【 『淀み』 】
◆8wDKWlnnnI




41 :No.12 『淀み』 1/3 ◇8wDKWlnnnI:07/08/26 23:16:28 ID:FkikrFkY
 「消えろ。お前はこの世界に唯一存在しなくていい汚物だ」
 「お前のどこに存在理由があるんだ。もし一ミリでも希望なんてモノをぶらさげているんなら完全に叩き潰してやる。お前に希望な
んか絶対に許さない絶対に絶対に絶対に……」
 「死ね」
 「はじめから分かってたよ、君はそういう生き物なんだって。くさいんだ、匂いで分かるよお前みたいなヤツはなにもかも臭くて汚
ないんだ早く死ねよボケが」
「笑うな、気持ちわるい」

 ある日、僕はなにもかも失った。もとから何も持っていなかったのに、全てを奪われた。抜け殻のようになった僕をみた母親はずっ
と泣いていた。父親はすぐに諦めて、頭の中から僕という存在を抹消した。
 知らない間にふえたしわが顔に幾重にも刻まれた。鏡にうつる僕は歳がいくつなのかよく分からない。もっと増えればいいに。
 日替わりで人が何人も訪れた。訪れた人は僕を見つめて動かなくなる。帰る頃にはすっかり怒って、僕にツバを吐く。
西日が指す頃にガタイのいいオッサンの局部を口で洗う。オッサンは気持ちよさそうに上を仰いでいる。そのあと顔面を何発も殴られ
ながらぶちこまれ、射精する。
ゴミをあさり使用ずみのコンドームを集め瓶に詰め、仏壇に飾る。後で母親の悲鳴が聞こえてきた。そのまま自分のモノをしごく。
川のほとりで休んでいた仔猫の内蔵をナイフでえぐり、内蔵でほとりに丸三角四角を作り子供たちにやらせた。
これは粛清だ。行為に意味などない、あるのは機械的に洗麗された衝動だ。プロパガンダを全ての……ほら何も変わらない。だからイ
ヤなんだ。縦に振るにしろ横に振るにしろ、肝心の振りかざす物がなければな……。

 やがて訪れる人々が少しずつ減っていき、一人の時間が長くなると気分が落ちついた。誰も訪れなくなったのを確認してから僕は家
の外にでた。行き場所もなく、ただふらふらと歩き回った。
 知らない街を歩いていると自分の体がやけに軽く感じる。存在感が希薄で、ふわふわと浮いてる綿ぼこりみたいに流されている。僕
は物や人にぶつかっては手ではらわれ下へ下へと落ちていった。ただ落ちていった先は以外にも心安らぐ空間だった。
 新橋の高架下の飲み屋で出会った頭のいかれた掃除屋は、僕をみると一目で気に入ったようだった。
「たぶん人として大切ななにかが抜け落ちてる。世間一般でいう情けみたいな物が、すっぽりと抜けてるな」
 黙って聞いていた僕の顔をみて掃除屋はヤニのついた歯をみせて笑った。
「なんか言えよ。普通こんなこと言われたら、怒るとか落ち込むとか色々あるだろ。」
 普通ってなんだっけ、僕は思い出せなかった。昔から普通じゃなかったのかもしれない。
「……おいそんな顔すんなよ、参ったな。まあ飲めよ」


42 :No.12 『淀み』 2/3 ◇8wDKWlnnnI:07/08/26 23:16:46 ID:FkikrFkY
 その日から掃除屋のぼろアパートに上がり込んだ。掃除屋はとくに何も言わず自然に僕の存在を受け入れた。毎日夜仕事に出かけ、
朝方に帰ってくる。なにげない時間をゆっくり一緒に過ごしていく。からだの周りを暖かな泥で包まれた様な、奇妙な安心感を覚えた
。その泥につかりながらしばらくまどろむ。
 そこではあまりに平穏に日々が過ぎて行くので、ある日急に怖くなった。全てが壊れ、またあの狂気の中に取り込まれるのではない
か。言いようのない不安がつのり、そのうちにあの声が聞こえてきた。

 「お前が何をしてきたのか考えたら笑って過ごすなんて出来やしないよな、お前は誰だ? ほら言ってみろ。違うそれはお前じゃな
いお前は誰だ?」

 危なかった僕は救われてはいけないんだった。何をしていたんだろう。この掃除屋を殺そうかと一瞬悩んだがそれではあまり意味が
ない。何も残らないほどの救いのなさ、それが採るべき行動でありこの世界に示す僕の精一杯の礼儀であるべきだ。そうだアイツを呼
ぼう。
 掃除屋が家に帰って来たとき、一緒にヒスおんながいた。
「あら、お帰りなさい。ずいぶん遅いのね」
「……ああ、それは誰なんだ?」
「誰でもいいじゃない、アンタ突っ込めれば壁に開いてる穴でも突っ込むでしょうが、この下衆が! とっても愛してるだから一緒に
腰にナイフで刺し合いしましょう、だってお前の汚い陰茎よりは数倍ましだからよ!」
 掃除屋が寂しそうにこっちを見つめた。
「悪い冗談なんだろ、なあ言ってくれよ」
「お前の全てが冗談なことみてえに悪い冗談なんかこの世にないんだよ、愛してる。」
 そのあとも、そんな会話がつづいた。つぎの日、掃除屋はその自分の部屋をでていった。僕はその部屋に残った。
誰もいない部屋の中で一人で過ごしていると、たくさんの人々が訪れる様になった。僕は壊れた。



43 :No.12 『淀み』 3/3 ◇8wDKWlnnnI:07/08/26 23:17:05 ID:FkikrFkY


「お母さん、お子さんの症状は一種の解離性同一性障害、つまり俗に言う『多重人格症』です。症状が重くなっています。」
 そして僕はまたここに戻ってきた。母親が心配してる声が部屋の外から聞こえる。
「そんな、あの子にかぎって。先生……治療法は、あの子が治るにはどうしたらいいんですか」
「多重人格者の精神治療は確率的にも非常に成功しにくく、完治となると極めて少ないのが現状です。でもあきらめずに治療を続けま
しょう、もしよければ持病の治療の方も平行して当病院で……」
 ああ、またここに、この場所に戻ってきた。喋ることができない、舌が膨らんで息が苦しい。母親が帰ると彼が入ってきた。
「ああ、私のかわいい天使、君はそのままでじゅうぶん美しい。おいでおいで、さあ始めよう」

終わり



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