【 少女の夢。ドラゴンと街 】
◆InwGZIAUcs




17 :No.05 少女の夢。ドラゴンと街 1/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/19 15:07:37 ID:i5b6WJgm
 木漏れ日の差す森の中、青々しい草葉を踏みつけ少年は懸命に走る。
 後方より奇声を上げながら少年の背を追うのは三匹のオークマン、猪の顔面と逞しい四肢を持つ魔物である。
 何気なく入ってみた大木の大穴が彼らの巣であったという不運。少年は顔面蒼白になりながら走り続けている。
 無我夢中、満身創痍で駆け抜ける。すると、視界の端を流れる緑が消え、青空と草原が少年の瞳に飛び込んできた。
 森を抜け、今走るのは緩やかな丘の上。そしてその丘の下には小じんまりとした街が広がってるのが見える。
(街だ! ここなら! ここなら外界の魔物から街を守る守護人、ガーディアンがいる筈!)
 少年は門の目と鼻の先まで走りぬくと、最後の気力を振り絞って大きく息を吸い込んだ。
「たぁすけてくださあああああああああい!」
 すると、門から人影がまさに目にも止まらぬ速さで駆け抜けてくる。そして少年のすぐ横を通り抜け、
その人影は後方のオークマンへと突進し……止まった。少年が尻餅をつきながら振り返ったその先、そこには
血だまりに沈むオークマンと、長い黒髪を風に遊ばせ悠然と立っている少女がいた。
 少女の手には一本の長剣が握られており、その表情はどこか冷めているようにも見える。
「大丈夫? 君……大丈夫そうね」
 そう呟くと、少女は平然と街の中に入っていってしまう。少年は慌てて呼び止めた。
「あの! ありがとう……名前を……」
「君は名乗らないつもりなの?」少女は足を止め、半身だけ振り返りそう言った。
「あ、僕はノエルっていいます」
「私はこの街のガーディアン、ティナ」その線の強い黒髪をなびかせ、彼女は今度こそ街の雑踏へと消えていった。

 夕焼けが深緑の森へと落ちていく頃、ノエルは酒場を訪れていた。彼が身分を明かすと、背伸びして酒場に訪れた
子供をからかうような空気が一変し、瞬く間に好奇の目が広がっていった。
「本当に君はドラゴンクエスターなのかい?」
 酒場のマスターの窺わしいといった視線にも随分慣れたもの、ノエルは笑顔で返していた。
 マスターの反応も当然といえば当然だ。ノエルの持つ称号はドラゴン使いの中でも最高位に値する。おおよそ
少年が簡単に獲得できるようなものではない。が、胸につけるドラゴンマスターを示すピンバッチは本物だった。
「で、この街に悪さをするドラゴンを退治しにきてくれたのかい?」
「あ、えっと、いえ、僕は自分の相棒のドラゴン探すために旅をしています。この街にドラゴンが現れるって
聞いたので……あ、あとこの街のガーディアンの、ティナさんのことも聞きたいです」
「ふむ……丁度いい。ドラゴンの話をするならあの子の話も外すことはできないからね」
 カウンターに座るノエルにマスターはぶどうジュースの入ったコップを差し出した。長い話になるのだろう。

