【 「割れ物につき注意」 】
◆5FrGyCjERQ




35 :No.10 「割れ物につき注意」 1/4 ◇5FrGyCjERQ:07/08/19 22:08:44 ID:i5b6WJgm


背後から制服をつかまれ、私はみっともなく足をじたばたさせました。嗚呼、はしたない。
後ろを振り返るとそこには巨大な樹の幹のような、肌色の巨大なモノが私をつかんでいました。
いいえ、それはモノではなくって、


「嫌な夢を見てしまいましたわ」
「まぁ雪子様、珍しいですわね」

いつもは夢など見ないとおっしゃっているのに、と彼女は驚いた様子で私を見つめました。

「えぇ…。なんだかとても不気味だったわ。もう思い出したくないほど。」
「それは大変。そんな夢はすぐに忘れた方がよろしくってよ」

さんさんと太陽が降りそそぐテラス。薔薇の花がこれでもかというほどに咲き乱れている中で、私は紅茶のカップを手に取りました。

「ありがとう」
「ええ、また何かあったらなんでも私に相談なさって」

あらあらもうこんな時間、ごめんあそばせと名も知らない彼女は去ってゆきました。
そういえばそろそろ授業の時間。私もその場を離れ校内地図を手にしながら教室へと向かいました。

何故校内地図等を持って歩くのかと言うと、一つ、ここは無駄に大きな県下では名の通るお嬢様学校だから。
二つ、私は記憶力が他人と比べて格段に無いのです。
記憶力についてお話しますと、基本的な―家族構成や言語、日常生活―事は忘れはしませんが、そこから先はもうさっぱり。人名や勉学、学校の名前さえも下手をしたら今はもう分からないのではないのでしょうか。
え?よくそれでそんなお嬢様学校に在学してられるなって?それはそれは私の家が生粋の名家で、お父様の莫大な寄付金をされていらっしゃるからでしょうね。お金の力は偉大ですこと!


36 :No.10 「割れ物につき注意」 2/4 ◇5FrGyCjERQ:07/08/19 22:09:07 ID:i5b6WJgm
ですから今日も授業には出ていますが勉学に勤しむなんてそんな無駄な事はしません。私は紅茶と本でいつも授業の暇を弄んでいます。先生は見て見ぬフリ。まぁ当たり前でしょうね。
それにしても本は面白いわ!何度読んでも内容が一向に頭に入らないもの!


「…あら、ここはどこかしら」
帰り道。いつものように帰宅しようとしていたのに気付けば見知らぬ街に辿り着いていました。
私としたことが。今日は家への地図も携帯電話も家へ忘れて来てしまったわ。まぁなんとかなるでしょう。私はその場を散策することにしました。

「それにしても綺麗」
私はうっとりと周りを眺めました。煉瓦張りの地面。細長くて黒い街灯。アンティークな雰囲気。嗚呼、まるでヨーロッパの町並みみたい!
ただ人がいない点だけが不自然でしたが、私にはそんな事どうでもいいのです。
日傘を握りなおし、ランランと目を輝かせながら散策しました。

 「ごめんあそばせ」
キイィ、と中世風に作られたドアを開け中に入ると、そこには人の気配が全く感じられませんでした。

「…だれかいらっしゃらないの?」
何度も何度も声をかけても人は誰一人出てきませんでした。あら残念、可愛い雑貨屋だと思ったのに。店の中は雑貨屋ではないようですし。薄暗くて先が余り見えなくて、どちらかといえば理科室の倉庫のような。行った事ありませんけど。

 諦めて出て行こうとすると、大きな箱が眼にとまりました。

「まぁ、可愛い」


37 :No.10 「割れ物につき注意」 3/4 ◇5FrGyCjERQ:07/08/19 22:09:22 ID:i5b6WJgm
アンティーク張りの彫刻がなされた四角い木箱。サイコロのような感じでした。よく見れば店中に大小様々な大きさの箱が置いてあります。けれど、彫刻やデザインは全く同じ。首をかしげながら近くにあったものを手にとってみました。
よく見ると、どうやら箱は空く模様。誰もいないし、私は開けて見る事にしました。

「…まぁ。」

そこにはちいさなちいさなモノがありました。街灯や、煉瓦張りの地面。まるでリカちゃん人形のよう!どこか懐かしさを感じました。
…とそこに、白くて丸い何かが動いています。ひょい、と掴んでみると、あらら、これは。

「私ですわ」


38 :No.10 「割れ物につき注意」 4/4 ◇5FrGyCjERQ:07/08/19 22:09:42 ID:i5b6WJgm
 私でした。白くて丸いと思った物は日傘です。長く伸びた黒髪、綺麗な顔。どこをどう見ても正に私でした。じたばたとみっともなく動くので箱に戻してやりましたが、嗚呼、はしたない。
よく見るとその箱の中には私がさきほどまで歩いていた街ではないですか。あれ、何故街が箱の中に?
 何がなんだか分からなくなってきました。家に帰ろうと思っても足が思うように動きません。
嗚呼、何故、何故私が箱の中に?私が箱の中にいるなんて…いいえ、違います。
何故雪子は箱の中に?
いいえ、それも違います。
私は誰?

 思い出せるのはいつも読んでいた本の一小節目だけでした。
「この世界は割れ物につき、注意」



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