【 「小説的な、余りに小説的な」 】
◆ZRkX.i5zow




22 :No.04 「小説的な、余りに小説的な」 1/2 ◇ZRkX.i5zow:07/08/11 10:42:50 ID:Hvkbkqxi
 私にとって私小説と言えば、太宰治の「人間失格」がまず浮かぶ。そして次に頭の中から引っ張り出されたのは、
それしか私小説を読んだ事が無いと言う事実だった。
 いや参ったぞ、何を書けば良いのか分からない。こんな事ならもっと純文学というものをほじくり返せば良かった
と思ったがそんな時間は今はもう無い。とりあえずその人間失格を思い返してみても、私には過去にゲームの如き、
女性から迫られた覚えは無いし、薬漬けにされた訳でもない、ましてや幾度も自殺を試みるといった根性も持ち合わせては
いない。せいぜい堀木のような奴とつるんだくらいで、昔にもああいう今でもいそうなくだらない奴がいるんだなぁ、
といった事しかあの小説からは学んでいない。そりゃあ、周りが皆三島由紀夫ばっかりじゃ困るけれども。だけど私自身、
堀木のような、またはもっとくだらない奴だろうからタチが悪い。
 そもそも私小説とは何なのか。小説と名のつく以上、どこかしらに虚構があった方が良いのだろう。しかし私がここまで
書いてきた文章で、フィクションといえば一人称を気取って「私」にしているくらいしかない。これではエッセイにもなりやしない。
いやいや、このままではまずいな。筒井康隆の大劣化版みたくなっている事にあせりつつ、ここから小説に発展させるべく模索していこう。
 そうだ、何の事はないのだ。嘘を入れれば小説だ。今は冬で寒い中、厚着に更にコートを羽織りこれを書いている。コーヒーでも
飲んでストーリーをひねり出そう。
 今リビングに出んと立ち上がろうとした時、ちょうど良い所に嫁がコーヒーを持ってきてくれた。
「あなた、少しお休みになってはどうですか?」
「ああ、ありがとう、お前は本当に気が効く奴だ。ちょうどコーヒーが飲みたいと思っていた所なのだよ」
「まぁ、何たる神の気まぐれ」
「いや、違う。これは偶然では決して無い。愛の力さ」
「あなた……」
「みゆき……」
 こんな雰囲気、しかも高層ホテルの最上階から見える景色までも後押ししてくれるとなると、ここで色情緒は欠かせないであろう。
しかし若い二人の行為くらい、邪魔しないでいただこうか。何、幾多ある経験の内の一つくらい、別にどうという事は無いんだがね。
 そして何十分か後、ベッドの上で終わった後特有の疲労感から天井を見てぼんやりしていると、隣で寝ているなゆきがすんすん泣いて
いる事に気がついた。
「どうしたんだ、なゆき」
「最近、あなたとあまり顔を合わせて無かったわよね」
「ああ、仕事に追われているから……。すまない、あと三十行くらいで終わるからその時はゆっくり二人でどこかに……」
「……私、実は通院しているの……」

23 :No.04 「小説的な、余りに小説的な」 2/2 ◇ZRkX.i5zow:07/08/11 10:43:08 ID:Hvkbkqxi
「何だって!?」
「ごめんなさい、あなたに心配させまいとして……。けれどだんだん病状が悪化していて、このままじゃ治らないって……」
「だからあの時……」
 思い当たる節がいくつもあった。ふらついていたり、どことなくぼーっとしている気がしたのはこのせいか。なんてことだ、もっと
早くに気がついていればこんな事には……。
「このままじゃ、私、死――」
「言うな!」俺はなゆきのウェーブかかった頭を抱きよせた「大丈夫、きっと治るさ。俺がついてる、心配ない」
「あなた……」
「さちこ……」
 ふと大きなガラス窓からあるものが目に入った。飛行船だ。その機体には「版坂大学病院、診療受付中!」の文字。
 そこで俺は数日後その病院に行ったのだった。医者に見せると、その教授はあっさりと癌だと告げた。
「なんだって……」
「でも心配いりませんよ、手術して摘出すれば治るものです」
 俺はさちこを不安ながらも執刀させた。数時間後、教授は成功だと言った。しかしさちこの容態は良くなったようには思えない。
それどころか悪化しているように見える。周りの部下らしい者もどこか慌てているようにも見えるのだ。大丈夫なのか、いや俺が
こんな事考えても仕方が無い。
 だが不安がした。教授が成功だと言った手術なのに、さちこが死んでしまった。ああ、さちこ、なんでこんな事に……。さちこ、さちこ、みゆき……。
 ……これはもしや医者の不手際か。周囲の医者からどことなく感じ取れた不安。俺は事実が知りたい。真実が知りたい。だが大学病院相手に裁判
なんて……。それに弁護士も就いてくれるのだろうか……。
 ここからの話は山崎豊子の代表作とほとんど同じ展開なので参照されたし。割愛。

 ――あの時、俺はみゆきをこれ以上無いくらい愛していた。今でもそれは変わらず。変わったのはタッタ一つの事だけ。みゆきは俺の心から
いつまでも離れないだろう。俺だって同じだ。
 みゆき、ようやく終わったぞ、ゆっくり二人で何をしよう……。君がいなくなった事を後悔してもしょうがないんだ。前を向いて歩いてゆこう。
 これからの事を考えながら、私は筆を放り投げ、狭い部屋から飛び出した。
  (終)



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