【 雷の夜 】
◆dT4VPNA4o6




56 :No.16 雷の夜 1/2 ◇dT4VPNA4o6:07/08/05 23:39:10 ID:RE6et5yE
 その日は、残業で帰りが滅茶苦茶遅くなったんだ。まあ、それでも終電には間に合ったんだがね。 
 最寄り駅まであと一駅ってところで、突然ピカッと外が光った。雷と頭が理解する前に轟音が鳴り響いた。
次の瞬間には電車は真っ暗だった。駅に留まってたのは不幸中の幸いって奴だ。案の定停電で電車はそこで動かなくなった。
 一駅と言っても俺の自宅からそう遠くないこともあって、その駅で降りて自宅に帰ることにした。
 朝から変な天気だった。雨は一滴も降らないのに、ゴロゴロ空がなってる。そしてついに落雷だ。変電施設にでも
落ちたのか、あたり一帯が真っ暗闇だった。まあ、家に帰れない事はなかったが。
 真っ暗な空はさっきの落雷がスイッチだったように、ビカビカ光ってる。俺は急ぐために公園を横切ろうと公園入り口に近づいた。
 と、その時突然俺は激しい尿意に襲われた。自宅まではあと少しだが、どうにも我慢できなくなり俺は公園のトイレに駆け込んだ。
 そして用をたして出て来た時だった。俺の耳に雷以外の音が聞こえてきた。何かを叩くような甲高い音だ。この公園は結構広くて
端のほうには木が何本か生えている。酔っ払いかな? と単純な好奇心で音のするほうに近づいていった。
 暗闇に眼を凝らし木々に近づいてみると、誰かが木に何か打ち付けているようだ。よく見えないのでもっと近づこうとしたとき、
また、雷が光った。
 その瞬間俺は、自分の浅はかさを罵った。雷鳴に照らされたのは白装束の人物だった。髪を振り乱し、手に持ったハンマーで何かを
叩いている。何を叩いているかは考えたくもなかった。
 余りの場面に「うお……」と無意識のうちに声が漏れた。そんなデカイ声ではなかったはずだ、だが次の瞬間グルリとその人物が
振り返った。そして再び雷がその顔を照らす、異様にやせこけた顔を、真っ赤に血走った眼を――
「ギャーーー!!」
 どっちがそう叫んだのか良く覚えていない。俺も変な声を出してたと思う。手に持ったハンマーを振り上げてその人物――おそらく女だ――
がこちらに駆け出すのを見て、俺は慌てて駆け出した。
 振り返ることは出来なかった、直ぐ背後から何ともいえない絶叫が聞こえてくる。泣きそうになりながら、自宅に走った。
 マンションの入り口までついてようやく後ろを振り返ると、誰もいなかった。だが俺は急いで自宅の玄関を開けて飛び込んだ。もちろん
玄関の鍵は締めておく。
 電気をつけようとしたが、つかなかった。停電がまだ続いているようだ。俺はそのまま、玄関に座り込んだ。
『ガン!ガン!ガン!ガン!』
 突然玄関が乱暴に叩かれた。考えなくて分かる、さっきの女が追いついたのだ。入るところを見られたのだろうか。ドアノブが
狂ったようにガチャガチャ捻られ、外からは「アー!ウア!!」と獣の様な悲鳴が聞こえる。
 だが突然音がしなくなった。諦めたのかと思って覗き穴を恐る恐る見てみる。誰もいない。ほっと安心した。
 その時バンと突然、新聞受けがこちら側に弾き飛ばされた。どうやらさっきからそこを叩いていたらしい。細い腕が
壊れた新聞受けから入れられ内側のロックを探っている。鍵は手の届くところにある。
 俺は手を掴んで止めさせようとしたが、それが相手を怒らせたらしい。ものすごい力で握り返されこちらが玄関に叩きつけられた。

57 :No.16 雷の夜 2/2 ◇dT4VPNA4o6:07/08/05 23:39:25 ID:RE6et5yE
その弾みに離れたは良かったが、侵入した手はもう鍵に触っている。たまらず俺はベランダから逃げようと走った。
 おれがベランダにたどり着くと同時に、大きな音を立てて玄関が開け放たれた。さっきから止むことのない雷は今度も、女の表情を映した。
 女は凄絶な、笑みを、浮かべていた。
 自分の部屋が最上階とは言え端に位置してたことをこのとき俺は、どっかの誰かに感謝した。女が走り出すのを見た俺は、ベランダから見えている
非常階段に飛び移った。だが、混乱してた俺は下でなく上に、つまり屋上に逃れた。逃げたい一心で気が動転してたのだと思う。
 だが、呆けてる暇はなかった。少し上ったとき直ぐ下で飛び移った音がした。とにかく屋上に出れば、
通常の階段に出られるその後はまた後で考えればいい。
 やっとの思いで、小屋みたいな階段の入り口にたどり着いた俺だったが、入り口は鍵が閉まっていた。そう言えば、ガキが入って
危ないとかって、自治会が立ち入り禁止がどうって……。
 嫌な気配を感じて振り返ると、非常階段のところに女が立っていた、心なしか勝ち誇ってるようにも見える。
 「ヒッ……ヒヒッ!」
 ハンマーを持ち上げて近づいてくる女を見て、もうだめだ俺は諦めてへたり込んだ。
 その瞬間、目の前がピカッと光り俺の視界は真っ白になった。思わず眼を瞑る。遅れてドーン! と言う轟音が響いた。
 キーンという耳鳴りと焼け付き見たいな残像が残ったまま眼を開けると、女が倒れていた。雷が直撃したようだった。どう見ても生きていない。
 俺は命が助かったこと以外に何の感慨もなかった。暫らく呆然と立ち尽くした後、警察を呼ぼうと携帯を取り出したが、電波状態が悪いのか
繋がらなかった。
 とにかく疲れていた俺は、自分の部屋に戻った。相変わらず停電している。警察には明日でも良いだろう、無視するものアリだ。そう、
自分に言い聞かせ、つかれきっていた俺は倒れこむように布団に入った。

 雷が鳴り止まない。
 音がさっきから酷くなっているのもあって、俺は中々寝付けなかった。そして寝返りを打って薄眼でベランダを見た瞬間また、雷が光った。

 雷が、カーテンに、人影を写した。

 そしてまた暗闇が訪れる。



BACK−きせき◆QIrxf/4SJM  |  INDEXへ  |  NEXT−エーテルを見た夜◆p/2XEgrmcs