18 :No.05 少女の夢。ドラゴンと街 2/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/19 15:07:54 ID:i5b6WJgm
「この街がこうして平和でいられるのはね、ティナちゃんのおかげなんだよ。ドラゴン以外にも厄介な魔物が
多くてね、森の狩人オークマンに海の悪魔リザードマン……時折奴らは徒党を組んで街を襲ってくるのさ。
でもね、全部ティナちゃんが追っ払ってくれるんだよ。強いんだよあの子は……それで、この年でドラゴン
クエスターになるお前さんも相当の手練なんだろう?」
 この言にノエルは、苦い笑みを浮かべその亜麻色の髪をポリポリ掻くしかない。
 ノエルが実の所を話そうとしたとき、マスターは高い鐘の音と共に開いたドアに目を向けた。
「お、噂をすれば何とやらだ……おーい! ティナちゃん!」
 するとティナは、呼ばれるまでもなくノエルの座るカウンター席へとやってきた。
「こんばんわ。私にも彼と同じのください」
 同時にティナはすまなさそうな視線を投げかける。マスターは「はいよ」と答え、コップを置いて下がっていった。
「君……ノエル、だっけ? お店の前で小耳に挟んだんだけど、ドラゴンクエスターって本当なの? オークマンも
倒せない位弱いのに? ドラゴンクエスターってドラゴンと同等以上の強さをもってるんじゃないの?」
「えと、その、一応ドラゴンクエスターです……よわっちいですけど。僕はちょっと特殊な例で……あ、でも
ちゃんとドラゴンを扱うことはできるんですよ!」
 パタパタと身振り手振りで頼りなく説明するノエルだったが、ティナのほうは興味津々といったところ。
「へー。じゃあこの街にやってくる、それこそこの街と同じ位大きなドラゴンでもどうにかできちゃうの?」
「まあ、相手がドラゴンなら多分大丈夫かと」
 その時、聞き耳を立てていた周りの客達から感嘆の息が上がる。ティナもその瞳を大きく見開いた。
「じゃあこっちからドラゴンのところまで行ってみる?」
「案内していただけるのであれば助かります」
 今度は大きな歓声が上がった。所々で「ドラゴンクエスター様乾杯!」などの音頭をとっている。
「……とりあえず場所、変えようか? ついでにこんな時間だけど街を案内してあげるよ」

 酒場から離れれば静かなもので、彼らを見守っているのは満天の星空と白銀の月だけだった。
「へー、じゃあパートナーのドラゴンを探すために旅をしているんだ?」
「うん……ティナさんは何でガーディアンをやってるの?」
 ティナの顔は夜の闇に塗れて伺えないが、彼女の声は小さかった。
「……私の家はね、代々この街のガーディアンを担ってきたんだ。でも母さんは私を産んですぐに死んじゃったし、
父さんも去年持病で死んじゃって、今は私一人。……とっても強いガーディアンだったんだけどね、お父さん。
でもドラゴンには敵わなかったよ。んーん、相手にすらされていなかった……私を含めてね」

19 :No.05 少女の夢。ドラゴンと街 3/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/19 15:08:10 ID:i5b6WJgm
 そのドラゴンは、年に一度近くの山から降りて来て、家畜を食い散らかすのだという。
(あのオークマンを一瞬で倒したティナでも倒せないドラゴンか……硬くて大きいドラゴンなんだろうな)
 数秒の沈黙。そしてその沈黙を破ったのはティナだった。
「それよりさ、外の世界の話を聞かせてよ! 今日の泊まる場所決まってないんでしょ? だったら家で
話をしよ? ドラゴン退治についての作戦会議もしたいし」
「え? 僕でよければいくらでも……その、いいの?」
「うん! 君が変なことをしてくるとも思えないしね」ノエルは気配でわかった。ティナは今にっこり笑っている。
「大丈夫です。オークマンの二の舞を踏むのはごめんですから……指一本触れませんよ」

 その夜、ノエルはティナに旅の語りを披露する。楽しかった事、悲しかった事、全てが良い思い出だという事。
 ティナはそれを楽しそうに聞いている。まるで自分のことのように話に一喜一憂し、夜は更けていく。結局――
「じゃあ、明日山に行く準備を整えて、夜に出発しましょう」ドラゴン退治の作戦はこの一言で終わってしまった。

 次の日。ドラゴン退治に行くという名目で街長に提案した結果、ティナの身を心配する街長は渋りはしたものの、
ドラゴンクエスターがついていると説明すると、彼はなんとか首を縦に振ってくれた。
 登山に必要なものをそろえる頃には日も傾き、日没した頃に二人は街を発った。
「いざとなったら、今度こそ私がドラゴンを倒してみせるよ」
 それがティナの本音だった。おおよそこの線の細い少年がドラゴンをどうこうできるようには到底思えなかったのだ。
 小さな旅の行程は順調だった。次の日の朝には山のふもとにたどり着くことでき、二人は山道を登り始めた。
 そして登ること数時間……ついに山岩の隙間から例のドラゴンが顔をだした。
「……ドラゴン!」ティナが驚嘆の声を上げる。それと同時に肩にかけた剣を抜き放つと、
ドラゴンの頭上に一足飛びする為足の裏に力を溜める。がその時、彼女の視界をノエルの手が遮った。
「待って! ここは僕がなんとかするから!」
 次の瞬間、ドラゴンの咆哮が山に木霊した……とティナは思った。しかしそれは間違っていた。ドラゴンの咆哮だと
思われた叫び声は、なんとノエルから放たれていたのだ。すると、目の前のドラゴンも同じように咆哮をあげる。
「……あ、なんだ、あなたは人語が理解できるのですね」
 この少年は今、最強の生物ドラゴンと会話をしているらしい……そんな馬鹿な、とティナは思う。
「じゃあ聞いてください。あなたの気まぐれな行動に街の人が困っています! そこで提案です! あなたに家畜を
定期的に捧げる代わりに、街の守護人、ガーディアンになってもらいたいんです!」
 その言葉に、ドラゴンは小さな咆哮で答えた。

