【 Lv.11×2 】
◆DppZDahiPc




9 :No.03 Lv.11×2 1/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:37:46 ID:Hvkbkqxi
 スーパーファミコンにプレイステーションといったゲームのソフトや、翼の生えたガンダ
ムのプラモデル、千切れたコミック雑誌、お菓子の食べカス、その他もろもろが乱雑に散ら
ばった部屋。部屋の主、富士原勇気の性格をそのまま表しているような部屋の有様。
 だが、どれほど散らかっていたとしても、彼らはあまり気にならないようだ。
 彼ら――勇気のクラスメイト/遊び仲間にとって、放任主義の親をもつ勇気の家は溜まり
場にするのに適していたからだ。
 それに勉強机、上部が荷物収納スペースになった二段ベッド、それだけで部屋の面積の大
半は埋められていたが、まだ身体の小さな彼らが身を置くには充分な広さがあったし。色々
なものを隠しておけるだけの、スペースだけはきちんと存在していたのも理由の一つといえ
る。
 相羽晃司――彼らの一人である少年にとって、勇気の部屋はまるで玩具箱、いや、それ以
上の存在といえた。
 物心ついた頃より父親の存在はなく、母子家庭で育った彼にとって、勇気の部屋に転がっ
ているものはどれも宝物に見えた。
 壊れたプラモデルを組み立てなおし、違う形に新生させ。
 勇気がやらなくなったゲームをソフトを、借りるという形でもらい。
 彼らの内誰かがベッドの下に隠したエロ本。
 晃司が欲しかったもの/欲しいもの/欲しいと考えたことすらなかったもの――まさに勇
気の部屋は玩具箱だった。
 勇気の部屋に集うクラスメイトたちの中でも、晃司は毎日のように勇気の部屋を訪れてい
た。
「あいつらも大変だよな」
 四時が過ぎ、陽が落ち着いてきた頃。格闘ゲームで対戦していると、勇気が不意にそんな
ことを言った。
 勇気の使う隠しキャラ相手に、攻めあぐねていた晃司は「へ?」と間抜けな声を返した。
 半眼でテレビを見据える勇気。
「……や。なんでもね」
 言葉と共に手が動き、勇気の言葉に気を取られた晃司はなす術もなく負けた。
 勇気は勝利コールを聞くまでもなく、スーパーファミコンのコントローラーを投げ出すと、
二段ベッドの下に潜り込み。枕元に積まれた漫画を掴み、読み始めた。

10 :No.03 Lv.11×2 2/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:38:04 ID:Hvkbkqxi
 晃司はどうしたのだろうと、友人の行動に戸惑ったが。勇気が唐突に拗ねることは、少な
からずあったので、小さくため息はついたものの。ティッシュ箱を改造して作られたソフト
ケースを掴み、ケースに入れられず剥き出しで挟まっていたリッジレーサーを抜き出した。
 勇気のプレイステーションはまだ買ってからそれほど経っていないのだが、いつも晃司た
ちが乱暴に使うせいで、既に読み込み難くなっていた。
 傾けたり立てかけたりしながら晃司が首を捻っていると。
「なあ、晃司」
「……んー、なに?」
 垂直に立ててみたが読み込まない。
「おまえ、塾とか行かなくていいのか」
 どうやらCDの方にも傷が着いているみたいだと晃司は、違うソフトを物色することにした。
 見覚えのないソフトが幾つかあった。
「『小学校の勉強なら、授業をちゃんと聴いてれば、塾なんて行かなくても大丈夫』って、
お母さん言ってたし」
「……ふうん」
 勇気は呟いた。
「でも、おまえ馬鹿じゃん」
「うん」
 晃司の即応。
「いや否定しろよ」
「馬鹿だって分かってるから塾に行かないんだよ」
「あ?」
 勇気は漫画を横に置いた。
「なんだそれ」
 晃司はソフト漁りを続けながら答えた。
「塾行っても意味ないって意味。わざわざ恥かくために行くのもつまんないし」
 その諦めにも似た冗句に勇気は小さく息を洩らしていた。
「それに勇気だって馬鹿じゃない」
 そういった晃司の視線が向くと、勇気は口元に笑みを浮かべた。それには小さいが、どこ
か苦味のようなものが滲んでいた。

