【 変化するものしないもの 】
◆JiMIdsuY2g




51 :No.13 変化するものしないもの 1/5 ◇JiMIdsuY2g:07/08/12 11:48:06 ID:5kXIXUbr
 真っ赤な唇から紡がれた言葉に、私は思わず眉をひそめた。
「だってさ、化粧もしないし、お洒落しないし。大学生でしょ?」
 あんたって全然変わらないよね、と原田さんは言う。
 ナチュラルメイクの大変さが分かってたまるか。ファンデーションの塗りたくられた彼女の顔を
見ながら、けれど私は言えなかった。
 気の置けない仲というのも些か問題だと思う。中学で出会った原田さんとは、そのままエスカ
レーター式に高校まで一緒に過ごし、今では一番の親友ともいえる存在になっていた。さすが
に大学まで一緒ではなかったけれど、多分これからも友人であり続けるのだろう。帰省するたび
に何度も遊んで、というか大抵はドトールに五時間ぐらい居座ってお喋りしてるだけなんだけど。
 嫌だと感じたことはない。ただ、ちょっと鬱陶しいだけで。仲がいいならなんでも言っていいだ
なんて勘違いしないで欲しい。変わる、変わらないの話題は、一番嫌いだ。
「みーちゃんさ、彼氏とか欲しくないの?」
「べっつにー。いいじゃんそんなの。私の恋人はパソコンですから?」
 あんたには関係ない。そうは思うものの、やっぱり言えない。返答は容易に想像がつくし、き
っと彼女もそれを待っているのだ。だから私を呼び出したに違いない。でも友人の計画通りに物
事を運んでやるほど私は親切じゃないんだな、これが。言葉のキャッチボール? 残念、私は
運動音痴だから明後日の方向に飛ばしちゃうんだよね。
「それ一口ちょーだい」
「いいよー。でさ、本題なんだけど。聞いて? それ読みながらでいいから」
「やだ」
「………あんたね」
「嘘嘘、ごめんってば。聞くだけならタダだしね」
 鼻白んだ様子の原田さんに満足して、話を投げやりに促す。この程度で喜んでる自分の程
度の低さは見えない振りだ。まあ、いつものやり取りなのだし。
 とりあえず彼女の原稿――どっかのコンテストに出すらしい。本気で小説家になることを望
んでいるらしい彼女の小説のチェックは、私の役目だ――から目を離し、原田さんの話に耳
を傾けることにする。回避しようたってどうせ無理だ。想像はつくけれど、一応真面目に聞く
素振りだけでも見せる。
「それ食べた一口分くらいの返答はしてよね。――でさ、好きな人、出来ちゃったんだけど」
「へー?」

52 :No.13 変化するものしないもの 2/5 ◇JiMIdsuY2g:07/08/12 11:48:24 ID:5kXIXUbr
「……もっと反応しなさい」
「きゃーうっそーマジー? 信じられなーい! っていうかーチョベリグーって感じー?」
「…………お願い、五回ぐらい死んで」
「冗談冗談、ごめんって。んで、どんな人? 人間? 人外?」
 やっぱりなあ。化粧が濃くなった女の子は、かなりの確立でコイバナを切り出す。他にも髪の
毛がクルクルになっていたり、服が可愛くなっていたり。何か外見が変化していたらまず恋をし
たと言っていい。
 特に、女子校に六年間も閉じ込められた私たちにはその傾向が顕著だった。どんなアピー
ルをすればいいのかなんて見当も付かないから、正面からの攻撃しか出来ない。
 そういえば私がきちんと化粧するようになったのは、恋をした時からだった。あの頃は濃かっ
たのかなあ。ちょっと怖くなったけれど思い返さないでおく。恋をしたことも、ましてや彼氏が出
来たことだって誰にも言ってないから、確かめようがないのだし。
 春休みにぴったりな雰囲気をまとわせて、原田さんはケーキにフォークを突き刺す。
「だーから何でそういう反応なの。えっとね、サンクリで出会ったんだけど……」
 背が高くて細身、顔はそこそこ。エロゲトークで仲良くなったらしい。……濃すぎないか、そ
れ。そもそも同人即売会で出会うとか、私の行った事すらない世界で何が起きているんだろう。
本気で心配になったら、眼鏡で時々スーツを着ているから問題ない、と自信満々に答えられ
た。意味わからんわ。
 気が付けば眼鏡男の良さの話になっていたから、適当な相槌を打ちながら彼女の原稿に
目を走らせる。なにやらすごい能力を持ったお姫様が、格好いい男の子と一緒に冒険する
話。わー面白ーい。主人公が詐欺師だったりする私の小説とは正反対。
 ちょいちょいと誤字をチェックして、要旨の不明確な部分を指摘する。眠い。眠いけれどそ
れは私の好みじゃないってだけで、需要は沢山あるタイプの話だとは思う。文章だって上手
だし、もしかしたら本気でプロになれるのかもしれない。ただ楽しいからってだけで書いてる
私とは違って。
「ふーん、で、告白は?」
「ええー……」
 先ほどまでうるさいぐらい饒舌だった原田さんが、ため息をついた。断られてぎくしゃくしちゃ
うくらいなら友達のままでいたいとか、何か少女漫画読みすぎじゃね? みたいなことをのた
まってる。漫画とかほとんど読まないから分かんないけどさ。ええっと、私をにらみつけても現

