【 「箱庭」 】
◆h1QmXsCTME




12 :No.04 「箱庭」 1/5 ◇h1QmXsCTME:07/09/02 16:44:37 ID:3JVKRJqO
 今回の依頼は、朝、僕が一本の電話に出たのが始まりだった。
「私陣野内一彦と申します。調べていただきたいことが有るのですがよろしいでしょうか? 」
「はい。では事務所の方までおこし願えますか? それともこちらから伺いましょうか? 」
「こちらに来て貰ってもかまいませんかね? 」
「はい、もちろん。どこへ伺えばよろしいですか? 」
「家に来てください。見てもらいたい物もあるので。場所は……」
 腕時計の針は十二時を指している。指定された時間に依頼主の家の門前に僕達は立っていた。
「……でかいっすね。陣野内って言ったらZNグループの会長さんじゃないですか? 」
「うん。これは久しぶりに金の、あ、いや大きな仕事の臭いがしてきたな」
「はは。まあ、無理もないっすよ。早くインターホン押してくださいよ」
「え?俺が押すの? お前やれよ。こういうのは助手の役目なんだよ」
「聞いたこと無いですよ。第一……」
こんなやりとりをしていると急に門が開き、中から執事らしき男が出てきた。
「神山信士様ですね?主人から伺っております。私執事の中山と申します。どうぞ中へ。おや? そちらの方は? 」
「ああ、彼は僕の助手で園岡守です」
「助手ですか。ではお入りください」
 門をくぐると一層豪邸が目に映り込んだ。玄関まで庭園に囲まれた石畳を歩き、豪華な玄関を通りこれまた豪
華で大きな応接間に案内された。
「ではこちらでお待ちください」
そう言って出ていった執事と入れ替わりに紅茶が運ばれてきた。
 「いやー凄いね」
「ええ。お金持ちって凄いですね」
手に持ったティーカップに口を付けていいものか悩んでいると依頼人らしき三人が応接間に入ってきた。
「いやーお待たせしました。私陣野内一彦と申します」
差し出された名刺には間違いなく「ZNグループ会長」と書かれている。
「俺は陣野内憲彦」
「私は陣野内圭子と申します」
二人の名刺にも「ZNグループ」の文字が見える。この三人は兄妹なのだろう。
「あ、申し遅れました。神山探偵事務所の神山信士です」
「助手の園岡守です」

13 :No.04 「箱庭」 2/5 ◇h1QmXsCTME:07/09/02 16:45:30 ID:3JVKRJqO
 陣野内一彦は四十代と見える、銀縁眼鏡の如何にも重役といった雰囲気を漂わせている。次男であろう憲彦は
髪を茶色に染めていて、これもまたやり手と思わせる風格があった。陣野内圭子は淑女といった風であるが、僕
はこの人の目に何か冷ややかな感じを受けた。おそらく三人の年はそう離れては居ないだろう。
「それで、調べて貰いたいことがあると言うことですが?」
「はい。実は父が亡くなりましてその遺産相続について少々問題が起こりまして」
「相続トラブルだったらちょっと専門外ですがね」
「いえ。まあトラブルと言えばトラブルなんですが、ちょっと違うんです」
「と言いますと? 」
「遺言状と遺産に謎かけのような物がありまして。それで困っているのです」
「謎かけ……ですか」
「はい。父は遺産の一つとして箱庭を残しました。そしてその箱庭が最も価値ある物だそうなのです。ですが遺
言状に不自然な点がありまして。誰が相続するのか謎かけがしてあるのです。それがこれです」
広げられた遺言状の指さされた部分を見ると『最も価値ある財産也。各々思い起こし、然る後これを取れ』とある。
「各々思い起こし……か。なるほど確かに相続人については明記されてないですね。何か心当たりは? 」
「それがなんにもないんだ。しかもあんな箱庭が一番いい物だってんだから驚きだよな。だから俺たちはあれが
宝の地図か何かじゃないかってあんたのとこに相談って訳よ」
「おい憲彦。説明がまだ終わっていないんだ静かにしていろ。」
当然喋りだした憲彦を制止してまた説明を続けた。
「で、まぁ、そう言う訳なんです。何か本当の価値が隠されて居るんじゃないかと。それを見つけて貰いたいん
です。では箱庭を見ていただきましょうか。おい! 持ってきてくれ! 」
彼がそう呼ぶと四人がかりで箱庭が運ばれてきた。八十センチメートル四方くらいの
どちらかというとジオラマに近い。どうやら渓流を模した物のようだ。縁には何故か小さな人形が四体、並んで
配置されている。
「どうですか?私達には、やはりただの箱庭にしか見えないのです」
「じゃあ兄さんは貰わなくていいぜ。俺が貰うからな」
「ちょっと私はいらないって言ってないわよ。勝手に決めないで。だいたい兄さん達は貰いすぎなんだから譲っ
てくれてもいいんじゃないの?」
「貰い過ぎって言われても金はほぼ平等じゃないか。会社は経営があるから仕方がないだろ?」
「でも、不平等よ」

