【 目覚めの時 】
◆h97CRfGlsw




33 :No.10 目覚めの時 1/4 ◇h97CRfGlsw:07/08/26 22:41:06 ID:FkikrFkY
 人類が発展し、その勢力を宇宙にすら伸ばそうとする現代。しかして職業難や格差、ホームレスとニート、飢餓に内戦。それらの問題は依然として根強く、人々の心も時代の経過と共に少しずつ、荒んでいっていた。
 人を信じず交わらず、自分の世界で生きるもの。人を裏切り、だまし、私服を肥やすもの。醜く争い、勝ち負けに拘る愚かなもの。目に映るもの全てを呪い、自ら命を絶っていくもの。諦観し、全てに流されて生きていくもの。
 世界は負の感情に覆われているといっても過言ではなくなっていた。怒りと憎しみ、妬み嫉み、渇望と怨嗟。ありとあらゆる邪念が世界から溢れ、集結し、渦巻き、天高く舞い昇り、そして──
「そろそろ……我の君臨が近い」
 
 魔王が今まさに、目覚めの時をむかえようとしていた。


34 :No.10 目覚めの時 2/4 ◇h97CRfGlsw:07/08/26 22:41:25 ID:FkikrFkY
「人間の邪念を食らい力を蓄える我だが……昨今の人間から溢れるそれは、特に強くなってきておる」
 いわゆる一つの魔界。その玉座にふんぞり返る魔王は、ぱっと見桁が一か二かと迷うような少女であった。上質な絹と比べるのもおこがましいとさえ思わせる程の流麗な黒髪に、傾国のと形容して差し支えないような美貌。魔王は女王であり、今は少女だった。
「人間も色々とあるのだと思います。ここ最近は魔界も就職難ですからね……。同情も禁じえません。ホントに頑張って欲しいものです」
「うむ。しかしなルルよ、彼奴らは我らが魔族の糧となるべくして存在する生物。贄に憐れみをくれてやるのは勝手だが、所詮は搾取と謙譲で成り立つ間柄。それは偽善にしかなりえん」
「は。リーム様のおっしゃる通りでございます」
 尊大な口調でものを言う魔王──リームに、男装の麗人が恐縮して頭を下げる。ルルと呼称された魔族の女性は、魔王に代々仕える家系の末裔だ。前勇者に討ち滅ぼされた魔王が御身を現世に具現化されたと聞いて、再び側近の任についていた。ルルはワープアだった。
「まあ、お前も我の世話という仕事にありつけたのだ。下々や下等な生物のことはひとまず放っておけ。それより、我は今よりも多くの人間の邪念が欲しい。無様な姿ではあるが、ようやっと自身の体が使えるようになったのだ。もっと強い力が欲しい」
「は。それでしたら、事前に偵察のものを下界へと走らせておきました。入手した情報を元に調べた、今人間界で最も邪まな空間へ直接赴かれるのが最善策かと愚考します」
 ふむ、とリームは得心したように頷いた。今現在、リームは力を失った状態にある。つい最近まで憎き人間の勇者ご一行様に異空間へ封じ込まれていたのだ。少しずつ蓄えていた負のエネルギーで再び現世に姿を現せたものの、少女の姿での降臨となった。
 リームは大きすぎる玉座からよいしょと飛び降りると、部屋の隅のほうにぽつんと立てかけてある大きな鏡へと向った。隠居期間中に伸び放題になっていた身の丈の倍以上あるであろう程長い髪を気にせずずるずると引きずるので、慌ててルルは後を追った。
 ルルが散髪の提案をすると、リームは素直に頷いた。長い髪を持ち上げてばっさりと背中の辺りで切りそろえ、前髪を整える。容姿には無頓着なのか、リームは髪型について何も言及しなかった。後で別料金取れないかしらと密かに思うルル。
 リームの住む魔王の間は、赤と黒を基調とした暗い雰囲気の部屋であったが、件の鏡だけが煌びやかに異彩を放っていた。人間の世界へと続く唯一の移動手段である神器だ。リームはその鏡を覗き込むと、ううむと首を傾げた。
「久方ぶりに覗いてみるが、いやはや、ずいぶんと凄惨なありさまよ……。これでは魔界よりも混沌としているのではないか? って、うわ! お、おい、ルル、少しこれを見てみよ!」
「なんでしょう? あ、これはセントウキというものですね。空を滑るように走り、触れれば穴をあけてしまう隗や、全てを粉砕する箱などを使って戦う兵器です。格好いいですよね。最近の子供は皆これに夢中ですよ」
「セ、セントキ? こ、こんなのに勝てるのか、我は……い、いや! 全盛期の力を取り戻しさえすれば、こんなものはカトンボにすぎん。片手で振り落としてくれるわ」
 冷や汗を垂らしながら、蝿を追い払うようなジェスチャーをしてみせるリーム。完全に顔が引きつっている。もっとすごいのが一杯あるんですけどとルルは言いたげだったが、姿形も相まって本当に泣き出しそうに見えたので、止めた。
「力を取り戻すためにも、今は早く邪念の吸収に専念したい。ぼさっとしていないで、さっさとその邪念溢れる場所を教えろ!」
「あ、はい。えっと……ここです、この細長い国。この国の……この周辺から、強大な邪念を観測しました」
 ルルがその場所をモニターすると、リームは思わず唸った。狭苦しい空間に、詰め込まれるようにして納まっている人間が、誰ともぶつかることなく流れている。最後に人間の世界を覗いたのが中世の時代だったリームは、全てが真新しいものに見えた。
「こ、この細長い銀の塔はなんというものなのだ? い、いや、色々と聞きたいこともあるが、百聞は一見にしかずという言葉があるらしい。善は急げとも言うそうだ」
 早く行ってみたくてしょうがないという顔のリームに、ルルは苦笑を漏らした。魔力の有無は精神の成熟にも関係するのだろうか。裸のまま鏡に飛び込もうとするリームをおさえ、服を着せる。以前使いに買わせた人間の服だ。
「では、行きましょうか。人間の街──アキハバラへ」
 こうして魔王は、荒みに荒んだ人間の世界へと、長い年月を経て復活したのだった。


