【 地下都市 】
◆8wDKWlnnnI




24 :No.07 地下都市 1/4 ◇8wDKWlnnnI:07/08/19 18:30:51 ID:i5b6WJgm
有沢はとても急いでいた。狭い坑道を地下へと降りていく。この坑道は灯りがないために薄暗いし、空気は少し湿っている。だが
、有沢にとっては張りつめていた神経をほぐしてくれる優しい場所だった。
『この道はまっすぐ我々の街に繋がっている。ここは言わば街の玄関、のようなものだ』
有沢は父の言葉を思い出す。坑道で急に泣き出した子供の頃の有沢にはよく分からなかった言葉。
暫く行くと狭い坑道から解放される。壁は高く伸び、緩やかなカーブを描きながらドーム型の天井へと繋がる。その高い天井の下
には仕事帰りの大人や夕飯の買物をする親子連れ、遊びに繰り出す若者、それぞれの暮らしが詰め込まれている。そんな眩しい綺麗
な物を見つめ嬉しそうに目を細めながら、有沢は急ぎ足で第一生活区域を通り過ぎこの地下都市の奥へと向かう。
『遥か昔、我々の先祖は地上を捨て地下へと移り住んだの。』
子供の頃、母親から寝る前に聞いたお伽話。
『やがて私達の体はここに合わせて変っていったの。例えばね、ご先祖様は暗い所が怖かったみたい。そうね、シュウちゃんの方が強いね。じゃあもう一人で
寝れるかしら……あらあら。』
幾多の坑道と地区を抜けてこの街の最奥地である王族地区へとたどり着いた。入口に立つ門兵が有沢をみて位を正す。すぐに有沢
は合図で門兵を休ませる。
「ご苦労、それで姫君の御様子はどうだ」
門兵は、喜びつつもどこかしら不安を帯た表情で答えた。
「はい…。昼頃には印が表れました」
とうとうその日が来た、有沢は声がでず、わずかに頷いた。そしてまた急ぎ足で王族地区に入って行く。
有沢は若くして国王の側近であり、その他にも王族地区の管理を任されていた。他の生活区域ほど大きくはないが、有沢の管理の
元に絶対の安全を敷いていた。多種多様な雑務に追われながらもこの地区を見守ってきた。しかしなにより頭を割いていたのはお転
婆な姫君の事だった。
「ねえ有沢ー、今からそっちに行くよ!えいっ」
朝から姿を見せないと思っていた姫君が、頭上の崖の上からこちらに飛び降りてきたのを見た時、有沢は気を失いそうになった。
いや一瞬失った。地面に落ちるギリギリの所で姫君を受け止める。安堵のあまりに地べたに座り込むと、姫君がきょとんとした顔で
辺りを見回す。
「あれれ、おっかしーな。もう一回行ってくるー!」
あのお転婆だった姫君が本当に美しく育った。王族にしか表れない印がなかなか表れないため、もしかしたら自分はもらわれて来
たのではないか等と心配していたが、なによりその母君譲りの美しさが証拠なのにと、周りの者は笑いながら首を傾げていた。


25 :No.07 地下都市 2/4 ◇8wDKWlnnnI:07/08/19 18:31:07 ID:i5b6WJgm
印を授かると王族は一時不思議な力が備わる。しかしその力の使い方は、王族以外は知る事の出来ない秘密だった。
印について詳しい者も、話がその不思議な力となると語るのを止めた。
「ねえ、印って一体何なの、何の為にあるの」
ある日姫君は有沢に聞いてきた。母が言っていた言葉を思い出した。
「それはとても良いものです、それは神様からの贈り物、それを持ってる人は必ず幸せになれるんですよ」
「じゃあいっぱい貰ってきて有沢にも分けてあげるー」
姫君に印が表れた事で、側近達には即座に召集が掛けられた。今や王の間には王と姫君、それに有沢を含む側近数名が集まってい
た。姫君がその体に出た印を王に見せ、そのまま静かに王の言葉を待つ。
「印か。」
有沢達が部屋の後ろの隅で目を合わせつつ事の成り行きを見守る中、姫君が不安そうに王を見つめる。
するとようやく王はその重い口を一言だけ開いた。
「お前が為すべきことを為せ」
王は普段からあまり喋る方ではなかった。とはいえこれでは何も言っていないのと同じだ、有沢はこんな時でも変わらない王の口
数の少なさに呆れていた。ただ不思議とその声には慈愛が満ちていた事にも気付いていた。
その日からも姫君は王族地区にて暮らしていたが、以前にもまして落ち着かない様子で歩き回る。おかげでここ数日の有沢の仕事
は姫君の行動を心配し見守る事に尽きた。ただし姫君が地上へと出たいと言い始めた時は流石の有沢も止めた。
「姫、外は危険だとあれほど何回も言ったのに何故ですか。最近の姫は幾等心配しても足りないぐらいだ。少しは自分の心配ぐらい
自分でして下さい」
姫君はむくれた顔をして答えようとしない。有沢が溜め息をつくと、姫君は顔をしたに向けてぼそりとつぶやく。
「…有沢はいつも外にでてる。なんかズルイ」
やれやれ、これじゃ子供の頃にもどったみたいだ。有沢は溜め息もだせず先程と同じ事を繰り返す。
「だから外は危険だと。こうなったら姫君が分かって頂けるまで何度でも繰り返しますよ。」
するとそれまで小声で話していた姫君が癇尺を爆発させた。
「……危険だって言うなら…そんなに危険だって言うなら有沢が守れバカ! そんなに心配ならずっと見張ってろ!…もうやだ!」
姫君が逃げるように走り出した。今までここまで拒絶された事のなかった有沢はしばらく呆然としたが、すぐにあの精神状態で外
に出ては非常に危ない、と慌てて姫を追い掛ける。だが姫の足は速く、もう第二生活区域まで来てる。そこにいた周りの住民にも姫
を止めろと呼び掛けるが、誰にも止めようとする事さえ出来なかった。有沢は姫君が今まで自分からは外に出なかっただけでいつで
も出れたという事実に驚いた。そんな所がまた非常に姫君らしいとも思った。
やがて外に出るための坑道に辿り着いた姫君は、後ろを一度振り返るとそのまま坑道に入っていった。急いで有沢も後を追う。

