【 残像 】
◆IbuHpRV6SU




136 :時間外No.04 残像 1/5 ◇IbuHpRV6SU:07/08/13 01:42:54 ID:l3EpTN0/
 その日の夜は正に熱帯夜と呼ぶにふさわしい夜でした。重く湿った温い空気が世界を占めており、あたかもこの惑星に夏以外の季節が最初から存在していなかったかの様で、例えば風のような、清涼感を私に与えてくれそうな要素はこの空間には存在しておりませんでした。 
深夜、暑さで寝るに寝付けず外を散歩する事にした私は、特にどの道を行こうかも考えず、山吹色の半月や星と、それらが照らし出す自分の足下を交互に眺めながら墨を塗りたくったように真っ暗な道を歩いていました。
ここは田舎ですので街灯もろくに無く、そこら中に虫の音が鳴り響き、夜空には星がたくさん輝いていました。
 私には星座の知識がまるでございませんでしたので、もしその方面に精通していたら、より星を楽しむ事が出来たのかもしれませんが、私にはただその星を綺麗だなぁと思いながら眺める事しか出来ませんでした。


137 :時間外No.04 残像 2/5 ◇IbuHpRV6SU:07/08/13 01:43:09 ID:l3EpTN0/
 ところで、一人でこのように歩いていますと、ふと昔の事を思い出す事があります。
今でこそ物静かで、どちらかといえば元気のない私ですが、幼少の頃は活発で、自由奔放な性格をしていた事を覚えています。
しかし消極的となった今の私は昔の事を思い出した際、ことあるごとにとてつもない後悔の念にとらわれ、自分自身への自己批判が湧き出てくるのです。
内容は大概、アノ時ああすれば良かったとか、アノ場合はああ言うべきだった、コノ時はこうするべきだったなどと昔の無思慮の自分を悔い、そして自分に呪いの言葉を心の中で掛け続けるというものです。
そして自分の存在を忌み、悔み、なおこの世に今だ存在し続けている自身を恨むのです。

138 :時間外No.04 残像 3/5 ◇IbuHpRV6SU:07/08/13 01:43:26 ID:l3EpTN0/
 今日もいつもの様に自責の念に苛まれ、心の中で唱え続けました。何とか収まり我に帰った私は、今どこを歩いているのかと辺りを見回してみますと、草木が鬱蒼と生い茂り、街灯とベンチとが一つずつ
ポツンと立っているちょっとした休憩所のような所に私はたどり着いていました。
場所に見覚えは在りませんでしたが、水の音がしますので、おそらく川の近くだろうと推察しました。
少し休もうかと思いまして、側にあるベンチに腰を掛けました。
私の体はじっとりと汗に濡れて、着ているTシャツがピッタリ張り付く程でした。
程なくして辺りに涼しい風が吹き始め、汗が乾き私はすっかり快適になり、小一時間経った後家に帰る事にしました。
 知らない場所でしたので、とりあえず今着た道を辿ろうと思い記憶をたよりに歩きましたが、さっきは途中から俯いて歩いていたので当然周りの景色は覚えておらず、
さらに背の高い木々が夜空を遮り、月をたよりに方角を予測する事も出来ず、なかなか知っている道にたどり着く事が出来ません。
まさか家からさほど離れていないどこかにこのような緑の濃い場所が在ったとは思いもよりませんでした。
困った私は考え、そういえばさっき休憩した場所で水の音がした事を思い出し、さっきの場所から水の音をたよりに川を探す事にしました。
草が生い茂っており少し歩きにくかったのですが、時々音を確認しながら根気よく歩き続けました。

139 :時間外No.04 残像 4/5 ◇IbuHpRV6SU:07/08/13 01:43:42 ID:l3EpTN0/
 おそらく五分位でしょうか。時計を持っていなかったので正確な時間は判りませんが……。
ようやく抜け出し、水音の源と思われる目測で幅十メートル程はありそうな川を見つけました。
川に近づきますと、とても涼やかな空気が当たりにたちこめています。さっきまで出口に出ようと奮闘し疲労し、そのおかげでまた汗だくになった私でしたので、
帰る事を忘れ、また少し休みました。すっかり元気になった私は、ここから川沿いに歩いて帰ろうとしました。すると、どこからか声がしてきます。小さく呻く声が、どこからか聴こえています。
 私は、川の方から聴こえたような気がして岸の方に歩き、流れる水面を覗き込みました。
すると、水面には私の顔が映り込んでいました。単なる気のせいかとも思いましたが、しかし考えてみると様子がおかしいのです。
今は真夜中で、月光があるとはいえ映った私の顔がこんなにハッキリ見える筈が無いのです。むしろ私の映しが水面の向こうから光っているようでした。
私は気味が悪くなり、その場から立ち去ろうとしましたが、体が動きません。まるでその場で体中を針金で縛り付けられたようでした。何が何だか解らなくなり、驚きを隠せない私に、水面の向こうの私が私の声で私に話しかけてきました。
「お前はいつも自分自身を呪う。過度な自己批判を行う。自らの破滅を願う。
自らの価値も見いだせず、自分に価値がないと自覚しながらそれでも生き続ける。お前は結局、自分が可愛いだけなんだろ。そんなお前を、死なせてやる。」
何だか頭がボウッとしてきて、全身の力が抜けてきた様に思えました。
穏やかな風、ふるえる草木、水の音。それらの音がすべて消え、空気が硬直したような気持ちになりそこから私の記憶は途切れました……。

140 :時間外No.04 残像 5/5 ◇IbuHpRV6SU:07/08/13 01:43:56 ID:l3EpTN0/
 その後私は、病院のベットで目が覚めました。聞きますと、川に流されていた私は、偶然通りかかった近所の住民に助けられ、一命を取り留めたのだそうです。
その後私は快方に向かい、少しずつあの時の事を思い出しながら、私はこうやって日記に書き留めています。
あの時の「彼」の言葉も思い出しながら……。
時々、やはり「彼」の言う通りにするべきなのではないのかと思うときもありますが、私は意志薄弱な人間ですので、未だにしぶとくこの世にしがみついている次第です。
あの時の事をーー「彼」の言葉を除いてーー家族に話すのですが、信じてはくれず、寝ぼけて夢でも見ただけだと言われるだけでした。
もしかすると、あの時の事は全くの幻だったのかもしれません。
そう思うと、「彼」の言葉も私自身へのネガティブなーーきっと世間からはこう思われているだろうというーー自己評価もすべて幻のような気がして、少し気が楽になったような気がします。
そんな事を考えながら、私は病室の窓から外の中庭の景色を眺めています。

八月×日 晴れ



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