35 :No.10 目覚めの時 3/4 ◇h97CRfGlsw:07/08/26 22:41:43 ID:FkikrFkY
「なんという……なんという邪念か! 人間の世界、まさかこれほどまでとは。少し偏りがある気もせんが、深い負の感情が心地よく吹き付けてくるではないか」
 人間界へと降り立った魔王は、慄然とその体をうち奮るわせた。口元を少女らしからぬ邪悪さで歪め、さも嬉しそうに笑んでいる。今にも高笑いしだしそうなノリのリームをなだめながら、ルルはとりあえず裏路地から出てはと提案した。
「す、すごい、すごいぞ。ふふ……ふはははははっ! この調子なら、我の完全なる目覚めは近い!」
 人通りの多い場所に出ると、リームはとうとう堪えきれなくなって笑い出した。ルルが慌ててたしなめるが、リームはもうどうにも止まらない。実際のところ、ルルもこの空間にきてから体に鳥肌が立つほどの邪念の奔流を感じていた。
 道を歩く人間一人一人から、ありえないほどの邪念が溢れ出ている。それも自身の内に押し留めるような形ではなく、周囲にぶちまけているような印象だ。これが人間なのかと思わせるほど、彼等はおぞましいオーラを身にまとっていた。
 リームが騒ぎ立てるので、二人の周囲には次第にちらほらと人が集まってきていた。年端のいかない可愛らしい少女と、男装した美人がセットで騒いでいれば、誰だって気になるものである。俺だって気になる。
 人間如きに自分たちをどうこうできるとは思わないが、ルルは一応警戒の姿勢をとった。気持ち良さそうに邪念を浴びていたリームもようやく周囲の変化に気付いたようで、高笑いをやめ、きょろきょろと辺りを見回しだした。
「なんだお前たちは。落ちぶれてもこのリーム、いずれ貴様らの世界の頂きに君臨する、魔王な」
 パシャ! リームの言葉を遮るように、聞きなれない音が一つなった。リームが不思議そうにその音の方に目を向けると、再度のシャッター音。その流れに乗っかるようにまた一人、また一人と写真を撮り始めた。なんだかよくわからないリームは困惑顔だ。
「おい、なんだその箱は。変な光を放つのは止めろ! 我の苦手な光魔法か!」
「すいません、目線お願いします」
「これなんのコスですか? 半月? ディス? 単純にエルフ?」
「やっべ、なにこれ、神レイヤー遭遇かよ」
「な、なんなのだ、お前たちは……」
 わけもわからずパシャパシャとやられているうちに、リームはガードレールまで押しやられていた。後退っていたのでそれに気付かずぶつかってしまい、なんだと振り返ると鼻の先をトラックが通過していった。リームの顔から表情が掻き消えた。
 なんとかリームを助けようと頑張っていたルルだったが、こちらもこちらで店の壁に追いやられて身動きが取れないでいた。瞬く間にその周辺一体は人だかりとかし、とうとう行列まで出来てしまっていた。
「あなどれん、あなどれんぞ、人間というものは……! こ、このままでは、復活以前にこのまま封印生活に逆戻りだ。ま、まさか、勇者の罠であったか!」
「この耳って特殊メイク?」
「ひゃっ! さ、触るな汚らわしい! 人間の分際で!」
 精一杯口汚く罵るが、少女が頑張ったところで高が知れ、さらにここの人間たちは脳内フィルターという邪悪なオーラをまとっているため、かえって火に油を注ぐ結果となってしまった。
 何を血迷ったかもっと言ってくれなどと言い出す人間に全く理解を示せないリームは、だんだんと顔が恐怖に歪んできた。
「わ、私は魔王だぞ! なめるな! 言うことを聞け! ひれ伏せ! おとなしく我に服従しろ! さもなくば命はないぞ!」
「元ネタなんだっけ?」
「さあ。でも結構上手くね? まだ小さいのにさ」
「き、貴様ら……!」
 何故だ、とリームは考える。昔は自分が姿を現せば、皆が皆恐れおののき、何もせずとも服従を誓ったものだ。それなのに、この現状はなんなのだ。人間はこれほどまでに圧倒的になったということなのか。はたまた、我に力がほとんどないことを見透かしているのか。
 そんなことを考えつつも、次第に圧迫されて車道側へと押し出されていく。ケルベロスの泣き声よりも恐ろしい爆音を撒き散らす大きな動く箱が、自分の体を掠めていく。そして目の前には人間らしからぬ邪念にまみれた人間。リームはほとんど半泣きになっていた。


