【 友達の話 】
◆vJYNv4JR5w




30 :No.08 友達の話 1/4 ◇vJYNv4JR5w:07/08/11 22:36:06 ID:Hvkbkqxi
 これは俺の友達の話。

 まぁ、仮にそいつをAとしておこう。

 Aは高校を卒業すると、東京の聞いたこともない大学に進学したんだ。
もちろん地元の大学も受験したけど、滑り止めの大学にも引っ掛からなかったらしい。
本人は浪人するか、しないかで結構悩んだそうだ。

 結局Aは浪人はせずに、唯一合格したその東京の大学へ進学することにした。
東京でのキャンパスライフは予想よりも面白かったし、大学の講義も、バイトも何もかもが新しい体験、新しい刺激だった。

 八月になり、大学も夏休みに入った頃にはすっかり東京での生活に慣れてきていた。
休み中は毎日がバイト三昧の日々だったが、八月も中旬を過ぎた頃に店長から
「親父さんとお袋さんに顔を見せに帰省しろ」
と半ば強引に十日間の休みを言い渡された。

 ちょうど地元の友達から同窓会が開催されるという連絡も来ていたので、この機会にと初めての帰省をすることにしたんだ。
帰省する前の晩は何故かドキドキして眠れなかった。
帰省する日の朝、Aは家中の電化製品の電源コードをコンセントから引っこ抜いた。
家中の電化製品を一つ残らず全部だ。
何故って、それはAは親父に電化製品ってのは電源を入れていなくても電力を消費すると教わったからだ。
他に理由は無い。
兎に角、家中の電化製品、テレビ、エアコン、ミニコンポ、電子レンジ、冷蔵庫、パソコン……、全ての電源プラグを抜いたんだ。
それが終わると今度は必要な物だけボストンバックに詰め込み、午後一番の新幹線に飛び乗り帰省した。

 帰省中は地元の友達と朝までドンチャン騒ぎ。
花火大会、灼熱の海岸、同窓会と散々に遊びまくった。
しかし楽しいときは一瞬のうちに過ぎ去るもので、瞬く間に予定の十日間は過ぎていった。

31 :No.08 友達の話 2/4 ◇vJYNv4JR5w:07/08/11 22:36:21 ID:Hvkbkqxi
 帰京の際、地元の駅まで送ってくれた兄貴は「早く彼女作れよ」なんて言いやがった。まったく余計なお世話だ。

 帰りの道中にも色々あったが、ここでは割愛しておく。
兎に角、約四時間かかって大学から徒歩十分の自分のアパートの前に帰り着いたのは二十時頃だった。
もう汗まみれのヘトヘトで、部屋に着いたらシャワーを浴びようとか、明日からまたバイトだな、
なんて取り留めの無いことを考えながらアパート部屋の前まで進んだんだ。
部屋の鍵を開け、中に入ると頭の中まで茹るような熱風が押し寄せ、さらに大量の汗が吹き出た。
「暑い、暑い、クソ暑い」
締め切った部屋の淀んだ空気の中、一人文句を言いながら進み入る。
乱雑に散らかった部屋を掻き分け、部屋に明かりを灯し、窓を全開にする。
しばらく換気した後、今度は窓を閉じエアコンの前まで進みより、エアコンのリモコンを操作した。
が、電源がつかない。
「ああ、そうだった。コード抜いて行ったんだった」
そう呟きながらエアコンの電源コードをコンセントに挿し込み、もう一度スイッチを入れる。
数秒間の後、エアコンから遠慮がちに出てくる微風。
その前でボヘーっとしていると右前方のキッチン横に冷蔵庫が見えた。

 瞬間、汗が引いた。
一人暮らし向け、小型ツードアタイプの冷蔵庫。
普通のごく一般的な冷蔵庫。
電源コードの抜けた、冷蔵庫。
真夏のクソ暑いこの時期に、電源が切られた冷蔵庫。
中には喰いかけの惣菜、菓子パン、飲みかけの缶コーヒー、牛乳に卵、冷凍室にはアイスまで入っていたはずだ……。

 血の気が引くと同時に、今度は脂汗が吹き出る。
汗が冷たい雫となって背中を伝わるのを感じる。
金縛りにでも掛かった様にエアコンの前から動けない。
先刻までの茹で上がるような暑さは消え失せ、冷凍室のような寒気。
エアコンは真冬の寒気団の様な冷風を容赦なく提供し続ける。

32 :No.08 友達の話 3/4 ◇vJYNv4JR5w:07/08/11 22:36:35 ID:Hvkbkqxi
 何時間、何分間、何秒間、動けなかっただろう。
頭を振って嫌な予感を掻き消し、そっと近づいて、そっと耳を澄ます。
……何も聴こえない。
だが、背中に走る悪寒だけは毎秒ごとに増加する。
心臓の鼓動だけは毎秒ごとに加速する。
もう一度だけ、耳を澄ます。
何も聴こえない。
聞こえるのは、外の喧騒だけ、隣家のテレビ音だけ、他には何も聴こえない。
冷蔵庫のモーター音すら、聴こえない。

 そっと冷蔵庫の扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開けてみる。
瞬間、無数の、幾十、幾百、幾千、という数の蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲……。

 早まる鼓動を押さえ付け、扉を閉じる。
一秒と開けていないにも関わらず、冷蔵庫からは無数の蟲が飛び出し、飛び散り、黒い塊となった。
ある塊は床に飛び散ると、さらに小さな塊となり方々に散らばった。
さらにある塊は空中へと飛び出し、壁や蛍光灯へと散らばった。

 飛び退く様な形で部屋の隅に転がり、気がつくと両手にガムテープと殺虫剤を掴み取っていた。
冷蔵庫に殺虫剤を吹きかけながらドアをガムテープで眼張し、有りっ丈の気合で冷蔵庫を玄関の外に追いやった。
無我夢中だった。
冷蔵庫を玄関の外に追いやった後、キッチン横の冷蔵庫の鎮座していた場所には、何のものか判別不能の黒い汁がこびり付き、
無数の蟲達が群がっていた。

33 :No.08 友達の話 4/4 ◇vJYNv4JR5w:07/08/11 22:36:52 ID:Hvkbkqxi
 この後の事は語るまい。
否、語れない。
週末に意を決し、再び冷蔵庫を開けたときの地獄絵図など書けるはずもない。
群がる蟲と、あの臭気。
蟲と蟲臭と腐敗と腐臭と蝿と蛆と……。

 え? その後、冷蔵庫はどうしたかって?
新しいのを買ったよ。
何度洗っても、どんな洗剤を吹きかけても、臭いが取れなかったからな。
余談だが、去年の夏のバイト代は全てコレに変わったよ。

 最後にもう一度だけ繰り返すが、これは俺の友達の話だ。  
 
 <終>



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