【 僕は悪くない 】
◆HH72o6p0H6




94 :No.21 僕は悪くない 1/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:00:34 ID:5kXIXUbr
僕は、窓から外を眺めながら、今日は少年ジャンプの発売日なのに、と思った。
僕と同じように、放課後の五年三組に取り残された友人たちに目を向ける。
あるものはせわしなく立ったり座ったりを繰り返し、またあるものは肩を落としたまま
動かない。校庭の隅のウサギ小屋を見つめているようだ。
僕は、再び視線を窓の外にやった。早く帰りたい。

教室の扉が、ヒステリーな叫び声をあげながら開き、山本先生と当事者である
ケンジが教室に入ってきた。ケンジからはいつもの明るさがまったく感じられない。
「さっき、病院から連絡がありました。二年四組の松本君は軽い脳内出血
だそうです」と、山本先生が冷たく言い放つ。
みんな、静かに次の言葉を待つ。
「・・・・・・これから、手術を行うそうです。」
数人が、泣き始めた。
「話は大体ケンジ君から聞きました。さっきも言ったけど・・・・・・みんな反省してる?」
友人たちは、ぱらぱらとうなづいた。
先生は、ふぅ、とため息を吐く。
「これからみんなのお母さんにも電話します。・・・・・・今日は、このまま帰りなさい」
と言い残して、先生は急ぎ足で教室を出て行った。
ようやく、解放された。

95 :No.21 僕は悪くない 2/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:00:49 ID:5kXIXUbr

帰り道。友人たちは、相変わらず暗い表情で、どうやって親にこの事件について切り
出すかを話していた。
僕はその議論には参加せずに、友人たちと並んで家路を急ぐ。
少年ジャンプは母親が買っておいてくれているはずだから、心配はない。
まったく、なんで関係のないことで僕まで付き合わされたんだろう。
僕だけじゃない、今日の昼休みの事件は、ケンジ以外誰も悪くないじゃないか。

その日の昼休み、いつものように屋上で、ボール遊びをしていた。
人数は五人。毎度おなじみのメンバーだ。
「それじゃ、いくぞー! おりゃ!」
ケンジの投げたボールが大きく外れた。ボールを拾うのは、はずした奴と決まっ
ている。
ケンジは全速力でボールに向かっていった。
そこへ突然、低学年らしき男の子が現れる。ケンジとぶつかる。
男の子が宙に舞う。後頭部から落ちる。ケンジの動きが止まる。
数秒間ののちに、ケンジが男の子に駆けよる。

そうして保健室に連れて行かれた二年四組の松本君は、後頭部の痛みを訴え、
嘔吐したため、病院へと運ばれたのだった。

96 :No.21 僕は悪くない 3/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:01:05 ID:5kXIXUbr

友人たちと別れ、一人で家路を急ぐ。
僕は関係ない。やったのはケンジだけだ。なんで僕まで放課後に残されたんだ。
そんなことを考えているうちに、家に到着した。

外はもう真っ暗で、夕飯を準備する匂いがリビングにまで広がっている。
僕は、いつものソファで少年ジャンプを読んでいる。
突然、電話が鳴った。母親がはいはいと言いながら、電話に出たようだ。
僕は、その会話のリズムや音量の起伏のために集中できなくなり、
電話が終わるまで、一旦読むのを中止し、つけっぱなしのテレビを
ぼうっと眺めた。

十分ほどだっただろうか、ようやく電話が終わったようだ。やけに長く感じた。
さて読もう、と思った矢先、母親が話しかけてきた。
「・・・・・・ヒロ君。今先生からの電話だったんだけど・・・・・・。ダメじゃない、
ちゃんと言わないと」
一瞬、なんのことか分からなかったが、放課後の先生の言葉を思い出し、電話の
内容を理解した。
「僕は何もしてない」
「そういうことじゃないでしょう?こういうことはちゃんと言わないとダメでしょう」

97 :No.21 僕は悪くない 4/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:01:21 ID:5kXIXUbr
うるさいなと思いいながら、僕は少年ジャンプを手にリビングから出て行こうとする。
母親が何かを言おうとしたその時、また電話が鳴り、母親は僕を見ながら、
電話を取った。
僕はそのまま、自分の部屋に向かった。

