【 街に行く理由はなんだろう 】
◆VXDElOORQI




54 :No.15 街に行く理由はなんだろう 1/4 ◇VXDElOORQI:07/08/19 23:43:32 ID:i5b6WJgm
 地平線の彼方に見えるかすかな灯り。
「あんな地面に近い位置にも星が見えるんだね」
 その星に向かって真っ直ぐ続く道路。その道路の脇に一台の車が止まっている。
「いや、あれ、俺たちの目指す街の灯りなんだけど」
 小さく丸っこい車体。その狭い車内には一組の男女。二人はなにをするでもなく、ただ街を灯りを
眺めている。
「いくら手を伸ばして手に入らない光。それはもう星と一緒。そう思わない?」
「はいはい。俺が悪かったですよ。ごめんなさいね。車の知識も無いくせにドライブに誘ったりして。
次からは修理屋も一緒に誘うことするよ」
 地平線の彼方を見つめていた女の目が、男に向けられる。
「是非、そうして欲しいね」
 女からの冷たい視線に耐えれなくなったのか、男は「ふん」と鼻を鳴らし、シートを倒すと女と視
線を合わせないようにドア側を向き横になる。
「明日になれば車の一台でも通りかかるだろうから、それまで我慢してくれ」
「じゃあそれまで我慢してあげる」
 女もシートを倒し横になる。
 それきり二人の間に会話は無く、女が一言こう呟いた。
「アイス食べたいなぁ」

「世の中、冷たいやつばっかりだ」
 男は車を止めようと、サムズアップした腕を道路に突き出し、ヒッチハイクを試みる。だが通りか
かる車は男の手前でスピードを落とすことすらなく、ただ通り過ぎていく。
「これで何台目かなー」
 車の窓から顔を出した女は男を睨みつける。
「知るか」
「一台通るまで我慢しとけばよかったはずだったのにね」
「しょうがないだろ。止まってくれないんだから」
「ほら、次来たわよ」
 女が顎で差した先から、また一台の車がやってきた。男は先ほどと同じようにサムズアップした腕
を道路に突き出す。通りかかった車も先ほどと同じように、微塵もスピードを落とすことなく男の前

55 :No.15 街に行く理由はなんだろう 2/4 ◇VXDElOORQI:07/08/19 23:43:48 ID:i5b6WJgm
を通り過ぎる。
「これで何台目かなー」
「知るか」

 また男の前を車が一台通り過ぎる。
「これで何台目かなー」
 また女は同じ言葉を口にする。男は同じ言葉を口にしなかった。
 その代わり、バンとボンネットを叩く大きな音が聞こえてきた。
「じゃあお前がやれよ」
「なによその言い方。恋人もいないアンタに付き合ってあげてる友達甲斐のある私に言う言葉?」
「男の俺より女のお前のほうが止まってくれるだろ」
「いや」
「なんで」
 女は先ほどからずっと男を睨みつけていた目線を逸らす。
「恥ずかしいから」
「はっ。そんなことかよ」
「そんなことってなによ!」
「そんなことはそんなことだろ!」
 二人がにらみ合っていると、その後ろをぶんと一台の車が通り越した。
「ほら、また次のが来るわよ」
 遠くにまた一台の車が見える。それでも男は動こうとせずじっと女を睨みつける。
「わかったわよ。やればいいんでしょやれば」
 女ははぁとため息を一つついてドアを開けた。

 女はサムズアップした腕を道路に突き出す。その前を少しスピードを落として車が通りかかるも、
止まることはなく、すぐにスピードを上げ、走り去る。
「やっぱり、ダメか……」
 今度は男がはぁとため息をつく。
「やっぱりってなによ」
 男は女を改めて見る。なんの変哲もないティーシャツにジーパン。お世辞にもオシャレで男の気を

56 :No.15 街に行く理由はなんだろう 3/4 ◇VXDElOORQI:07/08/19 23:44:03 ID:i5b6WJgm
引ける格好ではなかった。
 女はその視線に気付いたのか、なにも言い返さず、着ていたティーシャツを裾をヘソが見える位置
まで捲くると、そこでシャツの裾を結び、即席ヘソ出しルックを作る。
「おい、そこまでしなくても」
 女は男の言葉を無視し、ヒッチハイクを再開する。

 次の車はあっさり止まった。
「彼女どうしたのー?」
 車はスポーツカーで、いかにも軽そうな男が乗っていた。
「車が故障しちゃって。次の街まで乗せてくれませんか?」
 男は女に駆け寄り、スポーツカーの男に聞こえないように耳打ちする。
「あんなのに乗せてもらうのかよ」
 その言葉をまたも女は無視し、スポーツカーの男と話を続ける。
「良いけど、この車二人乗りなんだー。後ろの彼氏は乗せられないよ?」
「別にいいですよ。あの人は彼氏でもなんでもないただの友達……。いえ元友達ですから」
「あっそう。なら乗ってよ」
 女は助手席側に周りこむとドアを開け乗り込む。
「お、おい……」
「彼女はもう君には用はないってさ。元友達さん」
 スポーツカーは二人を乗せ、一人を残し、その場から去っていった。

「なんなんだよっ」
 男は道路の脇を車を押しながらゆっくりと進む。幸いまっすぐで平らな道だったので、ハンドルを
固定すれば、押して進めることが出来た。
 結局、あれから数回男もヒッチハイクを試みたが誰も止まってくれなかった。
「あいつはぁ」
 街に行った女が助けを呼んでくれるとは、別れ際の態度を見る限り望み薄と判断した、男はヒッチ
ハイクを諦め、男は街まで車を押していくことにした。
 それから数時間、男は車を押しながら道路の脇を進んでいた。
「はぁ。一休みするか」

57 :No.15 街に行く理由はなんだろう 4/4 ◇VXDElOORQI:07/08/19 23:44:20 ID:i5b6WJgm
 男は道路に座り込む、空を眺める。
「あいつに嫌われちまったなぁ……。こんな予定じゃなかったのに」
 もう一度ため息をつき、男は立ち上がる。
 また車を押し始めようとしたとき、男の目がこちらに向かって歩いてくる人影を捉えた。
 人影も男と車を見つけたのか、駆け足で近づいてきた。人影は街に行ったはずの女だった。
「……よう」
「お前、どうしたんだよ」
「あいつ、いきなり私の肩に手を回して来たから、引っぱたいて降りてきた」
「お前らしいや。ははっ」

 二人で車を押しながら進む。大分、日も落ち、夕焼けが道路を染め、長い影が浮かぶ。
「ところでさ」
「なんだよ」
「なんで私をドライブに誘ったの?」
「……あの街にさ」
「うん」
「うまいアイスクリーム屋があるんだ。お前、好きだろ。アイス」
「そりゃ、好きだけど。それだけ?」
「綺麗な夜景スポットがあるんだよ。そこで……こ、告白すると必ず成功するって聞いたから」
 女が立ち止まり、それに釣られて男も立ち止まる。
「な、なんだよ」
「べっつにー」
 女はそれだけ言うと、また車を押し始める。それから二人を沈黙が包み、ただ黙々と車を押し進め
る。そこに一台の車が二人に止まる。その車はまたもスポーツカーで、乗ってる男もまたいかにも軽
そうな男だった。
「どうしたの? 故障? 良ければ乗っていかない? 二人乗りだから彼女しか無理だけどー」
「結構です」
「えー、なんで? 見たところ、その彼氏は友達でしょ? だからいいじゃん。乗ってきなよー」
「……友達? え、元……うん、元友達です」
 そう言った女の頬は夕焼けのせいか、それとも他の理由か、真っ赤に染まっていた。



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