20 :No.05 少女の夢。ドラゴンと街 4/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/19 15:08:28 ID:i5b6WJgm
「うん、ありがとう! じゃあ早速街にいきましょう!」
「え? え? え? どういうこと?」ノエルの頭上には疑問符が飛び交っている。
「これが、僕がドラゴンクエスターの力。信じてもらえないと思って言わなかったんだけど、僕はドラゴンと会話が
できる……ドラゴンと人間のハーフなのです。言葉に魔力ってのが宿っていて、ドラゴンを手なずける事ができる」
「そ、そうなんだ……じゃなくて! そんな勝手に家畜の取引なんてしていいの?」
「大丈夫ですよ。このドラゴン、人の言葉も解るそうなんで、街の人が何かお願いすることもできる筈です。
あと、このドラゴンはほとんど動かず、年中寝ているので、年に四、五頭の豚で一年は余裕で生きられるそうですよ。
えーと、年に四、五頭の豚で最強のガーディアンが手に入るなら破格だと思いましたが……まずかったでしょうか?」
「いや、そんなことが実現可能なら手放しで喜ぶ事だと思うけど……それにしてもこんなに簡単に……」
 未だに何が起きているのか頭がついていかないティナをよそに、ノエルはいそいそドラゴンの上によじ登った。
「さあ、帰りはひとっ飛びです!」
 差し出される手を、ティナはその真っ直ぐな目をしているノエルを信頼して握り返し、ドラゴンへと登った。
 荒れ狂う風の中、ドラゴンの背の凹凸に必死にティナはしがみつく。その時彼女の中でふと疑問がよぎる。
「そうだ。何で……何でこのドラゴンをパートナーにしなかったの? ドラゴンって存在自体珍しいんでしょ?」
「えーとですね……昨日の夜、ティナはとても――」
 ノエルの言葉は風にさえぎられ、ティナにはよく聞こえなかった。けど、ティナ解った。何となく解っていた。 

 街は大騒ぎになっていた。なんと、ティナが留守にしている間に、オークマンたちが村に襲ってきていたのだ。
だがしかし、駆けつけたノエルとティナを乗せたドラゴンが、森の狩人オークマン達を一蹴。街は一時騒然とした。
「これは一体どういうことだい!」
 街長が顔面蒼白でノエルとティナに訪ねると、二人は順を追って先ほどの契約を説明した。「もし不都合なら、
このドラゴンは山に返しますが」というノエルの言を遮って、事情を飲みこんだ街長は喜んだ。
 街長曰く「最強のガーディアンじゃないか! 治安もよくなるし、こんな珍しい名物ができたら、街もより一層
発展するに違いない!」だそうで、住民は皆目を丸くしながら街を囲むようにぐっすり眠るドラゴンを見上げていた。
 彼らは最初、信じられないといった風にドラゴンを見ていたが、追い払われたオークマン達のことを考えると、
信じないわけにもいかない。事実今ドラゴンは街を襲うどころか、静かに、それこそ岩の様に眠っているのだから。

 次の日。旅立つノエルの前にティナが立ちはだかった。
「私……ノエルの旅についていきたいな。だってガーディアン首になっちゃったんだもん! 誰かさんのおかげで……
あ、何だその生意気なにやけ顔は? ふん! こう言えばいいんでしょ? ……ありがとう」       終わり



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