11 :No.03 Lv.11×2 3/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:38:26 ID:Hvkbkqxi
「おまえよりはマシだっての」
「そうかな?」
「そうさ」
 いうや勇気は身体を起こして、床に落ちたままのコントローラーを掴んだのだった。

***

 勇気の家から程近いゲームショップの店頭、二人の少年が並んでぽかんと口を開けていた。
 十四型の小さなブラウン管に映される、もう五度ほどもリピートして視ていながらも、彼
らのリアクションに変化はない。
 その映像は彼らにとって衝撃が大きすぎた。
 既にジャンプやゲーム雑誌で静止画は見ていたが、それはカクカクした人形のようにしか
見えず、驚くようなものではなかった。こんなちゃちい人形よりも、ドット絵を綺麗に描い
たほうが良かったんじゃないか――勇気は最初、そのゲームを知った時にそういった。
 それが発売される以前からポリゴンを使ったゲームは幾つか存在していた、リッジレーサ
ーなどは実写さながらだった。なのに、あのスクウェアがこんなしょぼいのしか作れないな
んてと晃司に言っていた。
 だが、その考えは改めらさせられた。
 店頭の古臭いテレビは、その瞬間、確かに少年たちを夢の世界へ誘う扉となった。
 夢の――いや、夢ですら見ることが出来なかった未知の幻想へと繋がる扉。
 ファイナルファンタジー7
 それはスクウェアから放たれた凶弾。ゲーム業界をそれまでとは別のステージへ押し上げ。
それから数年ほどの間、プレイステーションを家庭用ゲーム機市場の王者として君臨させる
決め手となったソフトだ。
 そしてそれは、少年たちにも強い影響を与えた。
 晃司は驚き疲れたように息を吐くと、勇気に笑いかけた。
「すごいねえ、これゲームなんだよね」
「ゲームじゃなかったらなんだっていうんだよ」
 晃司の言葉に勇気は呆れたが、勇気はにこにこと楽しげな笑みを浮かべたまま。
「いやほら、映画とか」

12 :No.03 Lv.11×2 4/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:38:43 ID:Hvkbkqxi
「ああ」
 勇気は納得したものの、晃司の考えが微笑ましかった。
 きらきらした瞳で再びデモ画面を見入る晃司を見て、勇気は誰にも聞こえない声で呟いた。
「買うか」
 買って一緒にプレイすれば、どれだけの晃司の笑顔が見れるだろうか。晃司と一緒の時間
を共有できるだろうか。
 そう考えただけで、勇気の心は弾んでいた。

***

「ふにゃーん、お母ー様のお帰りでっすよーん」
 ファイナルファンタジー7の発売日が迫った夜のこと、珍しく酔っ払って帰ってきた晃司
の母――相羽郁美が手に持っていたものを見て、晃司は目を疑った。
 季節外れのクリスマスカラーの包装紙が巻かれた、灰色の箱。
 それにはプレイステーションのロゴマークが描かれていた。
「お母さん。……そ、それ」
「えへへー、晃司ぃ。会社でねー、ビンゴゲームあってねー。おみやげだよぉ」
 そういってその箱を晃司に押し付けると、郁美は着崩れたスーツを一枚一枚脱ぎ捨てなが
ら、喜ぶ息子を見てゆるんだ顔を更にゆるませた。
「うれしい?」
「うん、うれしいよっ」
 勢いよく頷く晃司は、ビリビリと包装紙を破り、箱を力任せに開け、灰色のプレイステー
ションを取り出した。
 その艶やかな肌触りは、使い込まれた勇気のプレイステーションにはなく。ロゴマークは
擦り切れずにぴかぴかと輝いていたし、電源やAVケーブルは新品を示すように小さく小分
けされていたし、どこも埃をかぶっていないし手垢もついていない。
 晃司は慌ててテレビにケーブルを挿し、コンセントからスーパーファミコンの電源アダプ
タを抜いて新品の電源ケーブルを挿し込み、接続――プレイステーションの電源を点けると、
勇気の家で何度となく見たロゴマークがテレビに現れ。
「おおっ」

