【 Downtown boy, Downtown girl 】
◆9YsvuSfdYs




50 :No.14 Downtown boy, Downtown girl 1/4 ◇9YsvuSfdYs:07/08/19 23:39:31 ID:i5b6WJgm
そいつは怪物のようだった。口を開いて人を飲み込んでいた。
ヘドロのような臭いを撒いて、そいつは蠢いていた。香水と酒と体臭とコンクリートと排気ガスの臭いが溶け合っていた。
待ち合わせをする恋人たちもいれば、車いすに乗った障害者もいる。
夢を見たり絶望したり、どいつもこいつも忙しい。
ヤクザは睨み、警察は動き、泥棒が笑い、女は声をかけ、通行人は通り過ぎた。
月と太陽が煌めくのとは対称的に、疲労が人の顔に沈殿している。
川の底に汚泥が溜まるように、心の底には寂しさがある。
僕はそいつに声をかける。愛と体を探しているのは、男も女も同じだから。
「やぁ、どこから来たの?」
そういって僕は観察を始める。女がどういった反応をするか。嫌悪か。興味か。欲望の動き方を探る。
女によっては隠しきれない興味が、女によっては隠しきれない不信感が顔に出る。
そいつを見てから次の言葉を考える。その女は、ただ、ぼーっと立ち止まり、無感動な目で僕を見た。
「暇そうだね」「そうですね」「遊びに行かない?」「どこへ行くの?」
「ホテルに行こうか」「それは嫌です」「じゃあ、お茶だね」
僕らは歩き出す。恋人のように歩調を合わせることを最大限に考えながら。
彼女は甲虫のように硬直し、は虫類のような無感動な目で僕の隣を歩いている。
「どこから来たの?」「家からきました」「僕もそうだ」「どこに住んでるの?」
「B場」「私はN野」「名前は?」「あやの」「僕はしゅうじ」「学生なの?」「ほとんど行ってない」
「楽しく無いの?」「楽しくない」「私もそう思う」「君は学生?」
「学校は辞めちゃったの」「僕も辞めたい」「私はやっぱり通いたい」
「今は、何しているの?」「今はフリーター」「ニートか」「そう」 「冗談だよ」
「普段は何してるの?」「女の子とお茶してる」「お茶をしたら」「さようなら」
「楽しいの?」「君は退屈?」「ううん。けっこう楽しい......」
こ洒落たカフェに入って時間を確認する。夕方の5時半。
「これから予定があった?」「ううん。家に帰るだけ」「今日は何してた?」「仕事を探してた」
「どんな仕事?」「夜の仕事』「頑張るね」「あたし、他の仕事は続けられないの。疲れちゃって......」
彼女は顔を落とした。20歳そこそこの顔には深いクマと40代の女性に見られるような目尻の皺があった。
彼女は若い老婆のように見えた。そして疲れた少女のようにも見えた。きっと彼女は精神的な病気を持ったのだろうと、そう思った。
そして、そういった雰囲気とは似つかわしくない、大きな目とスレンダーな体が、僕の琴線に触れた。

51 :No.14 Downtown boy, Downtown girl 2/4 ◇9YsvuSfdYs:07/08/19 23:39:48 ID:i5b6WJgm
疲れたら、仕事はしない方がいいよ」「そうね」「人間関係に疲れるの?」「それはある。うまく話せないの」
「僕もだ、女の子を目の前にするとうまく話せない」「嘘。話してるじゃない」
「そう思ってもらえればいいけど......こうなるまでは吃ったり引きこもっちゃったりして大変だったんだ」
「そうは見えないわ」「あやのさんも、うまく話してるじゃない」「そうね、ちょっと不思議」
「運命の出会い、なんだ。うん」「そうね、そうかもしれないわね」
「あまり信じてないね」「しゅうじ君は信じてるの?」「全然信じてないね」
愛とか恋とか、そういう物は僕の生活について余計だった。
もっとはっきり言えば、夢とか希望とか向上とか未来とか、そういう言葉全てが僕の生活には不要だった。
ただ、今があれば良かった。ただ、今日の食事があれば良かった。そのうち仕送りは止まるし、そのうち僕も大人になる。
その時が来たら泣けばいい。その時が来たら喚けば良い。たとえ惨めに飢えて死のうが、そいつはそいつで本望だった。
「これから、どうしようか」「どうしよう」「そろそろ帰る?」
「私は、別に、いい」「僕も、別に、いい」「行こう?」「どこへ?」「公園」
公園ではホームレスが死体のように眠っていた。彼等はオブジェのように固まり、周囲に対して興味を失っているようだった。
僕は彼女の瞳を見る。彼女の瞳はオブジェになったホームレスだった。固い彼女の無感動は、彼女の深い絶望だった。
僕はその無感動を愛していた。無感動そのものが、僕の心を刺激した。
「公園は好きなの?」「好き」「何が好きなの?」「静かな場所が好き」
「僕もそうだな」「落ち着かないの」「何に」「何をしていても」
「何かしたいことはある?」「特にない。あなたは?」「僕もない」「そう」
「でも、お腹が空くのは嫌だ」「私もおなかが空くのはいやかな......」
「あんまり嫌そうじゃないね」「私、ぼーっとしてるから、あんまり感じないのかもしれない」
「今日、僕に会わなかったら、どうしてた?」「買い物をして、家に帰って、寝てたと思う」
「僕もそうだ。良い暇つぶしだね」「あたし、最近、眠れないの」「眠れない?」「夜、寝るのが恐いの」
「おもちゃの大群が動き出すのか」「そんなんじゃないの、もっと......」
「明日の朝、目覚めない感じ」「そう。そんな感じ」
「目覚まし時計を鳴らせよ」「ダメなの。そんなんじゃ」
「朝の光を浴びると良い」「朝になっても起きれないの......だから夜も眠れない.......」

