【 騒音 】
◆uu9bAAnQmw




89 :No.20 騒音 1/5 ◇uu9bAAnQmw:07/08/12 20:59:09 ID:5kXIXUbr
 俺は二十歳の大学生。最近頭を悩ましていることがある。それは、隣人がうるさいことだ。
 今住んでいるところが安物のアパートなので壁が薄く、隣の声がよく聞こえる。
 そして、今日ももうるさい。しかも日曜日なのに、朝っぱらから友達かなんだか知らないが、
集まってパーティをしている。
 人の笑い声がこれほどまでに不快だったのは、初めてかもしれない。
 今日こそ怒鳴りこんでやる。そう思い立ち、相手の玄関をドアを壊す勢いで叩いた。
 しまった。怒りのあまり忘れていたが、お隣さんは背中に絵が書いてある人だった。
 しかし、もう後には引けない。ここは弱気を見せたら、こちらが負ける。喧嘩とはハッタリ
が大事なのだ。
 少しして、三十代ぐらいのいかにも喧嘩慣れした風貌の男が、扉の隙間から顔を出した。
「どんどんうるないな。で何」
「お前こそ、うっさいんじゃボケ。ただでさえ壁が薄いからもっと静かにしろよ」
「ハア? 嫌なら引っ越せよ。じゃあな」
 扉の閉まる音が頭を殴られたようにジンジンと響く。
 おいおいおい、なんだよそれ。まだまともに話もしてないぞ。なんか怒っている自分がバカ
みたいじゃないか。
 ああ、もうどうでもよくなってきた。肩を落として部屋に戻ると、さっきの男と女が喋っている
のが聞こえてきた。
 先に女の声が聞こえる。
『今の誰?』
 次に男が返事をした。
『隣の気違いだよ。ほっとけ、ほっとけ』
「「ハハハハハ」」
 大人勢の嘲笑の声が聞こえる中、俺は必死に我慢し奥歯を噛み締め、このまま居ててもうるさい
だけなので、財布とケータイだけ取ると外でブラブラすることにした。

90 :No.20 騒音 2/5 ◇uu9bAAnQmw:07/08/12 20:59:25 ID:5kXIXUbr
 外はまだ朝だというのにもう暑い。しかもお金がない。二重苦だ。そしてうるさいが加わり三重苦。
 明日もうるさかったらどうしようか。怒鳴りこんでも効果が薄いし、大家さんもあの兄ちゃんには
消極的だし、ならなんで部屋を貸したのだろうか。もう、和田の家にでも転がりこむか。
ああ、アイツの家は駄目だ。もう二十一世紀だというのに家にクーラーがない。今時生活保護
貰ってるやつだって家にクーラーぐらいあるぞ。引越すにしたってお金がないし。駄目だ、考えてる
だけで暑い。アスファルトが踊ってるぜ。
 さて今の時間をどう潰そうか。最初、ファーストフード店や漫画喫茶などで涼もうとも思ったが、
たまには外で過すのもいいかもと海に行くことにした、一人で。
 貧乏なので免許を持っているはずもなく、バスで行くことにする。
 バス停まで来てみた。時刻表を見ると、次のバスが来るまでまだ十五分もあるのかよ。
 精神的にも肉体的にも疲れたので、イスに座ろうと思い恐る恐るイスを触ってみる。熱い、熱いって
もんじゃない痛いだ。人間が感じことのできる熱の範囲を超えていやがる。こんなのに座ったら
命がいくつあっても足りないぜ。
 ふと横を見ると、同い年ぐらいの女性が平然とイスに座った。
 こいつ人間じゃねえ! 異星人だ。人間と異星人のハーフに違いない。もしかしたら、尻の皮が
分厚い人なのかもしれないが。
「あの、私に何か用ですか?」
 しまった、ジロジロと見すぎてしまった。
「い、いやあ、今日は暑いですねえ」
「そうですね。今年一番の暑さらしいですよ」
「やっぱり。どおりで暑いわけだわ」
 何気無くイスに座る。
「あつッ!」
 俺の頭はニワトリより弱いな。
 それを見て女が鼻で笑って言った。
「フッフッ。イスにハンカチを敷かないとそりゃ熱いでしょう」
「ですよねえ」
もっと早くに言えよバカ、ってこの人に八つ当たりしても意味ないか。