14 :No.04 「箱庭」 3/5 ◇h1QmXsCTME:07/09/02 16:46:04 ID:3JVKRJqO
「二人ともやめないか! ……それではお任せしますよ。我々は何分忙しいものでして。夜には都合を付けてあ
りますのでまた後ほど。そうそう、報酬ですが、その遺産にもよりますが五百万円ほど用意してあります。期限
は今週いっぱいと言うことでよろしいですか?」
「……あ! ええもちろん。お任せ下さい! 」
「今日はここを使ってください。必要な物があれば中山に。それでは後ほど」
そう言うと二人を伴って出ていった。
 「やれやれ」
信士は目の前に置かれた箱庭を見つめながら溜息をついた。この箱庭には今、五百万円の価値がある。
「どうですか? 何か分かりました? 」
あれから数時間掛けて遺言状と箱庭を調べたが遺産につながる手がかりは見あたらない。
「うーん……何もない。遺言状にも目を通したが他の財産のことは書いてあってもこの箱庭に付いては『最も価
値ある財産也。各々思い起こし、然る後これを取れ』と有るだけだ。」
「謎の遺産ですね」
「ああ。だがこの箱にも『箱庭』にも宝の手がかりはない。本当に何もない」
「じゃあ何なんですかね? 」
「……『箱庭』は恐らくはただの箱庭だ。そうすると謎なのはなぜこんな物を残したのかってことだろう。そし
てそれはあの三人に関係がありそうだ……。中山さん。あなたは三人について何か知っていることはないですか?」
扉の横に佇立している老執事に問いかけた。この人はずっと立っているが足腰は大丈夫なのだろうか。
「何かと言いますと?」
「そうだなぁ。そうだ!いったい何時から三人の仲が悪くなったんですか?」
「そうですねぇ、一彦様達は昔はあんなに仲が悪くなかったのです。会社の経営に携わるようになってから変わ
ってしまいました」
執事はこの家には先代から仕えているらしく、三人のことにも詳しかった。
「昔は家族皆さんでキャンプやスキーなどにも行っておられたのですが」
「仲が悪くなったのはそれでも最近の事じゃない。それを知っていてこの箱庭を残した……。ん?これ人形が一
体足りないんじゃないか?足場が五つあるぞ」
「本当ですね。じゃあ五体ですか」
信士は人形を手にとってじっと観察している。
「うーん良くできてる。中山さん、あの三人の母親は?」

