら、このまま戸を閉めて回れ右すれ
ば、無かったことにならないだろうかと、益体も無いことを考えた。
 本棚から冊子を抜いていた村田さんと目があった。会釈をされたので、乾いた笑いを返
す。目をそらされた。まだ逃げられるかな、と思ったところで、坂本部長の声が僕の名を呼ん
だ。
「お、佐野ちゃん。サボらずに良く来たね。貴重な男手、歓迎するよ」
「いや、男手が欲しいなら彼氏さんにでも手伝わせれば良かったんじゃないですか」
「あいつは帰っちゃったよ。手伝えって言ったらきっぱり嫌だ、と宣言した。あそこまで行くと
逆に爽やかだね」
 爽やかかどうかは先輩の欲目が多分に含まれているだろうが、僕がサボるという線は完
全にアウトである。適当な嘘をついてまで逃げるというのは胸が痛むし、何より大量の部誌
が詰められた段ボール箱は、箱の底が抜けるほどに重いのだ。

 坂本部長が棚だのロッカーだのを片端から開けて、いらないと判断した物を片端からゴミ
箱に捨てていく。坂本部長に言わせると、掃除の極意は「いらない物を思い切って捨てるこ
と」なのだそうだ。


59 :No.15 ロッカーの中に眠るもの2/5 ◇bsoaZfzTPo :07/09/03 01:02:39 ID:LzGzdCYB
 そのおかげで「高いところから低いところへ」を持論としていた村田さんや「丸くするな、四
角くしろ」をモットーとしていた僕なんかは、坂本部長に言われるままに部室のあっちからこ
っちへ、こっちからそっちへ荷物を動かすために走り回ることとなった。
 何しろ、坂本部長が一つ棚を整理する度にどこからともなく細かいゴミが出てくるのだ。こ
の状況でぞうきんがけや掃き掃除をしたところで、全く意味がない。
 しかし、作業が進むごとに着々と棚が綺麗になっていくのは流石だ。この調子でいけば、
最終的には何も入っていない棚が二つほど出来上がるかも知れない。
「いや、部長って何気に凄かったんだね」
 作業の合間に、村田さんに声をかけてみた。
「先輩、ノリは軽いけど頭良いですよ。作品見てても分かるじゃないですか」
 村田さんの返答はそっけないが、なるほど。確かに坂本部長は本格ミステリーばかり書い
ている。大抵の場合僕は、探偵役が推理を開陳するまで、全く真実に辿りつくことができな
い。そして最後に現れた事件そのものの緻密さに、唸らされるのだ。
 しかし、そうすると坂本部長は、いかにして人を殺すか、それを隠匿するかを、今このとき
も考えているかもしれないということか。
「佐野ちゃん、手が止まってるよ。きりきり働く働く」
 ……ちょっと、怖いかも知れない。真面目に体を動かして、馬鹿なことは忘れよう。

 部室の整理は順調に進んでいったけれど、坂本部長が金山とステッカーの貼られたロッ
カーに手をかけたところで、流石に口を挟ませてもらった。
「ちょっと待った」
「おっと、ここでちょっと待ったコールだ」
 いや、そうじゃなくて。
「部長、そこから先は部員の私物ロッカーです。個人に任せた方が良いと思いますけど」
 村田さんも無言ながらこくこくと頷いて、僕の意に賛同してくれている。
「馬鹿たれー。私物ロッカーなんて一番いらない物が詰まってるところよ? だいたい、鍵も
かかんない場所に大事なものなんて入れないでしょう」
 一理はある、のだろうか。それでも、本人のいない場所でプライベートなロッカーを開けると
いうのは、後で怒られそうだ。

60 :No.15 ロッカーの中に眠るもの3/5 ◇bsoaZfzTPo :07/09/03 01:02:57 ID:LzGzdCYB
「罪悪感あるっていうなら、私一人でやるから、村田ちゃんと佐野ちゃんは自分のロッカー整
理してて良いよ。文句が出たら、いない人間が悪い、って言い張るつもりだし」
 見ていて止めなかったらそれはそれで僕たちの風当たりは強そうなのだが……。
「いえっ、手伝わせてもらいます。わたしと佐野くんは、あとでやりますので」
 村田さん、暴走。意見を翻して個人ロッカー整理派へ。しかも何故か僕の行動まで決定さ
れている。
 まあ、良いけど。実際、他の部員のロッカーを覗けるというのは、中々に楽しそうだ。

