【 「街の灯」 】
◆vkc4xj2v7k




10 :No.03 「街の灯」 1/3 ◇vkc4xj2v7k:07/08/19 01:56:19 ID:i5b6WJgm
ルールールー

秋の始まりを告げるように、虫たちの愛を語る声が辺りに響く。
沈んでゆく夕日の最後のひとかけらが山の向こうに消えようとしている。

ルールールールー

デカイだけがが取り柄というポンコツボルボ・ワゴンのエンジンのベルトの音がそ
れと会話するように響く。
「ねえ、恭平ちゃん?」
後ろのハッチを開け、塗装が程よくハゲたバンパーに腰をかけて、ピースに火をつ
けた俺に少女が声をかける。
「んー?」
部活から帰るなり、沢吹峠に連れて行けとアパートの大家の娘にせがまれて、車を
出した俺は、気の無い返事をして琥珀と群青の溶け合う空に向かって煙を吐き出し
た。
「夏休み、終わっちゃうね。」
背中まである綺麗な黒髪を揺らして、夏服を着た少女は俺のほうへくるりと向き直る。
「宿題おわってんのか、加奈子。」
細い肩をすくめて、ペロリと舌をだすと少女が笑った。
「手伝ってくれるよね?」
なんか去年もそんなだったな…、懲りない奴め…。思いながら俺は三口吸ったピース
をバンパーでもみ消した。
「高いぞ。」
「けちー。」

11 :No.03 「街の灯」 2/3 ◇vkc4xj2v7k:07/08/19 01:56:34 ID:i5b6WJgm
ぷいっとソッポをむいて、少女がまた俺に背を向ける。ザワザワと木々をならして、
夕暮れ時の風が駆け抜けてゆく。寂しい秋の匂いのする優しい風。
琥珀色の最後の光芒が消えると、群青の空に夜のトバリが押し寄せて少しずつ夏の色
を消し去ってゆく。
「ねえ、恭平ちゃん?」
俺の隣にやってきた少女がストンと隣に腰を下ろす。ふわりと髪から香るシャンプー
の匂いが鼻をくすぐる。
「んー。」
「私、ここからみる夕焼け大好きなの。……あとね、ここから見る鈴沢の街も大好き、
オモチャ箱みたいで。」
紺色の空気が辺りを包み、街の灯りがきらめき始める。
「それに、こうしてみてると、街の灯りはとってもあったかくて好き…。」
腰掛けたまま、両足をぷらぷらとさせて少女が俺を見上げている。子供と大人の境界
を行ったり来たりする年頃の無邪気な笑顔。

ザワザワと木々をならして、冷たくなった風が吹き抜けていく。人が暮らしている証
の暖かい街の灯が恋しくなるような風。

12 :No.03 「街の灯」 3/3 ◇vkc4xj2v7k:07/08/19 01:56:49 ID:i5b6WJgm
ルールールー ルールールールー

「帰るか。」
「うん、お母さんが今日はカレーだって言ってたよ。恭平ちゃんも呼んであげなさい
って。」
ピョンと飛びおりて、なれた様子で助手席に乗り込む少女を目で追いながら俺はバン
パーの角でタバコをもみ消した。
ハッチを閉めようとして、商売道具が詰まったジェラルミンが目に入る。
「加奈子。」
「なあにー。」
無邪気な声。
「今度、ここで写真とってやるよ。」
「ほんと!約束だよ!」
弾んだ声。
「ああ、お前の大好きな街といっしょに撮ってやるよ。」
バタン、とハッチを閉めると、俺達は沢吹峠を後にした。
「ねえ、恭平ちゃん…。」
「んー。」
「…なんでもない…。」
帰るところがあるってのは、実に幸せでいいもんだな。暖かい街の光を目指して赤
いボルボを走らせながら、俺はそうひとりごちた。

(了)



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