15 :No.04 「箱庭」 4/5 ◇h1QmXsCTME:07/09/02 16:46:51 ID:3JVKRJqO
「お母様はずいぶん前に亡くなられております」
「なるほど。それは三人の仲が悪くなる前ですか? 」
「ええ。そうですね。もう二十年以上も前ですから」
「なるほど……。じゃあもしかしたらいけるかも知れないな。まぁ、みんな帰ってくるまで気長に待とうじゃな
いか」
そう言うと用意されたケーキを一口食べた。
 午後九時。昼と同じように三人が応接間に入ってきた。信士は飾ってある壺を持ち上げようとした手を慌てて
引っ込めてごまかすように天井を見上げた。
 「どうですか? 何か分かりましたか? 」
「ええ。まあ」
三人の目が輝いた。
「本当に? 遺産は何なんです? 」
「まぁまぁそう焦らずに。中山さんから聞いたのですが、あなた方は昔は家族でキャンプ
に行っていたとか。思い出してください。この箱庭に見覚えは無いですか?」
「……ああ、なるほど。これはあの河原ですか。うろ覚えですけど確かにこんな感じでした。もうずっと昔のこ
とですね」
「そう言われればそうね」
「そうです。そしてこの人形はあなた達家族です。そしてこの河原には何か思い出があるはずです。思い出して
みてください」
「思い出か……そう言えば、この河原で一回圭子が溺れたな。急に川に飛び込んじゃって」
憲彦が言う。
「そんなこともあったわね。で憲彦兄さんが飛び込んで一緒に流されたのよ」
「俺と父さんが急いで下へ走ってロープと浮き輪を投げて引き上げた」
「なんだって急に飛び込んだんだっけ? 」
「あれね、兄さんに貰ったブレスレットが落ちちゃったのよ。それで飛び込んだんだわ」
「はははは。そうだったな。わざわざ拾いに行かなくても後で買ってやったのに」
「みんな大慌てだったよな。懐かしい」
 それから三人の思い出話に花が咲いた。錆び付いていた思い出の蓋を開けるのは本当に久しぶりなのだろう。
三人に、最初に感じた嫌な堅さは感じられない。

16 :No.04 「箱庭」 5/5 ◇h1QmXsCTME:07/09/02 16:47:21 ID:3JVKRJqO
「遺産の在処はお分かりいただけましたか? 」
ひとしきり三人に喋らせてから問いかけた。
「え? ああすいません。そう言えばそうですが、これがいったい何の手がかりになるのですか? 」
「ああ、ただの思い出だ」
「そう。ただの『思い出』です」
「え? と言うとこれは父さんの思い出を再現しただけの物ということですか? 」
「いいえ。それではあの遺言状の説明にはなりません。ところで三人ともこうして話したのはいつ以来ですかね?
恐らく何年もこういう機会はなかったんじゃないですか? しかも、あなた達は笑い合っていた」
「そう言えば……そうね」
三人は顔を見合わせる。
「あなた方のお父様は、失礼ですが、あなた方の仲が悪いのを知っていた。だがこの相続騒動になるような箱庭
を残した。なぜなら自分の死に際すれば普段集まることのない三人が集まる。そこで『最も価値ある遺産』とし
てこの箱庭に家族の輪を詰めて残した。あなた達がこの箱庭がどこを模した物なのか気づき、昔を思い出すのに
期待してね。」
「父さん……」
「あなた方のお父様が残したかったのは兄妹三人の和だったんですよ」
三人の目には涙が浮かんでいた。
 事務所に戻ってきたのは十二時に近くなってからだ。あの後普段は絶対に食べられないようなセレブの夕食を、
上機嫌の三人と一緒にご馳走になった。
「いやーやっぱりセレブは違いますねー」
「ああ。だが、セレブじゃなくてもあの時の三人の夕食は美味しかったに違いない」
「ですね。ところであの推理って本当に正しかったんですか? 実は本当に遺産が隠してあったりして」
「推理と言うより推測みたいなものだったからな。まぁ、いいじゃないか」
「探偵とは思えないですね。そう言えば報酬貰いました? 」
「……あっ! 貰ってない!! 」
「え!? 何やってるんですか!! あーあ」
「うわあああ。今更行けねぇしなぁ。何で言わないんだよ守君!! ほんと使えないな! 」
「僕のせいですか!? 大体……」
 こうしてこの日は満腹感と後悔を同時に味わった男二人の口論で幕となった。翌日、僕たちは中山さんが連れ
てきた五百人の福沢諭吉に涙することになる。      了



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