【 『紳士で紳士的』 】
◆InwGZIAUcs




67 :No.20 『紳士で紳士的』 1/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/26 23:51:28 ID:FkikrFkY
「ずっと前から好きだったんだ……彼女になってほしい」
 大学の校舎に隠れた日当たりの悪いベンチの上、靴を履いたまま正座をするのは、
希望に対する期待と絶望に対する懸念の狭間で揺れている高辻心(たかつじこころ)。
 そんな心の正面には、水澤夕子が座っている。小柄な彼女は今、
鳩が豆鉄砲を食らったような顔を、心の真摯な眼差しに射抜かれていた。
 そう、大学生活が華やかなものになるかどうか、心は今岐路に立っていた。
「だ、駄目かな?」
「いや、えっと……うんちょっとビックリしちゃって……時間欲しい、かな?」
「あ、うん分かった。水澤がいい時に返事してくれ」
 じゃあっと手を上げベンチから離れていく心。その様はあくまでも真摯で紳士的。
 夕子に背を向け全身を震わす心は小さく呟いた。
「成功……かな?」
 まあ、考える時間が欲しいということは全く希望がないわけでもないし……。
 と、頭の中を整理する心の得意技が発動し始める。

――発動! 心の得意技、脳内会議!
――議長は脳内彼女! 議員は小さいサイズの心本人×20くらい!
「第五回、水澤夕子の『ハートを射止める大作戦』の反省会と今後のことについてを考えたいと思いまーす!」
 イエーイと緊張感のない声を張り、議長を務めるのは水澤夕子によく似た小柄な美少女。
 そう、モテナイ心の切ない気持ちが生み出した脳内彼女だ……悲しい産物である。
「えー高辻心の環境的なキャラクター、内面的なキャラクターを考慮した結果の作戦、
『真摯で紳士的』に告白が、辛うじて成功の域に達したよ? よかったね!」
 そう言うと、議長を取り巻く心達から拍手が上がる……一部を残して。
「さて、じゃあ今後の事について――」
「異議あり!」
 拍手をしなかった一部の心から悪態まじりの声が響き渡った……彼らは邪念派の心達だ。
「もっとライトなノリで告っちゃった方がよかったんじゃないの? ほら、硬いから夕子ちゃんも
考える時間が欲しいって言ったんじゃないの?」
 邪念派の代表がそう言い放てば、正道派は黙っていない。
「馬鹿が! 心は学校で真面目で寡黙なキャラが定着している今、ライトなノリなんて

68 :No.20 『紳士で紳士的』 2/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/26 23:51:42 ID:FkikrFkY
出来るわけないだろう! 女の子の前でそんなことしてたら逆に奇異な目でみられるわ!」
「は? だからいつまでたっても彼女ができないんだよ……真面目で弱いをカモフラージュしやが――」
「ストーーーーップ! んもう、止め止め! もう過ぎた事なんだから邪念派は黙ってて下さーい!」
 議長に言われては敵わないといった風に、邪念派は肩をすくめて見せた。
「とりあえず、今後はどのように水澤夕子接するかを決めましょー?」
 その後会議の結果は七対三で正道派主張の『紳士で紳士的』が決定された。

 心が夕子からOKサインが届けられたのは、おっかなびっくり翌日の事だった。
 二人が所属しているテニスサークルの帰り道、追いかけてきた夕子に心は動揺しつつも、
『紳士で紳士的』に振舞った。
 そして心はついに夕子と恋人になることができたのだ。
 肩を並べて歩くということがこんなにも嬉しいことだと誰が知っていただろう? ああ、
そこの道行く人にもこの気分をお裾分けしたいなどと考えていたのもつかの間……。

――ここでまた発動! 心の得意技、脳内会議!
「第六回、水澤夕子との『初めての交際大作戦』について考えたいと思いまーす!」
 議長が可愛らしく会議の内容を発表すると、夕子という彼女が出来たかおかげか、
かなりテンションの高い議員達は熱烈な拍手を巻き起こす。
「えーっと、とりあえず夕子ちゃんゲットでおめでとう! がんばったねぇ!」
 おおー! と歓声が上がる。
「でも今回の会議は緊急会議です。皆さん迅速に議決を行いましょう! 議題はそう、このタイミングで
夕子ちゃんの手を握るどうかです!」
 正道派の主張。
「付き合ったその日に相手の体に触れるのは少々『紳士で紳士的』という方針からずれているのでは?
時間はある、ゆっくり行こうじゃないか」
 邪念派の主張。
「そもそも『紳士で紳士的』がくだらねえんだよ。大学生になって手の一つも握れないとか冗談だろ」
 両派は真っ二つに分かれた。
 が、今回ばかりは邪念派の勢いが凄まじい。正道派もかなり多くが邪念派に寝返っている。
 つまり、心自身紳士とか振舞ってる余裕がなく、下心がざわざわと蠢いているのだ。