26 :No.07 地下都市 3/4 ◇8wDKWlnnnI:07/08/19 18:31:21 ID:i5b6WJgm
有沢は姫君を追い掛け外に飛び出した。外の世界は無限に広い。姫はどちらの方向に向ったのだろう、姫に何かあったら、焦る気
持ちを押さえつつ目が光に慣れるまで待つ。
今、地上は光の世界だった。地下街から出てくるとまるで光が爆発したかのような信じられないほどの眩しさが有沢を包む。慣れ
ない者はこの光だけで正気を失う。実際そのまま帰らなかった者も数多く見てきた。突き刺さる様な眩しさが消え、辺りが見回せる
までになると有沢は駆け出した。
街からかなり離れた高い崖の上で遠くを見つめる姫君の姿を見つけた。下から声をかける。
「姫! ようやく見つけた! さあすぐに街に帰りましょう」
「有沢遅い。結構待っちゃったよ」
良かったいつもの姫君だ、とくに危険な事はなかったらしい。有沢はほっと安堵の息をもらす。
「まったくどれ程心配したのかわかりませんよ、さあもう我が儘はお終まいにして。あの化け物が来たらどうしますか」
そう言ながらもまだこの辺りにいない事が有沢には分かっていた。周りは静かで何の音もしない。だがいつ何時くるかもしれない。
一方姫君は有沢の焦りに気を留めず楽しそうに笑っている。
「有沢ー、地上って思ってたよりずっと素敵だね。なんだか好きになっちゃった。」
「分かりました、また来ましょう。必ず連れていきますから、今日はひとまず街に。今ならまだ王には何も言わずにします」
「ちぇー、わかったよー。絶対にまた連れてきてね。よしっと!有沢ー、今からそっち行くよー。」
そして姫君はそのまま崖から飛び降りようとする。記憶の中の幼い姫と今の姫君が一瞬かさなった。ただあまりに高い。
「姫、危ない!」
堕ちてくる記憶の中の姫を受け止めようと手を伸ばし、姫を空中に探すがいない。
「えへへー、騙されたー」
姫君が笑いながら崖の縁から顔を出す。有沢は黙ったまま姫を見つめる。怒ったと勘違いした姫は立ち上がり帰りの準備をする。
「はいはい、分かりましたよっと、でもなんか大丈夫な気がしたんだけどなー。」
姫が崖を降りようとした時に、その崖が動きだした。

27 :No.07 地下都市 4/4 ◇8wDKWlnnnI:07/08/19 18:31:36 ID:i5b6WJgm
姫君が未知の恐怖に脅え蹲る中、崖はその動きが激しくなっていく。
「姫! 今そちらに行きますからそこから動かないで!」
有沢は崖に続く坂を急いで登ろうとするが、地面が動くのでなかなか先に進む事が出来ない。焦りながら地面を登っていると、辺
りから急に光が消えた。見上げると空を覆い尽す程の巨大な塊が天から降りかかる。そのまま動けない姫君をさらっていった。
有沢はその方向を見つめた。ヤツだ。この崖自体がヤツの一部だったのだ。すっかり油断していた。ちくしょう化け物め。
「姫!必ず助けます」
姫君はすでに気を失いかけていた。有沢を見ながら躯を震わせている。恐怖のあまり声すら出なくなっている。焦るがどれだけ速
く登っても距離が一向に縮まらない。有沢は自分の無力を呪った。此処からではまったく届かない。どうする、ああああああ…
やがて巨大な塊が姫君の印に触れた。有沢の理性が飛んだ。この野郎、いったいなにをしようとシテヤガルふざけるなハナセハナ
セハナセハナセああくそがトドカナイあああマニアワナイちからがホシイああああああアアアア
次の瞬間、気付くと有沢は巨大な塊の目の前にいた。印が、有沢の体に表れていた。その素晴らしい力の使い方も手にとるように
理解していた。まずはこの塊から姫君を引き離さないといけないな、塊の根元に軽快に襲いかかった。

一人の子供が原っぱで寝そべっていた。暫くしてから起き上がるとズボンの所に羽根蟻がいるのを見付ける
。手で捕まえて羽根を見ていると、別の羽根蟻が来て手に留まった。指に噛みついてきたので慌てて手を振
ると、そのまま二匹の羽根蟻は何処かへ飛んでいった。


「遥か昔、我々のご先祖様は地上を捨て地下へと移り住んだの」
出来たばかりの街に子供が産まれる。母親は眠れない子供達に古くから伝わるお伽噺を聞かせる。

―終―



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