13 :No.03 Lv.11×2 5/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:39:03 ID:Hvkbkqxi
「へえー」
 親子は二人仲良く並んで声を上げた。
 そこでようやく、晃司はあることに気がついた。
「母さん大変だっ」
「あれー、画面変わらないねぇ」
「ソフトがないっ!」
 晃司が振り返っていうと、いつのまにやら郁美は裸になっていて、晃司は向けた顔を反ら
した。
「は、裸で歩くなってゆったろ」
 郁美はゆるんだ微笑を浮かべて晃司に聞き返した。
「ねえ、ソフトってなあに? それがないと遊べないの?」
「だから、なんで裸な――ひゃっ」
 怒鳴る息子を後ろから捕まえると、抱き上げ、郁美はそのままお風呂場の方へと酔っ払っ
た足を向けた。
 母親に抱っこしてもらう嬉しさ半分。
 腕にあたるむにむにとした胸の柔らかさえの照れ半分。
 どっちにしろ表情に出すことも恥ずかしい感情を、覆い隠すように晃司は叫んだ。
「もう一緒にお風呂には入らないってゆったでしょ」
 じたばた暴れる息子を落としてしまわないように、郁美は酔っ払った平衡感覚を保ちなが
ら歩きつつ、にへへー悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、一緒にお風呂入ってくれたら、明日お休みだから一緒にゲームのソフトクリーム
買いに行くよっ」
「……う」
 晃司はあっさりと、
「うん、分かった」
 母親の提案を受け入れた。
「よしっ」
 母親と風呂に入るのは照れくさかったが、それほどに提示された条件は魅力的だった。
 物心ついた頃よりの母との二人暮らしは、貧しさと寂しさとの戦いの日々ともいえた。

14 :No.03 Lv.11×2 6/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:39:23 ID:Hvkbkqxi
 貧しさは慣れて、今ではそれほど気にならなかったが。シングルマザーとして人一倍以上、
晃司の目にも辛そうに見えてしまうほど働いてきた郁美。その分、晃司と一緒にいられる時
間は少なく。
 母のいない寂しさに慣れることなどできるわけもなかった。それが、自分のためがんばっ
てくれているのだと解かっても。そうと納得できるほど晃司は大人ではない。
 だから、塾にも行かず、門限もない勇気と共にいる時間は晃司にとって救いと言えた。
 毎日のように遊んでいる内に、晃司は勇気のことを本当の兄弟のように思っている。
 勇気がいてくれたから、晃司は母と一緒にいられない辛さに耐えることができた。
 晃司は母の腕に抱かれて小さく笑った。
 ――プレイステーションを買ったことは、まず勇気に報告しよう。
 そう思って笑った。
「機嫌よさそうじゃない」
 郁美の言葉に、晃司は照れ隠しで答えた。
「母さんこそ、何かいいことあったの?」
 その言葉に郁美はわずかにたじろぎ、笑いが一瞬止まったが。直後にはそれまで以上の大
きな声で笑っていた。
「なんでもないわよ、――おっと」
 風呂に入る直前で足を滑らせた郁美は、思わず晃司を手放してしまい、沸いていない浴槽
へ晃司を投げ込んだ。

***

 母親に浴槽にぶちこまれたせいで晃司は二年ぶりに風邪をひいてしまい、そのせいで三日
ほど学校を休んだ。
 晃司は郁美にファイナルファンタジー7を買う約束を取り付けると、郁美もどうやったも
のか、予約でいっぱいのファイナルファンタジー7をコンビニで予約してのけ、発売日の朝
には晃司の手にはファイナルファンタジー7があった。
 勇気に自慢しようと晃司はそれを学校へ持っていくことにした。
 二人きりの時に自慢しようと、晃司はわくわくしながら昼休みを待ち――そしてその瞬間
は訪れた。

