【 「疑問」 】
◆k.D2pTMHV.




59 :No.17 「疑問」 1/2 ◇k.D2pTMHV.:07/08/26 23:43:51 ID:FkikrFkY
「やっとこの日が来たか」
 ある部屋の一室で、男が古びた本を大事そうに抱えている。
 「遂に手に入れたこの魔法の本。これで長年の夢をかなえることができるぞ」
 男は本を開くと、何やら不思議な呪文を唱え始めた。すると、男の足元に魔方陣が現れ、それに連動するかのように本から黒い煙が立ち上る。やがて煙は一箇所に集まり、巨大な悪魔の姿を作り出した。
 羊のような頭に、青い角が二本。目は赤く、体は闇のように漆黒で、思わず目を背けてしまいそうに禍々しい。胸と思しき部分には、小さな星のようなものが無数に散らばっている。
 「私を呼びだせるのは、強い邪念を持つ者しかできない。呼び出したのはお前か?」
 ギロリと悪魔が男をにらむ。
 「そうだ。ぜひ叶えて欲しい願い事があって呼んだのだ」
 「よかろう。願い事を3つ叶えてやる。金が欲しいのか、それとも権力か」
 「バカ言っちゃいけない」
 男は悪魔の迫力に動じることもなく、さもアホらしいといったふうに首を振る。
 「そんなつまらない願い事をするために呼んだのではない。私が叶えたいのはもっと崇高な願いだ」
 「ほう。面白いことを言う奴だ。では、聞かせてもらおう。お前の願い事は何だ」
 男はごくりとつばを飲み込み、きっぱりと答えた。
 「彼女をそのままこちらの世界に連れてきて欲しい」
 魔人は男の指差す先を見て、当惑した顔をしてみせた。
 「彼女とは、あの、パソコンのモニターに映っている絵のことを言っているのか」
 男のすぐそばに、1台のパソコンが置かれ、そのモニターの画面には今流行のアニメ調の女性キャラクターの絵が表示されていた。
 「そうだ。俺はつくづく思い知ったのだよ。この世に最高の女などいないということを。それに比べ、創造物の中の女の何と理想的
なことだろう。浮気はしないし、俺だけを愛してくれる。それに何より可愛いときている」
 男はうっとりとした目で、画面に表示されたそのキャラクターを見つめる。その顔は正気を失った、狂人のそれであった。
 「俺は彼女とぜひとも付き合いたいのだ」
 「ふーむ、そういうものなのか。お前の熱意はよく分かった、叶えよう」
 そう悪魔が言うやいなや、ボンという音と共にもくもくと煙があがる。そして、煙がはれると1人の女性がそこに立っていた。


60 :No.17 「疑問」 2/2 ◇k.D2pTMHV.:07/08/26 23:44:07 ID:FkikrFkY
「おお、これでやっと会え…、ヒェッ!」
 男は煙の中から現れた女性を見て、腰を抜かした。確かに現れた女性はあのキャラクターではあるものの、
腕や顔などの骨格が歪み、その姿は実に不気味なものだった。
 「こ、これじゃ、化け物じゃないか。戻してくれ、早く!」
 男が慌てて悪魔にそう言った瞬間、女性の姿は跡形も無く消えていた。
 「くそっ、なんだってあんな気味の悪い姿で現れたんだ」
 「私に文句を言われても困る。お前の言われたとおり、そのままの形で彼女をこの世界に呼び込んだのだぞ」
 男は息を落ち着けて、冷静に考え始めた。
 「やはり人の書いた絵である以上、骨格や筋肉の描写が正確でないために、あんな風になるのだろうな」
 「さて、どうする、願い事は彼女を画面に戻したことで、あと1つだけになったぞ、続けるか」
 「もちろんだとも。やはり、二次元の者をこちらに呼び寄せたのがマズかった。こうなったら最後の手段か」
 男は決意を固めると、最後の願い事を悪魔に告げた。
 「あのキャラクターの登場する世界の主人公にしてくれ。それが最後の願いだ」
 悪魔はそれを聞き、うんざりとした顔をしてみせた。
 「本当にそれで良いのか、二度と戻ることはできないぞ」
 「それはこの願い事をする前から覚悟していたこと。俺を爪弾きにするこの世界に何の未練があろうか」
 「そこまで決意しているなら、分かった。叶えよう」
 再び部屋に煙が湧き上がると、男の姿を包み込む。そして男と煙は一緒になって、そのまま画面のモニターへと吸い込まれていった。
 やがて、モニターの画面にはゲームスタートの表示が浮かび上がってきた。
 「やれやれ、あの男。分かっているのだろうか。あの世界はプレイする者がいて初めて存在する世界。自分で自由に動き回れないということに。しかも、この願いを叶えるのはこの男で何人目だろうか」
 悪魔が自分の胸の部分を見やる。そこには小さな星のようなものが新しく浮かび上がっていた。
 「人間は実に愚かだ。皆、自らの願いで自滅する。しかしだ。私を呼び出すのは強い邪念を持つものばかり。ひょっとすると、私はこの世界を……」
 まさかな、と悪魔はフッと浮かんだ疑問を打ち消すと、本の中に吸い込まれていく。
やがて、その姿が完全に本に吸い込まれると、本はかき消え、後には誰かのプレイを待つゲームが残されているだけだった。



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