【 【せもたれ】 】
◆Cj7Rj1d.D




56 :No.14 【せもたれ】 1/1 ◇Cj7Rj1d.D:07/08/12 11:49:59 ID:5kXIXUbr
 じいちゃんが笑っている。笑うとえくぼができるじいちゃんの顔。俺はガキの頃からじいちゃんの笑顔が好きだった。チャリの補助
輪を外した時、テストでいい点をとった時、マラソンで区間賞を貰った時。いつも、一番喜んでくれたのはじいちゃんだった。俺が大
学に合格した時になんて、じいちゃん感動しすぎて泣いてたっけ。じいちゃん、上京する時に貰った御守り、大事に持ってるよ。
 ばあちゃんが不機嫌そうな顔をしている。ばあちゃんは厳しい人だった。挨拶の仕方や、行儀なんか全部俺はばあちゃんに叩き込ま
れた。でもそれも俺のためだったんだよな。俺が小学生だった頃、イジメられてたくさん痣やら擦り傷やらをつくって帰って来た時、
ばあちゃんは凄い剣幕で誰にやられた、ばあちゃんがそいつら全員同じ目に合わせてやる、って言ったことがあった。いつも冷静で厳
格なばあちゃんが怒ったのはあの時が最初で最後だった。なんだか恥ずかしくて言えずじまいだけど、ばあちゃん、俺さ、すげえ嬉し
かったんだよ。
 母ちゃんが心配そうな顔をしている。母ちゃんはいつも俺を心配してくれていた。でも俺はそれを煩わしいと感じていた時があった。
俺のことなんてなにも知らないくせに、なんて思ってさ。大学でうまくいってない時に、母ちゃん電話で言ってくれたよね。嫌なこと
があったら直ぐに戻って来なさい、て。俺は、家が楽じゃないのを知っていたからそんなこと母ちゃんが言ってくれるなんて思わなか
った。母ちゃん、俺、母ちゃんのその一言で大学ちゃんと卒業できたんだよ。ごめんな、母ちゃん、わがままばっか言って。母ちゃん、
心配してくれてありがとう。
 子供の頃の俺に、父ちゃんが絵本を読んでくれている。父ちゃんの声は温かくて、優しくて、絵本を聴き終わる前に、いつも俺は寝
てたっけ。父ちゃん、俺もっと父ちゃんと話たかったよ。色んな所に一緒に行きたかった。ああ、会いたいな。

 眼を開ける。俺はアパートの一室に一人。スーツを着たままベットに寝転んでいる夏の夜。馳せた思いが身体に染み込んでいく。
 また、明日も頑張れる。そんな気がした。《終》



BACK−変化するものしないもの◆JiMIdsuY2g  |  INDEXへ  |  NEXT−Recover◆kP2iJ1lvqM