15 :No.03 Lv.11×2 7/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:39:39 ID:Hvkbkqxi
「盗まれた?」
 誰かがあげた声に晃司は取り出そうとしていたソフトを掴んだまま、そちらを見ると。声
があがったその中心に勇気が立っていた。絶望を深く塗りこんだような顔をして。
 盗まれたという言葉の怖さに、晃司が呆然としていると。
「なにが盗まれたの?」
 女子の誰かが勇気に訊いた。
「今朝、コンビニで買ったFF7」
 泣きそうな勇気の声に、学校が揺れるのではないかという声があがった。
 周囲にいた者たちは勇気から詳しい事情を聞き出そうと四方八方から声をかけた。
 晃司が戸惑いどうすればいいか分からず、取り合えず勇気の方へ行こうと出し掛けたソフ
トを机の中に押し戻し、立ち上がると。
「おい」
 あまり親しくないクラスメイトが晃司の肩を掴んだ。
「なに隠したんだよ、今」
「……え」
 それほど大きな声ではなかったが、周囲が注目するのに充分な言葉だった。
「答えろよ、なんか隠しただろ」
 そいつはそう言うと晃司の机に手を突っ込み、見つけてしまった――ファイナルファンタ
ジー7を。
「なんだよこれ」
「ちょ、違うってそれは」
 晃司が弁解しようと声を上げるも。
「え、相羽くんが盗んだの」
 その光景を見て早合点した誰かがそういった瞬間。晃司が郁美に買ってもらったソフトは、
晃司が勇気から盗んだソフトだということになった。
 晃司が取り返そうとするも、勇気へ渡ってしまい。
「勇気、信じてくれ。それは僕のなんだ、ほんとなんだよ」
 必死で言い、近づこうとする晃司を誰かが後ろから羽交い絞めにした。一人では手が足り
ず、三人がかりで晃司は勇気に押さえ込まれた。

16 :No.03 Lv.11×2 8/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:39:58 ID:Hvkbkqxi
 勇気は助けてくれず、晃司と『戻ってきた』ファイナルファンタジー7とを見比べながら、
何度も首を振っていた。
「なんでだよ。勇気。友達だろっ」
 晃司の叫びに、勇気の答えは。
「おまえ……プレイステーション持ってないだろ、なのになんでソフトだけ買ったとか」
 風邪で休んでいるあいだ、晃司は勇気と連絡を取らず、晃司がプレイステーションを買っ
たことなど知るわけもない。
「お母さんが貰ってきたんだ、うそじゃない、ほんとなんだ。この前貰ってきたんだよ」
 晃司の言葉は、一考するに値する言葉ではあった。
 だが、第三者にとって興奮する盗人でしかない晃司のあげる叫びは、ただの言い訳に過ぎ
ない。
「都合のいいこというなよ、お前んち貧乏なくせに」
 誰かが言った言葉に、晃司は何かがキレるのが分かった。
「誰だよ、今言ったの!」
 晃司は叫ぶと、勢いのまま拘束を振り切り、衝動のまま、暴れた。

***

 幸いにも晃司が暴れて派手な怪我を負う者はおらず、呼び出された郁美が確かに今朝ファ
イナルファンタジー7を買ったことをレシート付で証言すると。同様に呼び出された相手側
の家族のほうが晃司に謝り、最初に晃司を疑った者以外晃司へ頭を下げた。
 最初に晃司を疑った者の姿を見る者はいなかったのは、盗まれた勇気のファイナルファン
タジー7がそいつの机から見つかったからだと、後で晃司は聞いた。
 保険医が他の生徒を治療するため保健室を後にすると、郁美は無言で晃司の頬を叩いた。
 突然のことに呆然とする晃司に、三十過ぎても子供っぽさが抜けない郁美は、涙を溜め。
「駄目でしょ、お友達のこと叩いたりしたら」
「で、でも」
「でもじゃないのっ」
 郁美がそういうと、晃司は母を見ることが出来ず目を反らし。人を殴ったことによって腫
れた拳を見て、晃司は更に視線を動かした。