 坂本部長の言は半分正しかった。必要な物は特に無かったけれど、いらない物も特に出
て来なかった。なんというか、完全に私物ばかりだ。
 プロローグばかりで埋め尽くされた大学ノートだとか、解読不能なメモの走り書きなんての
はまだ文芸部に関係あるから良い方で、教科書がごっそりと置き勉されているのとか、少女
漫画が四十冊ばかり積み上がっているロッカーもあった。
 本人の名誉の為に個人名は伏せさせてもらうけれど、普段書いている作品とは似ても似
つかないポエムに三人で爆笑したのは、墓まで持って行かなければならない秘密だろう。
 その点、僕なんかはロッカーの中にそこまでおかしな物は入れていなかったはずだ。お定
まりのネタノートと、去年発行した部誌のバックナンバー、あとは暇な時に読もうと思って置
いてある、新古書店で百円で買ったペーパーバックが何冊か。確かそれくらいのはずだ。
 佐野、村田と僕たちのロッカーを飛ばして、一番端。坂本とステッカーの貼ってあるロッ
カーの前で、坂本部長の動きがぴたりと止まった。
「部長のところですね。それで最後ですし、それぞれ自分のところをやりますか?」
 たとえ坂本部長でも、ロッカーの中からさっきのようなポエムが出てくるなら、僕たちに見ら
れたくはあるまい。というか、大型のナイフとか出てきたりするのを僕が見たくない。
「先輩、ロッカーは後回しにして、先に掃除を済ませてしまいませんか? 大きいものはあら
かた片付きましたし」
 村田さんらしくもない発言だ。ロッカーを片付けたら、またどこからともなくゴミが出てくるの
はさっきまでの作業で十分分かっているはずなのに。


61 :No.15 ロッカーの中に眠るもの4/5 ◇bsoaZfzTPo :07/09/03 01:03:18 ID:LzGzdCYB
 考えてみると、村田さんは先ほどから自分のロッカーにこだわっている言動ばかりな気が
する。ポエムが出てくるのはむしろ村田さんのロッカーからかもしれない。
 村田さんは恋愛ものばかり書いていたはずだから、あながちおかしなことではない。そう、
初めて村田さんの文章を読んだときは、普段の性格と一致しないベタベタな甘さに驚いたも
のだ。
 しかし、村田さんの書いた詞なら、それなりに読めるものである気もする。文章のリズム、
という一点で言うなら、三年の金山さんと張るほどにうまい、と僕は思っている。
「あのさ」
 動きを止めたままだった先輩の声がした。普段よりも心なしか低く、重い声だ。
「突然なんだけど、私、夏休み前にお弁当箱無くしたんだよね」
「ストップ、それ以上言わないでください」
「私、丁度二日目で食欲なくてさあ、半分ほど残した記憶があるんだけど」
「どこから突っ込んで良いのか分かりませんけどとりあえず口を閉じてください、部長」
 部室に嫌な沈黙が降りる。まだまだ元気なアブラゼミの鳴き声が、窓から入ってくる。
「……開けなきゃ駄目かなあ。駄目だよね。三月に開けたらもっと凄いことになるもんね」
「そうですね。そのまま開かずのロッカーにして学校七不思議を一つ増やす事態は回避した
いところです」
 坂本部長が、半笑いの表情で、村田さんを見た。
「村田ちゃん、開けてくれない?」
「や、嫌ですよ」
 珍しく村田さんの声がうわずっている。そりゃ、嫌だよなあ。
「佐野ちゃん、男らしいところ見せてよ」
「さて、僕は自分のロッカーを整理しますので。自分のことは自分でしなさいって、昔から厳
しく躾けられたんですよね」
 わざとらしく回避。男だって逃げて良いときはある。
「そうだよね、自分で蒔いた種だもんね。自分でやらなきゃ駄目だよね。ようし、開けるぞー」

62 :No.15 ロッカーの中に眠るもの5/5 ◇bsoaZfzTPo :07/09/03 01:03:45 ID:LzGzdCYB
 先輩が一人気合いをいれている。僕は大型のナイフ以上に見たくないので、言葉通り、ロ
ッカーの整理をすることにした。
「待って、開けないで」
 村田さんの悲鳴じみた声がする。同時に、僕のと坂本部長のと、二つのロッカーの開く音
ががちゃりと重なった。
 ばたん。
 ロッカーを閉める音も、二つ同時に重なった。
 見間違いで無ければ、僕のロッカーの中に、入れた覚えの無い便せんが入っていた。しか
も封のところにハートマークのシールが貼ってある奴。
 まさかと思って、振り返る。村田さんの顔が、真っ赤だった。
 ロッカーを見て、もう一度村田さんを見る。こくりと頷かれた。僕はちょっと待ってと手でゼス
チャーをして、とりあえず答えを保留にした。
「ええっと、部長。やっぱり掃き掃除とか先にやっちゃいましょうか」
 いつもの僕なら絶対に口にしない、その場しのぎな台詞だけれど、ここでないどこかを見つ
めている坂本部長は、気付かない。
「そうだよねえ、ロッカーは後で良いよね。ていうか、もう十年くらい開けたくない」
 僕は部室の隅にある掃除用具入れを開けて、ほうきを取り出しながら、どうすれば坂本部
長を先に帰すことが出来るかを考え始めていた。

        <了>



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