【 「囚われた心」 】
◆5TYN0TTM3Q




14 :No.05 「囚われた心」 1/4 ◇5TYN0TTM3Q:07/08/26 18:17:29 ID:FkikrFkY
『ごめん、洋子。なかなか仕事が終わりそうになくてさ。今日は会えそうにないんだ』
『そっかあ……残念だけど、しょうがないよね』
『悪い! 明日はちゃんと時間作るからさ』
 浩二はふうとため息を吐き、すぐに別の女性に携帯をかける。
『綾? 遅くなって悪い。今からそっち行くから』
 電話を終え、駅へ向かう。朝からの雨がいまだ続いている。
 浩二が洋子と付き合い始めてから一年。最近、浩二は洋子を鬱陶しく思い始めていた。そんな折、
仕事上の宴席で知り合った綾と、そのまま一夜を共にしてしまった。綾との関係はいまだ続いている。
洋子にたいして後ろめたさを感じてはいるが、すでに浮気は二ヶ月目に入っていた。
 電車を降り、綾の住むマンションへと急ぐ。突然、浩二の横を猛スピードで車が通り過ぎた。浩二
に泥水が浴びせられる。刹那の空白ののち、状況を理解した浩二に怒りが沸きあがったが、すでに車
は見えなくなっていた。――最近、どうも運が悪い。毎日のように、浩二に小さな(本当に些細なも
のだが)不幸がふりかかる。また、丈夫さが自慢の体が、ここのところやたらと不良を訴える。浩二
はそのまま、綾のマンションで夜を明かし、翌朝、自分の家を経由しスーツを着替えてから出勤した。

 今日はこれから取材の予定だ。現場に着くと、早々に取材相手との挨拶や名刺交換を済ませる。
相手は、最近巷で人気の霊能者だ。どうして霊能者ってのはこう、怪しい格好をするのだろう……ま
あ、その方が読者には分かりやすいか、などと思いながら取材を行う。二時間ほどのインタビューで、
大方予定通りの話を聴くことができた。後は社に戻って、記事を仕上げるだけだ。
 雨も降り始めてきたようなので早々に切り上げようと、浩二が霊能者に取材の礼を述べる。
「ちょっと、お話があるのですが、お時間よろしいですか」
 突然、霊能者が真剣な顔で浩二に迫った。浩二は面倒を覚えつつも、同行していたカメラマンへ、
先に車に戻っているように伝え、霊能者の話を聴くことにした。
「突然ですが、あなたから邪気を感じるのです。最近、調子が悪かったりしませんか?」
「いや……はあ、まあ、そう言われてみれば……」
「誰かが、あなたに呪詛を掛けているのかもしれない。何か心当たりはありませんか?」
 いきなり畳み掛けられて浩二は戸惑ったが、心当たりは確かにある。浩二は訝りながらも、自分が
今、浮気をしていることを簡単に伝えた。
「その彼女さんの写真か何かお持ちじゃないですか?」
 浩二は困惑しながらも、霊能者の勢いに圧倒され、携帯に保存してある洋子の画像を見せた。

15 :No.05 「囚われた心」 2/4 ◇5TYN0TTM3Q:07/08/26 18:17:45 ID:FkikrFkY
 霊能者の顔がみるみる強張っていく。
「これは……。まさに今、彼女があなたに呪詛を掛けています。このままでは危険です。最悪……あ
なたは命を失いかねません」
 霊や呪いなど、浩二は全く信じていなかった。だが、霊能者の深刻な眼差しに、全身が粟立つの
を感じる。
 浩二は、洋子の友人が語った話を思い出していた。三人で飲んだ時に、洋子の友人が酔った勢
いでつい、洋子の過去の失恋について口を滑らしたのだ。それによると、洋子は別れを切り出した男
を一年以上追い続け、とうとうその男はノイローゼになってしまったらしい。その場は笑い話で
済ませていたが……。洋子なら呪いくらい掛けかねないかもしれない。
「どうしたらいいでしょう?」
 浩二は霊能者に尋ねた。いつの間にか、体は前かがみになり、霊能者に向かっていた。
「まずは彼女の呪詛を跳ね返すことが先決でしょう」
 そう言って、霊能者は御札のようなものを取り出した。
「これは私の力を吹き込んだ札です。少々値が張りまして……通常、五十万円でお譲りしています」
「五十万!?」
「効力を持たせるには布施が必要なのです。参拝時の賽銭と同じようなものですよ」
「しかし、今すぐにそんな金額は……」
 霊能者が優しく微笑みながら浩二に御札を手渡した。
「今回は無料で差し上げますよ。ただし効果は薄まってしまいますので気をつけてください。もし、
彼女に何か変化があったらすぐに私に連絡をしてください」
「変化……ですか」
「例えば、突然人柄や言動がおかしくなった場合です。そうなると本当に危険ですから」
 浩二は霊能者に礼を言い、その場を後にした。ふらついた足取りで外に出たところで、携帯の入っ
た胸ポケットが振動する。洋子からだ。躊躇いながら携帯に出る。
『浩二? ごめん。まだ仕事中だった?』
 いつものゆったりとした声に少しほっとする。
『今日はうち来れるんだよね? ご飯作って待ってるから――』
『ごめん! 実は体調がかなり悪くてさ……今日も行けそうにないんだ』
 嘘ではない。ここ最近感じていた体の不調は、さらに強まっていた。
『大丈夫? 浩二の家、行こうか?』