17 :No.03 Lv.11×2 9/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:40:17 ID:Hvkbkqxi
 保健室の少し汚れた白い床があった。
 それはまるで晃司の鞄に納まっているファイナルファンタジー7のパッケージのようだっ
た。
 郁美は落ち込む晃司の様子をみて、少しだけ興奮が冷めたのか、ベッドに座る晃司の隣に
腰掛けると、小さな肩を抱こうとして、拒絶された。
 晃司からの拒絶は、郁美が言ったことを飲み込めないからではないと、分かってしまい。
郁美はかける言葉を失い、だが息子との間に無言があることが耐えられず。
「痛かった?」
 おずおずと訊いた。
 晃司はそっぽを向いたまま首を横に振った。
 晃司の手はベッドの端を掴み、強く強く握り締めていた。
 ――あの時、
『おまえ……プレイステーション持ってないだろ、なのになんでソフトだけ買ったとか』
 なんで勇気は、直ぐに信じてくれなかったんだろうか?
 奥歯を噛み締めると、歯茎に僅かな痛みが走った。


 晃司は家に帰ってもファイナルファンタジー7をプレイすることはなかった。

 ただ、電話の側でうずくまり、テレビを見たりして時間を潰し続けた。
 時折受話器に手が伸びたが、それは直ぐに膝の上に戻ってしまった。
「お風呂入らない?」
 バスタオルを持って郁美が近寄ってきたが、晃司は目も向けず。
「入らない」
 ぼそっと返した。
 その日、晃司はどうすればいいか分かっていながらも、どうすることもできないまま。買
ったばかりのソフトを開封することもなく、寝た。

***


18 :No.03 Lv.11×2 10/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:40:34 ID:Hvkbkqxi
 翌日の教室はオイルが必要なほど錆び付いていた。
 晃司はいつもならば加わる昼休みのサッカーにも参加せず、一人でいた。どうやらそれは
勇気も同じようだった。
 最初に晃司を疑ったクラスメイトは学校を休んでいた。
 誰も発売したばかりのファイナルファンタジー7の話をせず、晃司の耳の届かないところ
で昨日のことを噂していた。
 晃司は、勇気が晃司を気にしているのに気付けるだけ勇気を気にしていた。
 だが、それだけだった。
 二人の間に生じた不協和音を払拭することができず、二人の距離は少しずつ離れていった
が、二人にはどうしようもなかった。
「ねえ、晃司。一緒にお風呂はいろっか」
 一週間ほど経った夜、郁美は暗い顔の晃司に構わず言った。
 晃司は断ろうとしたが、大人の腕力で捻じ伏せられ強引に風呂場に連れ込まれていた。
 怒る気力もなく晃司は母の膝の上にちょこんと座って、不貞腐れた顔で湯気が流れるのを
見続けた。
「あのさ、少しお話したいことあるんだけど」
「……なに?」
 面倒くさそうな返事。
 返事さえ聞ければ充分だという笑顔。
「母さんね、再婚することになったの」
「…………は?」
 その言葉を飲み込むのには時間が必要だった。
 唐突過ぎる言葉に、晃司は一瞬目眩がした。
「なんで? え? 誰と? 冗談じゃないんだよね?」
「あははは、そうだよね。驚いちゃうよね……でも、本当なんだ」
 郁美は晃司が納得できるように説明した。
 相手が会社の上司でとてもよくしてくれた人だということ、子供が好きだということ、今
度の日曜日には紹介する気でいたこと。あのプレイステーションはその人からの晃司へのプ
レゼントで、ファイナルファンタジー7が手に入ったのはその人のおかげだということ。

19 :No.03 Lv.11×2 11/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:40:51 ID:Hvkbkqxi
 そして、結婚したらその人の家で暮らすから引っ越すこと。
「……うそでしょ」
 晃司は思わず聞き返していた。
 だが郁美はいつものようにゆるんだ顔はせず、真剣な面持ちのまま「ほんとよ」と短く答
えた。
 母は晃司の小さな身体を抱きしめた。
「いつ、引っ越すの」
「割と直ぐ、かな。あんなことあったし、もう今の学校、行きたくないよね」
 母の言葉に、晃司は言葉を返さなかった。