91 :No.20 騒音 3/5 ◇uu9bAAnQmw:07/08/12 20:59:39 ID:5kXIXUbr
 あぶねっ、今車から空き缶捨ててきやがった。これだから最近の若いのは。
 それにしてもよく見るとこの子綺麗だな。垢抜けてはいないが、顔立ちは良い。今風の子よりは
余程いい。あれは色気の安売りだ。見えている肌の部分が多すぎる。まあ、俺みたいな不細工には
一生関係ないか。それに暑いからそれどころじゃない。そう今は海だ。海に集中するんだ。
「あの、ちょっといいですか」
 突然、女に呼ばれた。なんだ俺に一目惚れでもしたのか。
「は、はい。なんでしょうか」
「バスが着てますよ」
「あ……ああ、ご親切にどうも」
 俺の目の前にはバスが止まっていた。まさか全く気付かなかったとは。全部、暑いのとうるさい
隣人とクーラーがない和田が悪い。
 バスに乗った。彼女も乗って後ろの方に座った。クーラーが利いていて中は涼しい。ここは天国か。
 俺は車に弱い。これは迷信かもしれないが、小学生の時友達から「ちょうどタイヤの上にある席に座る
と酔いにくいらしい」と聞いたのでいまだに信じて実行している。
 五分後、もう酔ってきた。さすがに早すぎではないか。海までまだバスが五回止まらなければ着かないのにだ。
 気分転換にと、彼女の方をちらっと見てみるとミカンを食べていた。殺意が芽生えた。
 なんだ、この臭い自分の胃液の臭いではなかったのか。
 ムカムカするので、頭の中で彼女を裸にしてやった。興奮してさらに気分が悪くなった。
 なんとか我慢し海まで着いた。バス代三百十円だった。自動ドアが開いた瞬間熱気が襲われる。
 海水浴客用の駐車場に先程空き缶を投げてきた車そっくりなのがあって、ボンネットにひっかき傷
をつけてやろうと思ったが、なんとなくやめておいた。
 海辺はカップルや団体がいて、見ているとさらに胸焼けをおこしそうなので人気の少ない岩場の方へと進んだ。
 俺はかなづちだ。それ以前に海パンを持ってくるのを忘れていきている。なんの為に海にきたのか。
この計画性の無さが悲しい。

92 :No.20 騒音 4/5 ◇uu9bAAnQmw:07/08/12 20:59:53 ID:5kXIXUbr
 呆然と上下する波ばかり眺める。海の奥ではタンカーがはしっていて、水平線に呑み込まれていく。
下手くそなサーファーが何度もボードから落ちる。
 不意にケータイが鳴る。液晶画面を見ると母親からだった。
『もしもし、母さんやけどね』
濃い方言が懐かしい。おもわず肩の力が抜ける。
『うん』
『ちゃんと毎日飯食べとるんか?』

『ああ、食ってるよ』
 気付くと、自分もつられて方言が出ていた。
『それやったらええんやけどね。店屋物ばっかり食べてないやろね。たまには自分で作りよしよ』
『分かったとる。時間がある時は自分で作ってるわ』
『火の元には注意するんやで。あと暑いからて、冷たいもん食べ過ぎてお腹毀(こぼ)したら承知せえへんで』
『はいはい、分かったから。今忙しいからもう電話切るで』
『私もあんたのこと心配なんやからたまには電話ぐらいしてきよしよ。それじゃあね』
『あいよ』
 さすが母親と言ったところか"食"のことばかり心配してきやがる。"職"のことはいいのかよ。
 海辺に目を戻すと、ドーナツ型のうきわに乗った子供を父親らしき人が後ろから押していた。
 急に親の顔が見たくなった。
 さっきから遠くのほうで、おっさんがずっと自分を見ている。目を細目て凝視してみると制服を
着た警官だった。一人で岩場に座っているせいか不審者、あるいは自殺者に間違われたようだ。
 確かに悩んではいるが自殺はしない。

93 :No.20 騒音 5/5 ◇uu9bAAnQmw:07/08/12 21:00:08 ID:5kXIXUbr
 帰り賃も合わせると六百二十円だった。俺は一体なにしに海へ行ったのか。ただ黄昏ていた
だけだった。まだ美女と喋れただけ幸せかも。
 まだアイツらうるさいのかなと考え、足取りが重いまま家に帰ると、アパートにパトカーが止まっている。
 何があったんだと思い、近くで近所のおばさん連中が輪になって話をしていたので盗み聞き
してみると、どうやら俺の隣に住んでいたあの兄ちゃんがパーティ仲間と口論になり殴りあいの
喧嘩をして捕まったようだ。ついでに隠し持っていたシャブも
見つかって、てんやわんやだったらしい。
 朝からあのテンションはおかしいと思っていたが、やっぱりそういう事だったのか。因果応報だな。
 アパートの階段を登っていく際、パトカーの横に見覚えのある車が止まっていた。それは、
あの憎き自動車だった。きっと捕まった奴らの知り合いかなにかだろう。馬鹿の知り合いは馬鹿だ。
 これでしばらくは静かになる。
 部屋に戻ると蒸し蒸しした暑い空気とセミの声が俺を出迎えてくれた。
 俺の少しおかしな一日が終わる。
 バス停で出会った美女を思い出し悶々としながら、なんとなく盆には実家に帰ろうと思った。


【終】



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