【 邪念のかたまり 】
◆rmqyubQICI




71 :No.21 邪念のかたまり 1/3 ◇rmqyubQICI :07/08/27 00:01:07 ID:+H3jP2jW
 先週の金曜、うだるような古都の暑さから逃げ帰ってきた田舎の
夏は、それそこ焼けつくように暑かった。
 あぁ暑い、くそ暑い。なんでこんなに暑いんだ。お前のせいか、
中つ国よ。どうにかしてくれ。いや、どうにかしろ。
 ……なんて言ってたってどうにもならないよなぁ。
 まぁ外の熱気はともかく、部屋の中はクーラーが効いている分京
よりましと思って諦めるか。
 しかし部屋の中は冷えているとはいえ、外から帰ってきたばかり
の身体はまだ熱い、ゆえに暑い。熱を冷ますためアイスバーにかじ
りついていると、耳慣れた都市の名がテレビから聞こえてきた。
 なんでも京都や大阪を中心とした関西地方全域で、ネット回線が
一部切れていたそうだ。続きに耳を傾けると、どうやらその原因は
なんとかという蝉だったらしい。回線を覆っているものの質感がそ
の蝉の産卵場所となる木と似ていたため、蝉が誤ってそこに卵を産
みつけたのだという。
 しかしそんなところで蝉の卵が無事育つものだろうか。回線の中
というのはなんとなく熱そうだが。
 いや、よく考えてみればその事情はそういった蝉にだけあてはま
るものでもないな。普通の蝉にしたってそう深いところに産卵する
わけではないだろうから、多分卵や幼虫は暑がっているに違いない。
最後の時とはいえど、成虫としての一週間は私たちの想像以上に爽
快なものなのかもしれない。
 ――ん? 待て待て、やはりそれはおかしい。むしろ合理的に考
えるなら、産卵場所の方が涼しくなければならないはずだ。でなけ
れば成虫などよりも弱いはずの卵や幼虫が、そんな環境で育つとは
考え辛い。

72 :No.21 邪念のかたまり 2/3 ◇rmqyubQICI :07/08/27 00:01:20 ID:+H3jP2jW
 しかし、もしそうであるなら、待ちに待った幼年期の終わり、期
待に溢れて外の世界へ飛び出した蝉は何を思うだろうか。まぁこん
なものか、と納得しはしないだろう。彼らは世界を恨み、そして一
週間の後、ぽつぽつと地に落ちて死んでゆくのだ。
 だとすれば、これは詐欺だ。欺いたのは誰かと問われれば、神と
答えざるを得ない。誰が好き好んで、こんな地獄の釜じみた場所に
出てくるものか。
 家の庭で、裏にある木の上で、そして町中のいたるところで、今
日も蝉たちが叫んでいる。これはきっと、神への抗議だ。七年間我
慢すればあとは外の世界で自由に飛び回れるぞと、そんな甘い言葉
でだまして、自分たちを暑い暑い釜の中に引きずり出した神への抗
議。
 聖書のアベルを思い出す。兄カインに殺された、始祖アダムの息
子アベル。史上初めて殺人の犠牲者となった彼は、今も煉獄の中心
で兄の断罪を乞うて叫んでいるという。
 あぁ、なんてことだ。私がいつもその叫びをうるさいうるさいと
なじっていた蝉たちは、哀れなアベルの霊だったのだろうか。それ
なら私は彼らになんと詫びればよいのか。そして彼らの神は、いっ
たい何をしているのか。
 あぁ、これは、なんという――――

73 :No.21 邪念のかたまり 3/3 ◇rmqyubQICI :07/08/27 00:01:37 ID:+H3jP2jW


 ――ん?
 あぁ、なんだ、寝てしまったのか。アイスの棒をくわえたまま寝
るとはなんて危険な……。
 はて、今は何時だろう。確かさっきのニュースは夕方六時くらい
のものだった。ノートパソコンがスリープ状態になっていることか
らして、ゆうに三十分は経っている。そういえば今日は日曜だった
な。こうしてはいられない、はやく続きを書かねば。
 ブーンという低い音がして、パソコンの画面が明るくなる。いつ
も見ている掲示板のスレッドの一つが開かれていた。レスは六時前
の時点で止まっている。とりあえず一通り目を通して、更新のアイ
コンをクリックする。そして一番下まで画面をスクロールさせた私
の目に映ったのは――


−−−ここまでです−−−


 あ、ここまでですか。もうそんな時間ですか。
 えーと、品評会……。
 あぁもう、なんでこんなときに寝ちゃうんだ。なんで私はいつも
こうなんだ。あんな訳の分からないこと考えなきゃ投下できてたか
もしれないのに!
 ……まぁもう悔やんだってどうにもならないのだけれど。
 まったく……とんだ邪念だ。







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