「・・・・・・松本君、手術、無事に済んだって」
二人だけの食卓で、母親が言った。
僕は黙っていた。
母親が顔をしかめる。
「ヒロ君。あのね・・・・・・」
「ごめんなさい。僕がやったわけじゃないから、話さなくていいと思ったんだ。
今度から気をつけるよ。」
なんだかよく分からないが、どうやら今日の事件を話さなかったことが、
母親の機嫌を損ねているらしい。
母親の文句はいつも、長い。そういう時は、ただ謝ればいい。
いつもそれで終わる。
「・・・・・・みんなのお母さんと話してね、松本君が落ち着いたらお見舞いしようって
ことになったの。ヒロ君もちゃんと行くんだよ」
ほら、いつもと同じだ。少なくとも長ったらしい小言は回避できた。

98 :No.21 僕は悪くない 5/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:01:37 ID:5kXIXUbr
2週間ほどたったある朝、食卓で、母親が語りかけてきた。
「松本君のお見舞い、今日に決まったよ。放課後みんなで集まって、お花と
お見舞いの品を買って行くって。私は仕事で行けないけど・・・・・・
ちゃんと謝ってくるのよ」
松本君のことなど、とうに屋上の隅へ投げていたが、母親の言葉によって、跳ね返り
戻ってきた。
気は乗らないが、朝っぱらから母親の小言を聞くのはごめんなので、
生返事をして、学校へと向かった。

教室に入ると、友人たちが集まって話しているのが見えた。
「ヒロシ!早くこっちこいよ」
話題は、今日の松本君のお見舞いのことだった。
あの事件のこと、その後の山本先生の説教、それぞれの母親・父親の対応。
いまさら、なんでそんなことを議論しているのか不思議でしょうがない。
当のケンジも、言葉数は少ないものの笑顔で話している。
まったく、誰のせいでお見舞いなんかに行かなければならなくなったと
思っているんだ。

99 :No.21 僕は悪くない 6/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:01:54 ID:5kXIXUbr

その日の昼休みは、いつものように、いつものメンバーでボール遊びをした。
屋上でのボールの使用は、いつからか禁止になってしまったので、場所は校庭だ。
屋上の方が、うちの教室から近いのに。

放課後、みんなの母親と一緒に、花と見舞いの品(ポケモンカードや文房具など)を購入
して、松本君が入院している病院へと向かった。
仕事でどうしても来ることができない親を除いても、全部で8人いる。
こんな大人数で、迷惑じゃないだろうか。誰も気を利かせなかったのか、大人が
何人も集まってるというのに。

その病院は、市内で一番大きい総合病院だった。
ケンジの父親が受付で部屋番号を確認している。
建物の中を見回す。真っ白な壁、たくさんのソファ。背筋を伸ばして歩く看護婦。
松葉杖をついた人や車椅子に乗っている人。
気が乗らないとは言っていたが、普段病気やケガから遠いところにいる
僕にとっては、ここは未知の世界だ。
なんだか楽しくなってきた。


100 :No.21 僕は悪くない 7/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:02:08 ID:5kXIXUbr
エレベーターで三階までいき、目的の部屋の前に到着する。
ネームプレートには松本君の名前だけが書かれている。
ケンジの父親がドアをノックすると、部屋の中から、「どうぞ」と女の人の声が聞こえた。

部屋はとても広かった。僕の心配はまったく意味がなかったようだ。
ベッドに松本君がいた。生まれて初めて人間を目にしたハムスターのように、
こちらをうかがっている。
頭部は全て、包帯で隠されている。
突然、胸の辺りが大きく自己主張をはじめ、咄嗟に顔を伏せる。

「この度は、大切な息子さんに大変なケガをさせてしまって、本当に申し訳ございま
せんでした」ケンジの父親が、上半身が床につく勢いで頭を下げた。
止まっていた時間が動き出したような感じがした。

「いえいえ。こちらこそ、わざわざ皆様でお見舞いに来ていただいて、
ありがとうございます」
松本君のお母さんはとても若く見える。
「みんなもありがとうね」と、松本君のお母さんが僕たちに目をやる。
僕は、反射的に目をそむけた。

101 :No.21 僕は悪くない 8/8 ◇HH72o6p0H6:07/08/12 21:02:23 ID:5kXIXUbr
親たちに促されるように、僕たちは松本君に向かって、「ごめんなさい」と、
ケンジの父親と同じ動作を行った。

――僕のすぐとなりで、叫びが爆発した。

ケンジが泣いている。顔を真っ赤にして、嗚咽をもらして。
何を言っているのか分からない。
いや、多分、ごめんなさいを繰り返しているんだ。

気がつけば、みんな、泣いている。
松本君のお母さんの、微笑みが聞こえる。
そちらを見ようとするが、スリ硝子に遮られている。
松本君のお母さんが、ケンジの頭をなでた。
僕は、手のひらで目をこすり、松本君に顔を向けた。

松本君は、顔をくしゃくしゃにして、笑っていた。



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