【 鏡 】
◆twn/e0lews




50 :No.14 鏡 1/3 ◇twn/e0lews:07/08/05 23:33:12 ID:RE6et5yE
 目がさめて、一番に感じる光は、ゆううつだ。
あの、眩しい時に見えてしまう虹も、うっとうしい。
しばらく、目がしばしばして、いたい。
いやだ、いやだ、寝ていたい。
それでも、時間は止まってくれないから、お母さんが下から叫ぶ。
「早くしなさい、グズグズしてないでよ、鬱陶しい」
 階段の下のお母さんに、届くはずもない声で、ごめんなさい、と言った。
ごめんなさいと言うのは癖で、何でも謝れば許されると思っている私が良く表れていると思う。
本当に、いやな人間だ。
 もそもそと動き出して、洗面所に向かう。
適当に顔を洗って、パジャマの袖をまくる。
手首を濡らしてから、ムダ毛処理用のカミソリを肌に押し当てて、きる。
痛いのは、すこしあるけど、寝起きだから、ぼやけている。
血が垂れて、ぬるぬるした感触で、だんだん、目がさめてくる。
パジャマに血の跡が付かないよう、水道を出しっぱなしにして、血を出せるだけ出してしまう。

51 :No.14 鏡 2/3 ◇twn/e0lews:07/08/05 23:33:27 ID:RE6et5yE
「ご飯出来たわよ、早く降りてきなさい」
 下から、お母さんが言った。
私は、ふと鏡を見た。ひどい顔だと、思う。
顔は青白くて、まるで万年生理で貧血みたいな、不健康な人間そのもの。
 昨日、告白された。同じクラスの、あまり話した事のない、成績の良い、背の高い、男の子。
寝る前に、どうして私なんかなのだろうかと考えたけれど、空が青みを帯び始めるまで考えたけれど、答えは出ないまま。
彼は、雰囲気が凄く良い、と言ったけれど、それはおかしいと思う。
だって、私は、学校で、笑っているだけだから。別に、面白くなくても、笑う。
色々と、考えているつもりだけれど、そんな事を喋ったら、みんな、引いてしまうから、何も喋らないで、ずっと笑う。
――私は、ひきょうだ。自分の中でだけ、みんなより上みたいに振る舞って、小馬鹿にしている。
「亜希子! 何してんのよ!」
 ビクッと体が反応して、いやな汗をかいた。
手首を確認したら良い感じに血は弱まっているから、傷口の上にティッシュを置けば十分だろう、急いで返事をする。
「すぐ行く、ごめんなさい」
 食卓へ向かう前に、鏡の中の瞳を見る。
「挨拶は、柔らかく、おはよう。汚い言葉は、使っちゃ駄目。誰かが失敗したら、目許を少し緩めて、ちょっと笑ってあげる。ひどい失敗の時は、気付かない――」
 瞳に向けて、言い聞かせていたら、告白してきた彼にどう対応しようかという問題にぶつかった。
このケースは、今までに経験した事が無いから、巧い対応が、見つからない。
「落ち着いて、考えなさい」

52 :No.14 鏡 3/3 ◇twn/e0lews:07/08/05 23:33:43 ID:RE6et5yE
 声に出して、行動する――彼は私に好意を持っているのだから、優しく応対すれば、下手な事にはならないはずだ――うん、良し、そうだ。なんとかなるかも知れない。
「台詞は、どういうのが良い?」
 鏡に、問いかけ――
「アンタ何やってんの! 早くしなさい!」
――お母さんが、真後ろにいた。
「鏡なんて見てないで、早く来なさい……っとに、とろいんだから」
「ごめんなさい、すぐ行く」
 気持ち悪く跳ねる心臓を堪えながら、私は返した。最後に一度、鏡に向けて呟く。
「何事も、完璧に、出来る、アナタは天才、出来る、完璧に」
 目を閉じて、三秒、数える。
 いち、にい、さん――ゆっくりと、目を開く。良し、これで私は完璧だ。
 世界は私の思う通り動く。ハッ、私は全てを冷笑している。
何せ完璧ですから。何事も、不可能という言葉は私には無いの。
良い事? アンタなんか私につり合う訳無いじゃない、馬鹿ね。
口では優しく断ってあげるけれど、アンタみたいな男眼中に無いの。
 階段を降りようとしたら出窓から日が射した。朝陽は、目に虹を作る。
「クソッタレ」







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