【 「はじまり」の始まり 】
◆luN7z/2xAk




52 :No.15 「はじまり」の始まり 1/4 ◇luN7z/2xAk:07/08/26 23:37:13 ID:FkikrFkY
 ――王の心は、とても荒んでいた。
最近は食事もほとんどお取りにならなくなった。そのせいか、顔色もあまりよろしくないようにも見える。
それに比例してか、城下町の活気と勢いはどんどん衰えていった。いや、その王がそうさせているのだ。

「・・・・・・して、お主は何用でこちらへ参った」
 今日も謁見が始まった。王は威厳と不機嫌さをあらわにしながら促す。
どうやら、謁見を希望した者もいささか不安になっていたようだった。
農民の格好をした若者。国の住民の代表できたとのことだった。
まぁ、昨日までのことを聞けば当然だろう。
それより、「勇敢な若者だ」と讃えられても当然だと思えるようなことをしていた。
若者は跪いたままゆっくりと口を開く。
「・・・・・・はっ。 私は今日、住民税の緩和を頼みたく
ダン、という音が響いた。それは王が玉座から立ち上がる音だった。
王は鬼のような形相で若者をにらんでいる。
「貴様! 国のための金が払えぬと申すのか!!」
「い、いえ・・・・・・国にこの身を捧げるのは本望ですが・・・・・・」
「だったら何故税の緩和などを申し立てる!」
「・・・・・・このままでは多くの者が飢餓で死んでしまいます。
 昨日も、道端で人が倒れておりました。 税を下げるのが無理なのなら、せめてわずかな食糧を
王が激怒して投げつける質問を、若者はその目を見ながら答え、また懇願する。
これ以上口論が激化すると、それこそ昨日起こったような出来事になりかねない。
それは、私が見たくない。
そう思った私は、若者に助け舟を出すことにした。

53 :No.15 「はじまり」の始まり 2/4 ◇luN7z/2xAk:07/08/26 23:37:29 ID:FkikrFkY
国王。 住民たちは命さえも危うくしているようです。
 財政面では今のところ問題ないようなので少し引き下げては・・・・・・」
しかし、これが逆に火に油を注ぐ形になってしまった。
「ならぬ! 大臣よ・・・・・・お主も国民の方が大事なのか・・・・・・?
 この私を憎み妬み続けている、こやつの方が大事だと言うのか?」
こやつ、と言って未だ跪いている若者に目を向ける。
このままでは駄目だ、と思った。 だが、安直な言葉しか思い浮かばない。
「国民は、あなたを信じております。 ・・・・・・誰も憎んでなどいません。」
若者も立ち上がって続ける。
「そうです! 私たちはあなたを慕いここへ集っているのです!
 あなた様を憎む理由など、どこにありましょうか!」
「頭を下げい!この無礼者が!!
 そんな軽い言葉でやすやすと乗せられると思ったか!
 ・・・・・・そうだ、いいことを思いついた」
 今までただ怒ってばかりだった王が、いきなり落ち着きを取り戻した。
今まで数多王の返答を見てきたが、こんな顔をするのは初めてだった。
まるで、何か悪いことを企んでいるような目。
私は頭にまとわりつく「悪い予感」を、一生懸命振り払おうとする。
違う違う・・・・・・王はそんなお方じゃぁない・・・・・・
「貴様、面白いことを言っていたな。 国にこの身を捧げるのは本望だと」
今度はにやりと笑う。
「税の引き下げと食糧の供給を認める代わりに、貴様の首を貰おうじゃないか。
 国と国民のために死ねるのだ。 本望だろう?」
若者の顔が、みるみる真っ青になっていくのが、近くから見なくてもよく分かる。
何も言わずにはいられなかった。
私は何度もこの男が人を殺める決断を下したところを見てきたのだ。それも、些細な理由で、だ。
私はいつも呆然と立ち尽くしているだけだった。
今日は、私が口添えをしても全くの無意味だった。 私は、無力だったのだ。
だが、それでも、何もせずにはいられない。

54 :No.15 「はじまり」の始まり 3/4 ◇luN7z/2xAk:07/08/26 23:37:44 ID:FkikrFkY
 私は、無力でしかない台詞を吐く。 その先、どうなるかは分かっていた。
「国王! それはあまりにもおかしすぎる!! そんな話は、あなたの口以外から聞いたこともない!!」
「なんだ、お主も逆らうのか? こいつも牢屋に閉じ込めておけ。 まだ、殺すなよ」
王そう言った瞬間に、左右から逃げられないように体を締め上げられるのを感じた。
私と親しい仲であった兵たちにこんなことをされるとは、思ってもいなかった。



 その後、私はあの勇敢な若者が死刑台に上り殺されたことを知った。
周りにいた兵たちは、王の笑い声が聞こえたという。

独房の中で私は、半年前の王が話していたことを思い出していた。あの時の深刻な顔はよく覚えている。
あれは・・・・・・そうだ。怪しい占い師が、この城を訪ねてきてから一週間後の話だった。
 ――――私は、あの占い師の声が、どうしても忘れられないのだ・・・・・・
国民がもしかしたら私を信用してくれていないのではないか。  いえ、そんなことはございません。
もしかしたら、お前が私に反感を抱いているのではないか。  いえ、全くございません。
あの玉座に座っている間も邪念と雑念が消えない。私は不安でならないのだ。   ・・・・・・・・・・・・。

 今考えると、私はどうしてあんな大事な話に真摯に答えられなかったのだろう。
私がじっくりと王と話をしていれば、ここ最近の話などきっとなかっただろうに・・・・・・。

ならば、私にはせめてやることがある。

「大臣・・・・・・いや、元大臣殿。 死刑台へ上る時間です」
見覚えのある兵が私に向かってくる。 私は立ち上がると、人差し指を立て、「少し待ってくれ」のサインをした。
「分かった。 だが一つお願いがある」
「えぇ、なんなりと」

「手紙を、書かせてくれ」


55 :No.15 「はじまり」の始まり 4/4 ◇luN7z/2xAk:07/08/26 23:37:59 ID:FkikrFkY
――この町から「勇者」が旅立つ、という噂は瞬く間に広がった。
ベール城下町。 水の都で有名な町だ。

「本当に行くのね、シュウ」
「あぁ、王様からの命令さ。 ・・・・・・それに、あんな話を聞いて放っておけるわけがないよ」
少年シュウは、着慣れた服を身に着けると、綺麗に手入れしてある剣を二、三度回転させてみせた。
剣は差し込んでくる光に反射して、虹色に輝いた。
「連絡、ちょうだいね。 無理はしないのよ」
「少しは無理しなきゃ何もできないよ」
肩を優しく叩く手を振り払いながら、口を尖らせた。
「でも・・・・・・勇者っていうのはおかしいな。 ただ隣の国を助けるだけなのに」
苦笑する。 でも、そう言われるのも悪くはないな、と内心で思いながら。

「それじゃぁ行ってくるよ」
 勇者は家に背を向け歩き出す。右手を軽くあげて、左右に振って別れを告げながら。

その時、大きな歓声が湧き上がる。

「「「勇者シュウ、バンザーイ!!!」」」

 勇者はもう一度、苦笑した。
今度は、大きな声で「行ってきます」を返した。
しっかり役目を終えて・・・・・・残虐で愚かな王を倒して帰ってくるのだと、決意を固めながら。


fin



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