69 :No.20 『紳士で紳士的』 3/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/26 23:51:57 ID:FkikrFkY
「ストーップ! んもう、喧嘩はメッ! んじゃあ多数決とります。手を繋ぎたい人! 手を繋ぐのは
見送る人!」
 結果、七対三で邪念派主張の、手を繋ぐことに決まった。

 心は自然にさりげなく手を夕子の手に潜り込ませた……が、
「え、ひゃ!」
 夕子はびっくりして手を離してしまった。
「あ、ごめん水澤」
「え、ちが……ごめんね、今日ちょっと私テニスで手怪我しちゃってさ……うん、
じゃあ私こっちだから……またね!」
 そう言って夕子はトタトタ走って去ってしまったのだ。
「これは不味かったのか……?」

――おきまり発動! 脳内会議!
「第七回 水澤夕子との『初めての交際』を考えたいと思いまーす!」
 議長が議題を発表するまもなく、正道派が火蓋を切った。
「だから言ったんだ! まだ早すぎる! 相手の気持ちも汲めない男に成り下がるのか!」
 この主張にはさすがの邪念派も肩身が狭いらしい。
「いや、ただ夕子ちゃんの手の調子が悪かっただけだろう?」
「それだけであんな反応にはならないだろう!」
 口論は声の弾丸の飛ばしあい。議長は頭を抱えて息を大きく吸い込んだ。
「あーもうだまらっしゃい! 起きちゃった事は仕方ないから、さっさと結論だすよ? 
これからの振る舞いとしては、やはり最初の『真摯に紳士的』でいい? 賛成の人! 反対の人!」
 結局、劣勢だった正道派は息を吹き返し、『真摯に紳士的』の方針が決定されたのだった。

 楽しい時に過ぎる時間は早いという。
 心もその例に漏れず、夕子との時間を楽しんでいるのだが……。

――もう何回目か分からない発動! 脳内会議!
「えっと、第三十六回? 水澤夕子との『初めての交際』を考えたいと思いまーす!

70 :No.20 『紳士で紳士的』 4/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/26 23:52:12 ID:FkikrFkY
今回の議題は、交際三日目にして隣に座る彼女の肩を抱いてもいいかどうかでーす!」
 議長の発表とともに、変わらず優勢の位置にいる正道派はお決まりの文句を垂れ流す。
「だから、何度も言うがそういう軽はずみな行動をするとまた嫌われるんだよ! 最低一ヶ月は様子をみろ」
「アホか! 一ヶ月も待ってられっか!」
 といった風に、毎回夕子と良いシーンがあるたび正道派の主張に邪念派は押さえ込まれてしまう。
 やはり手を振り払われた事件は心のこころに影を落としているらしい。
 それにしても本当にこの心という人間は奥手なのだろう……むっつりとも言うかもしれないが。

「もう別れよう?」
 付き合ってから一ヶ月、そう切り出したのは夕子だった。
「な、なんで急に? ほかに好きな人でもできた?」
「んーん……だって一ヶ月も経つのに心君何もしてくれないんだもん!」
 どうやら手の事は本当に怪我をしていて、一から十まで心が勘違いしていたらしい。

――切なく発動! 脳内会議!
「第百八回、水澤夕子との『初めての交際』を考えたいと思います……その、議題は反省会ですね」
 放心した議員達は明後日の方向を向いて涙目を浮べている。
 そんな中、邪念派の一人が呟いた。
「だから言ったのに……手は怪我しただけ、あの日は何か用でもあったんだろう? たったそれだけの
勘違いでそんな……大体今時流行らないよ『真摯に紳士的』とか」
 この言葉に誰も反応は出来ていない。全くそのとおりだからだ。
「えーっと、今回は時には狼な所を出さなければいけないという貴重な経験を得ることができた
ということで……次があるとしたら『真摯に紳士で狼的』な感じかなあって、皆さん聞いてますかー?」
 ……。
「まあ今日くらいは何もかも忘れて泣いてもいいん……じゃないみたいですね。はいはい次の議題に
取り掛かりまーす……えー第一回、『傷心を癒すために買うギャルゲーは人としていかがなものか』
について考えましょーう!」
 すっかり凍えてしまった会議場。
 結局、「人に迷惑がかからないからいいんじゃね?」という気のない意見が両派全議員一致したとか……。
 <終わり>



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