52 :No.14 Downtown boy, Downtown girl 3/4 ◇9YsvuSfdYs:07/08/19 23:40:08 ID:i5b6WJgm
彼女はジッと地面を見た。端正な横顔が、陰気さで包まれていた。僕は、思い切って彼女の髪を撫でた。
<大丈夫>と口に出してみる。本当は大丈夫なことなんて何も無い。
彼女は僕の肩にもたれかかって、静かに頬を寄せた。僕は何度か彼女の髪を撫でて、キスをした。
キスをすると、彼女から一人の女性としての柔らかさを感じた。それは今までの無感動な冷たさとは全く異質な物だった。
「君の家に行かない?」「散らかってるの」「僕も掃除してやるよ」「それはいいわ」「外で待ってる」
僕は彼女の手を引いて、S宿からN野へ向かった。拒絶するほどでもないが、彼女は少しモジモジした。
「男の人と付き合ったことがないの?」「あんまりない」「美人なのに」「そんなことないよ」
「大学では?」「人とほとんど話さなかった」「ダメだね」「あなたもそうなんじゃない?」「うん。実はそうなんだ」
彼女のアパートのドアの前で、僕は耐えきれなくなってタバコを吸った。別に、行きずりの女の子と寝るのはよくあることだった。
ただ、僕は少し彼女に気を許しすぎたかもしれない、とそう思った。
「入って」と静かにドアが空いた。小さなテーブルの上に、二つ紅茶のカップがあった。
「気が利くね」「でしょ」「食べる物は?」「いる?」「まぁ、いいや」「不思議な感じね」「そうだね」「......」
僕は彼女の体に腕を回す。相手の体が緊張する。そうして、やや、傾斜が始まる。僕は、顎を撫でる。
唇に唇を押し付ける。背中が震えていた。僕はそいつをトントンと叩く。
「どうした?」「緊張する」「嫌かな」「嫌じゃない」
彼女が僕の体に腕を回す。キスをしながら、彼女の服のボタンを外す。
乳房に手を置き、下着を落とす。形の良い体に、僕は口づけする。彼女が微かに声を上げる。
<いいよ><恥ずかしい><大丈夫><大丈夫?><大丈夫......>
僕は彼女の体に舌を這わせる。下の唇に指を入れる。膣がぐっしょり濡れている。
(濡れやすいんだな)という言葉を飲み込む。キス。包容。
そしてもう一度、彼女の瞳を見る。公園の時のような絶望ではなく、火のついた女の瞳。
そいつと激突して、僕はたじろぐ。そして、その瞳の中に写る、自分の姿を見つけて、自分自身がたじろぐ。
<好き......>と不意に彼女が漏らす。会って3、4時間でどんな好きがあるのだろうか?
けれど、心に反して、体が彼女を求め始める。<挿れるよ>と囁く。彼女が首を縦に振る。
静かに棒を膣に入れ、彼女の体ごとかき回す。座位。キスをする。堪えきれず、猫のように彼女がすすり泣く。
目が潤み、彼女自身が腰を振り、僕の腰に押し付け始める。
<いい.....>と言って、彼女が僕の唇を求め始める。
僕は、そこで、息を呑む。

53 :No.14 Downtown boy, Downtown girl 4/4 ◇9YsvuSfdYs:07/08/19 23:40:29 ID:i5b6WJgm
街という生命体の上で、私と言う虫と他人と言う虫が蠢いている。
そいつとそいつが触れ合って、一対の人間になろうと、もがいているのかもしれないと思って、狼狽する。
僕は、彼女を強く抱きしめる。そして、彼女もそれに応え始める。
僕は懸命に腰を振る。愛も恋も好意も何も無い。ただ、お互いの体と微かなお互いの労りがあれば、それで十分なのだと、自重する。
彼女は<いきそうなの>と泣きそうな声で言う。<いいよ>と僕は体を叩く。
<ぁ>と小さな声を出すと、彼女の体は痙攣し、彼女が顔を歪ませる。僕は彼女にキスをする。
彼女は子供っぽく笑い、呼吸を整える。
僕は不意に、彼女の体を抱き寄せ、自分の顔を彼女の胸に押しあてる。
は虫類のようだと思っていた瞳が、湿り気を持って僕を見つめている。
波打つ彼女の心臓が、彼女の感情を僕に教えてくれる。
僕らはもう一度キスをする。
僕には、愛情と言うのがどんなものなのかよくわからない。
けれど、ここには街で蠢く虫のような二人ではなくて、一対の男と女がいるような、そんな錯覚を、少しだけ、覚える。
<わたし、ちょっと眠くなった><眠れそうなの?><うん、眠れそう>
<明日になっても......いる?><もちろん><じゃあ、また明日> <うん。また、明日>
彼女はベッドに横たわり、静かに瞳を閉じる。
そして、僕は考える。
ー明日。
そんなものが果たしてあるのだろうか?
曖昧な昨日、曖昧な今日、曖昧な明日。そんなものが朧げながらに続いている。
僕の暮らしには夢も無ければ目標も無い。
今日交わしたいくつもの言葉は、明日になれば消えてしまうかもしれない。
愛情なんてもってのほか。道で会えば彼女を無視して、別の女と歩き出すかもしれない。

でも、もしかすると、またここへ帰ってくるのかもしれない。

僕の隣で寝息をたてはじめた、一人の女の胸の中へ。



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