16 :No.05 「囚われた心」 3/4 ◇5TYN0TTM3Q:07/08/26 18:18:00 ID:FkikrFkY
『いやいや、大丈夫だよ。洋子に風邪うつしたら悪いからさ。ほんとごめんな』
『……ねえ、浩二……』
 洋子の声のトーンが、突如変わる。
『な、何?』
 沈黙が流れる。浩二の背中を、ゆったりと汗がつたう。
『……ううん、なんでもない。体……気をつけてね……』

 浩二が霊能者と出会ってから、三日。浩二は四十度近い熱で寝込んでしまい、会社を休んでいた。
 ふと目を覚まし、枕元の携帯を手に取る。……浩二の熱が一気に冷める。洋子からの着信が数十件
たまっていた。突如、携帯が震え、浩二の手から飛び出す。振動音が部屋全体に響く。洋子からだ。
『浩二?』
『あ、ああ、ごめんな、電話。ちょっと寝込んでて……』
『良かったあ、心配したんだよ』
『ああ、もう大丈夫。大分良くなってきたよ』
 いつもと変わりない洋子の声に、浩二は落ち着きを取り戻し、とりとめのない会話を続けた。
『……ねえ、浩二』
 一瞬、電話の相手が変わったのかと思うほど、洋子の声色が変化した。
『私に隠し事とか……してないよね? 嫌だよ、そんなことしたら……』
 洋子の声が浩二の鼓膜を冷たく震わす。
『な、なんだよ、突然。そ、そんなこと……』
『……ふふふ』
 洋子が、笑みを漏らす。
『ど、どうしたんだよ、いきなり――』
『ふふ……ははは…………ハハハハハハハハハハハハハ!!――――』
 突如、洋子が叫んだ。――いや、笑っている。笑声は携帯から飛び出し、部屋中を駆け巡る。
『おい! いきなりなんなんだよ!』
 恐怖を紛らわそうと、浩二は語調を強めた。
『……ごめんね。浩二がいきなり焦るから……』
『……ねえ浩二……。やっぱりおかしいよ、浩二。……今からそっちに行くから、待っててね……』
 電話が切れた。

17 :No.05 「囚われた心」 4/4 ◇5TYN0TTM3Q:07/08/26 18:18:17 ID:FkikrFkY
――ヤバイ。浩二は霊能者の言葉を思い出していた。洋子は狂っている。慌てて、霊能者に連絡を
取ろうと、スーツに入っていた名刺を取り出し電話する。だが、繋がらない。どうしよう、どうすれ
ばいい? このままじゃ……。
「あ……」
 浩二は何かに気づいたように笑みを浮かべる。
「そうか……簡単じゃないか……そうだよ……」

                       ◇

 洋子は電話の後、急いで浩二のマンションへと向かった。手にはスーパーの袋を下げている。浩二
はまだ体調が良くないみたいだから、おいしいものを作ってあげよう、そう思っていた。
 浩二のマンションに到着すると、パトカーが数台止まっており、やじうまが集まっていた。
「何かあったんですか?」
洋子はやじうまの一人に話しかけた。なんとも言えない不安が洋子を包み込む。
「飛び降り自殺ですって。七階から。救急車で運ばれたけど……もう助からないでしょうねえ」

 浩二は窓から飛び降りた。第一発見者によると、こころなしか笑っているように見えたという。

「どうして……浩二……」
 洋子の手からスーパーの袋がすべり落ちる。そうして、その場に力なく泣き崩れた。


 数日後、ある人気霊能者が詐欺容疑で逮捕された。ありもしない呪いや霊現象をでっちあげるなど
し、除霊と称して数百人から高額の料金を騙し取っていたのだ。霊能者は全面的に容疑を認めた。
 元々ただの住職だった彼は、ある日たまたまテレビの取材を受けた。そしてたまたま、そのキャラ
クターが受けて出演が増えた。人気が出るにつれて欲に目がくらみ、詐欺行為はますます肥大化して
いった。彼はいつの間にか、人の道を外れてしまっていた。邪な心に囚われてしまったのだ。
                                                         (終)



BACK−ものは言いよう◆5FrGyCjERQ  |  INDEXへ  |  NEXT−妖刀◆pt5fOvhgnM