53 :No.13 変化するものしないもの 3/5 ◇JiMIdsuY2g:07/08/12 11:48:40 ID:5kXIXUbr
状は変化しませんよ?
「どーせみーちゃんには分かんないって。恋愛とかしなよー」 
 うん、まあ、実は彼氏いるんだけどね。心の中でだけ呟く。
 カミングアウトしたら何ていわれるんだろう。きっと根掘り葉掘り相手について聞かれるに違
いない。めんどくさい。何が面倒かって、多分私の変化に驚かれるだろうことがだ。
 例えば私が流行のヒラヒラした服を着て髪の毛を目立つ色に染めてみたりしたら、どうしちゃ
ったの? とか言われるんだ。あの子は変わるはずがないっていつも安心してるから。でもそ
れってちょっと見下されてる気分。あんたは成長しないね、って言ってるようなものじゃない
か。癪に障る。
 だからといって目に見えた成長をして、その心境の変化を誰かに探られるのも嫌。放ってお
いてくれればいいのにね。ちなみに自意識過剰はNGワード。
「悩んだらおなかすいたー。ちょっと買ってくるね」
 私の頼んだものはコーヒー一杯。彼女の頼んだものはクロックムッシュとケーキ、アイスカ
フェモカのLサイズ。えっと、まだ食べるんだ。
 すごいなあ、もう。いろんな意味で。なんで私ら友達やってんだろ。確か出会いは化学の再
テスト。友達ときゃーきゃー騒いでいたら原田さんに思いっきり睨まれたから、嫌がらせに更に
騒いでみたら怒られた。正直反省してる。
 冷め切ったコーヒーを啜って原田さんを見送りながら、眠さを紛らわせようと目をさする。あ、
やべ、手が光ってる。落ちたアイシャドウにため息をついて、直すのも面倒だからと全部落と
すべく私は全力で目をこすった。


 休みってなんで終わるの早いんだろうねー。
 そんなどうでもいいメールが来た。返信が面倒だから、携帯はそのまま鞄にしまう。二日以内
ならセーフだと思うよ。休みっていっても何するわけでもないから、私はどちらかというと勉強し
ているほうが好き。やっと終わった春休みに手を振って、彼氏との待ち合わせ場所に向かう。
 人を待たせるのが嫌いな私は十五分前に到着。その時間つぶしのために指定する本屋で、
適当に漁る。
「ごめ、待った?」
「うん。待った」