36 :No.10 目覚めの時 4/4 ◇h97CRfGlsw:07/08/26 22:41:57 ID:FkikrFkY
「ふざけるなよ!」
 その時、一人の男が怒鳴り声を上げた。それに反応して皆が押し黙り、注目する。リームも目を向けた。男はストライプのシャツにジーパンの、小太りのメガネをかけた男だった。胸には目の突き出た大層なカメラを構えている。
「コスプレをするのなら、誇りをもってやれ! 中途半端な気持ちでやるな! 恥じらいを捨てるんだよ! 威風堂々と我々と向き合い、強く胸を張るんだ! それがレイヤーのマナーであり、けじめだろう!」
 男の言葉に、一拍置いて周囲が拍手を持って答えた。男はそれを手をかざして受け流し、再びカメラのレンズに目を通し、シャッターを押した。それを皮切りに、撮影会が再開された。
 何を言っているのかさっぱりわからない。しかし、リームは先程の男の言葉に、男の威勢に強く心を打たれていた。昔の人間と彼等は大きく違う。魔王と畏怖された自分に、こうまで強い物言いをするとは。
 誇りをもてと男は言った。ということは、裏返しに彼らは誇りをもっているということだ。家畜のようにひれ伏してきた人間たちとは違う。やわな光しか発することの出来ない武器を持って、魔王たる自分に立ち向かってきている。
 リームは感銘を受けた。考えを改めなければならない。強い邪念を放つ彼等は、荒んだ世界を生き抜く中で、きっと強い心と魂を手に入れたのだ。見下していた人間が、これほどまでに雄々しく美しいものとなったとは。
「おい、人間」
「なんだ」
「我も……誠意をもってお前たちに応えたい。我は、どうすればよい?」
「カメラを恐れるな。見られることを恐れるな。俺たちを恐れるな。俺たちは共同体なんだ! 俺たちに、お前の全て見せ付けてくれ!」
 リームは深く頷くと、目を瞑って深く深呼吸した。精神統一。ここまで気合を込めるのは、勇者たちとの最終決戦のとき以来である。恐れるな。彼等は敵ではない。そう、我らは共同体なのだから──。
 その瞬間、周囲に立ち込めていた邪念全てが一箇所に集まった。それは漆黒の光となって魔王を包み込み、内に眠る真なる力を解放させた。天高く闇の柱がそびえ、魔王の完全復活を世界に知らしめる。混沌と邪悪で世界を統べる魔王は、生まれて初めて心から笑っていた。
 先程の男が、力強く親指を立てる。
「ジャスティス!」
「おお、お前たちぃ!」
 フラッシュを体中に浴びながら、リームは微笑んでいた。知らなかった世界、新しい人間たち、開かれた扉、心地よい混沌。思いつきでさまざまなポーズをとりながら、リームは邪念にまみれていったのだった──。

 魔王に完全なる力が戻ってから十日が経過していた。しかしリームは特に対人間の策をねるわけでもなく、玉座にちょこんと座り込んでぽけっとしていた。あの時と同じ少女の姿のままで。
「ルルよ……」
「は。なんでしょう、リーム様」
「我はおそらく、もう完全に復活できる力を蓄えているのだ。今なら何がこようと、たとえラプターであろうと、打ち勝つことが出来よう。だ、だが……念には念を入れておきたいと考えるのだ」
「わかっておりますよ、リーム様。それで、今日のお召し物はどちらになさいましょう? こちらの水兵服か、防水布か」
 ルルはそういうと、大きな紙袋の中からセーラー服とスクール水着を取り出した。リームはうーんと首を傾げて一考すると、セーラー服のほうを指差した。
「東のハトが見たいと言っておった者がおる。今日はそれがよい。この髪も、いずれきちんと整えねばなるまいな」
 ルルは頷くと、リームの服を脱がせにかかった。ルルにも色々と心境の変化があったのか、今ではこうして率先して魔王のコスプレに協力している。リームは着替えが終ると、意気込んで高らかに拳を振り上げた。
 今日もまた、魔王がアキハバラへと繰り出してゆく。
「ではルルよ、征くぞ!」

 邪念蠢くこの世界で、魔王は立派に目覚めたのであったとさ。



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