【 壁の街 】
◆uu9bAAnQmw




32 :No.09 壁の街 1/3 ◇uu9bAAnQmw:07/08/19 21:11:17 ID:i5b6WJgm
 ある初春のこと、この街に突然ビル建設工事中、壁ができ工事を妨害するとの噂があがった。
 それは透明な壁らしい。
 話題は瞬く間に広がり都市伝説にもなった。テレビでは特集が組まれ、衒学者が「ビル風が
たまたま重なり、突風になって壁の様だと錯覚しただけ」と騒ぎたてている。それを見ている
誰もが信じない中、一人小さい耳を一生懸命そばだてる少年がいた。
 彼は視力が弱く、メガネを掛けてもぼやけ、歩くのには支障ないもののほとんど見えない。
だからこそ、耳が良くなり目の役割を補う様になっていた。
 彼が外に出ると春風が大きな音と共に体に当たる。念の為にと杖を持ち、風の音を頼りに進む。
 少年は、物は難しくても色は判別することができた。空は白色が混ざっていない青色だった。
 彼はウキウキしていた。
「僕と同じことを考えている人がいたなんて」
 だんだん歩調が速まっていく。彼の目の前を色が通り過ぎる。青、赤、灰、黄、緑、白。
たまに頭が金や紫のもいた。色鉛筆達を掻き分け、耳が良い人でしか分からない場所へと向かう。
 着いたのは超高層ビル群。横に伸ばすと莫大な土地が必要なので縦に伸ばした場所。
いわば人間の苦悩と欲望の形跡。丸、三角、四角と様々な形をして、空を削りながらそびえる。
 少年は見上げた。風を感じながら。
 そして思う。これがテレビで言ってた壁。僕にしか触ることのできない壁。
 彼は壁に手を当てるとやわらかく、壁と言うよりカーテンと思った。子供だからこそ分かる
些細な変化なのかもしれない。
「君も感じることが出来るんだね」
 少年は突然声を掛けられたのよりも、普通の人より敏感な耳が足音を感じることができなかった
のに驚いた。声で若い女性だと分かったが、振り返ってみてもぼやけて姿まではよく分からない。
しかし色だけは分かる。桜色だった。
 それよりも、己だけしか分からなくて疎外感を感じていた中、同じ話題を共有できる人物が
今日二人も登場したことに少年は興奮していた。

33 :No.09 壁の街 2/3 ◇uu9bAAnQmw:07/08/19 21:11:32 ID:i5b6WJgm
「あのね僕ね、この壁を分かるのは自分だけかと思ってた」
 近くで木の擦れる音がする。
「うん。私も自分らにしか見えないんじゃないかなあなんて思ってた。そしたら、壁を触ってる
人がいておもわず声を掛けちゃった……」
 少年が問う。「そういえば、この壁ってなんであるんだろう」
 どこからかうぐいすの鳴き声が響く。
「うーん。私は悪いやつらが入ってこないようにするための、結界なんだと思ってる」
「ふーん」
「何、信じないの。じゃ君はどう思ってるの?」
「僕は心だと思う。かたくなったりやわらかくなったりするから」
「んん、私にはちょっとよく分からないけど、その考え方もありだと思うわよ。ところでこの壁
の向こう側に何があるか知りたくない?」
「ええ、なんか恐いしヤダ」
 風の向こう側。目の良くない彼にとっては壁の先に行くことはとても勇気がいることだった。
「いい経験になるわよ」
女に後押しされ、少年は勇気を振り絞り壁に入った瞬間、今まであった色が消え周りを轟音と
共に風が取り囲み、右へ左へ強い力で押され足を地面から離しそうになる。
 それをなんとか抜けるとそこにも街があった。
 音も色もない世界。彼は困惑した。万一のため持ってきた杖で周りを掻き回してみても
空をきるばかり、上下左右に首を振っても色も見えない、耳を澄ましてみてもうぐいすの声は
おろか何も聞こえない。
 急に体が重くなって体の内側から何かに潰されそうになり慌てて後ずさる。大きな木に背中が当たった。
「君、壁を通った感想は」
 女はレポーターの如く質問する。

34 :No.09 壁の街 3/3 ◇uu9bAAnQmw:07/08/19 21:11:47 ID:i5b6WJgm
「向こう側は音も色もない世界で、姿が見えない悪いのが中から僕を壊そうとするんだ。あんなの
が街に入ってきたら大変なことになっちゃうよ」
「大丈夫よ。私達がいる限りね」
 木の方から声がした。彼は耳を澄ましてよく聴くと、女の声は桜の木から発せられていた。
 木が風に煽られて揺れ、桜の葉が舞い落ちる。
「君のさっきの例え良かったな。心って言うの。確かに人間と桜との心は絶対的な壁があって
通じあえないもんね。中には私達を守ってくれる人間もいてくれるんだけど。君の言ってた
ように皆がやわらかくなったらいいのに」
 ここは超高層ビル街にある桜並木通りで、近年強欲な人間が土地欲しさに、桜の木を伐採する
予定なんだと女は彼に話した。
 少年はせっかく壁のことを話し合える友達ができたのに、もう別れることになって胸が
痛くなるばかりだった。
 数日後、反対派の座りこみもむなしく、伐採が強行され桜の木は切り倒された。
 そのテレビ中継の音声を聴いて少年は肩を落とした。
 彼は未練がましくもう一度同じ場所へ赴く。するとそこには以前のままの桜色があった。
「えへへ、私だけでもなんとか残してもらえたみたい」
 少年は桜の幹に抱きつき喜んだのであった。



【終】



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