***

 晃司は翌日学校へある決意をもって学校に行った。
 勇気と顔を合わせるのが辛く、最近は時間ギリギリに登校していたが、今日はそうはせず
勇気が来るのを待った。
 予定通り現れた勇気は、いつもより早い時間に登校していた晃司を見て小さく唸り。
「おはよう」
 掠れた声でそう言った。
 晃司はうんと頷き、扉のところで立ち尽くす勇気の側まで行き、告げた。
「ついてこいよ」
「ああ……」
 勇気は素直に従った。


 晃司は勇気を校舎とプールの間、人目につきにくい場所まで連れて行くと、誰もいないこ
とを確認して、勇気を殴りつけた。
「――っ!?」
 殴られた衝撃で顔を歪めたものの、勇気は転ぶこともなく校舎の壁に手を付き、晃司を見
た。
 晃司はただ殴りつけただけにも関わらず、荒く肩で息をし、勇気を睨み付けた。

20 :No.03 Lv.11×2 12/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:41:10 ID:Hvkbkqxi
「これで僕のことを疑ったことは赦してやる! だから、僕のことを避けるなよ、このクソ
野郎っ!」
 その言葉に勇気はわずかにぽかんとした。
「分かったか。なら、ほら、仲直りの握手」
 呆気にとられた勇気に構わず晃司は身勝手に手を差し向けた、その手は真っ赤になってい
た。
 唇を上向け汗をだらだら流しながら一方的に言う晃司に、勇気は
「ぷっ」
 思わず笑ってしまっていた。
「なんだそれ。人殴っておきながら、そんなこというかよ普通」
「な、なんだよ。うるさいな。どうでもいいだろそんなこと」
 笑い出した勇気に晃司は顔を真っ赤にして、色々な感情を隠した。これまでと変わらぬ友
情のために。
 握手するまでもないと思ったのか、手を引っ込めようとした晃司の手を掴み勇気は、あれ
と首を傾げた。
 握った晃司の手の感触が、おかしかった。
 それに晃司も気付いて自らの手を見て、力を込めようとしたが、上手く込められず。強引
に込めようとすると。
「――っ」
 鈍い痛みが走った。
 二人は変色していく晃司の手を見ながら、青紫になったところで、ようやく
「ぎゃああ、手が折れたー」
「俺のせいか? 俺のせいじゃないよなー」
 叫びながら保健室へと走った。
 些細な不協和音で崩れてしまうほど、二人の仲は脆くはなかった。

***


21 :No.03 Lv.11×2 13/13 ◇DppZDahiPc:07/08/11 10:41:34 ID:Hvkbkqxi
 一緒にお風呂に浸かりながら、晃司からの報告を聞いて郁美は堪えもせず爆笑した。
「なにそれ、殴っておきながら、自分の手折るって馬鹿じゃないの」
「……うるさいなあ。もお」
 母の胸の感触を背中に感じながら、晃司は不貞腐れたように呟いた。
 折れた手はお湯が付かないようにビニール袋に入れられ、上げられている。不本意ながら
身体を洗うのに、一人では出来ないから、一緒に入るほかなかった。
「でも、良かったわね」
 ひとしきり笑うと、郁美はそう言った。
 晃司は小さく頷いた。
「そうだね。引っ越す前に仲直りできてよかったよ」
「引っ越す?」
 郁美は素っ頓狂な声を上げた。
「へ? 引っ越すんでしょ? さ、再婚するから」
「ああ、あれ。ウソウソ」
 酷く軽く郁美は答えた。
「ああ言えば、あんたら仲直りすると思ってさ。だから、お母様の粋な計らいって奴ね」
 母親の言葉に晃司は手を握りそうになって、痛みが走って止めた。
 酷いウソだったけれど、赦せるウソではあった。

 晃司がファイナルファンタジー7をクリアしたのは、そのエンディングを初めて見てから
二週間ほどが経った後のことだった。

〜fin



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