54 :No.13 変化するものしないもの 4/5 ◇JiMIdsuY2g:07/08/12 11:48:57 ID:5kXIXUbr
 時間通りに来た彼の平謝りに、にやりと笑う。からかい甲斐がある人は大好きだ。個性がある
わけじゃないけれど、その普通さが心地いい。
 暇だから一緒に何か食べようかって話になり、適当にぶらつくことにする。ラーメンかパスタ
かで争って、結局ファミレス。
 取り留めのない話で二時間程度。ネタが付き始めた頃、一通のメールが届いた。原田さんだ。
"今から告白してくるー!"
 顔文字が鬱陶しい。でも、こういう時ぐらいは六年来の友人の期待通りの返信をしても良いか
もしれない。とりあえず応援だけして、ふと思い至って彼氏に向き合う。
「今更だけどさ、私らなんで付き合ってるんだっけ?」
「………さあ?」
 帰宅途中、メールがまた一通届いた。結局当たって砕けたらしい。
 面倒だったから適当に慰めるメールを送ると、二分後に返信。どんな速度で打ってるんだろう。
"思ぃっきり他人事って感じだね。もぉ、悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃった"
 顔文字が鬱陶しい。滅びれば良いのに。
 返答は二日以内ならセーフ。そう思って返信をせず、そのまま忘れた。
 

 気が付けば夏休みになっていて、また私は原田さんと遊ぶことになった。多分、次の冬休みも
春休みもこうやって会い続けるんだろう。
 待ち合わせに十分前に来た私と、二十分遅れた彼女。悪びれない彼女にイラっとしたのはい
つまでだったか。最早慣れっこになった私は怒る気力もない。待ち合わせ場所の本屋を出て、
ドトールへ向かう。いつものコーヒーと、今日はなんとなくケーキも一つ。ちなみに彼女の注文は
ケーキ二種類とジュースだった。それ、胸焼けしないの?
 彼女の原稿を読みながら、顔を観察してみる。化粧の濃さは相変わらず。でも多分恋をしてい
るからじゃなくって、覚えたそれを拭えないだけだと思う。私も多分、同じだ。
「あーあ。どっかぱーっと遊びに行きたい! あと酒!」
「酒は無理。でもいいな、関が原とか彦根城とか行きたい。遠野もいいなあ。一緒に行かない?」
「何そのチョイス。若者なんだからさ、海とか言おうよ。沖縄!」
「えー。だりー。原田さんは元気すぎるんだよ」
「そう? 追いかけっことかしようよ。うふふあははーって」

55 :No.13 変化するものしないもの 5/5 ◇JiMIdsuY2g:07/08/12 11:49:16 ID:5kXIXUbr
「よっしゃ乗った。全速力で追いかけたる。目とか血走らせて!」
「怖いってば!」
「んでその後のんびり貝拾いとかするんでしょ?」
「そうそう。潮干狩り!」
 ……それは何か違わないか。そんな深くまで掘り下げなくても、浅い場所にある貝で満足で
きないのだろうか。そりゃまあ、浜辺に落ちた貝に中身はないけれど。ロマンを求めているのか
違うのかさっぱり分からない会話は、他人が聞いたら首をかしげることに違いない。でも私たち
の間で通じればそれでいいんだろう。
 気が付けば味噌汁の話になっていたから、適当な相槌を打ちながらコーヒーを啜って彼女
の原稿に目を走らせる。お姫様がお城に連れ戻されて、それでも世界が見たいのだと叫ん
でいた。わー素敵ー。読後感の悪さを追及する私の小説とは大違い。
 同じ世界を見てるはずなのになあ。ケーキにフォークを突き刺して、考える。うえ、甘。すで
に二個目に手を伸ばす彼女の世界は、なんて眩しいんだろう。
「あれ?」
 ふと不思議そうに、原田さんが私の顔を覗き込んだ。ちょ、近い。思わず遠ざかると、首をか
しげて指差される。
「もしかして、みーちゃん、化粧してる?」
 やだーと嬉しそうに騒ぐ原田さん。やっぱり心境の変化やら何やらを探ってくる。うぜー。
 どうしちゃったの、なんて聞かれても答えようがない。だって私が化粧を始めたのはずっと前
で、変化したというならばむしろそれは今更気づいた彼女の方だ。
 返答に窮したのでとりあえず肩をすくめて冗談っぽく言ってみる。
「実はさ、彼氏が出来たんだよね」
 信じてもらえなかった。



おわる



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