【 光から 】
◆dx10HbTEQg




43 :No.12 光から 1/2 ◇dx10HbTEQg:07/08/05 23:20:51 ID:RE6et5yE
 煌々と瞬くネオン。部屋を照らす電球。道行く人々の手元で、携帯の液晶が光を放つ。
 光は世界の覇者だ。
 電気とかいうものを人が発明するまでは、この世界は暗闇が支配していた。昼の間だけ照らす
太陽と、夜の隙間から届けられる月光。それも天候が崩れれば脆く暗闇に侵食される。ロウソクに
灯した火が消えれば、もう何も見ることは出来ない。
 幽霊が出るのは夜。魑魅魍魎が現われるのも夜。見えないという恐怖から、人は様々な悪意を
想定するほどだった。
 人を救いたくとも出来ない歯がゆさに、光は憎悪を募らせていった。必死な努力を嘲笑い、全てを
黒く塗りつぶす、あの存在。いくら必死に希っても夜は必ず来てしまう。
 だがそれも過去のこと。疎ましい暗闇は、怯える人間自身の手によって淘汰された。
「ありがとう、光」
 街灯に照らされた道路が嬉しげな声で光を迎え入れる。
「君のおかげで、人は無事に家にたどり着ける」
 光のない道は危険だ。獣が出るかもしれないし、なにより迷ってしまうかもしれない。
 しかし人が周囲を警戒する必要はなくなった。嘗ては月夜ばかりであったが、今ではいつでも
安全が保障されている。
 どういたしまして。軽やかにお辞儀をし、光は母親のように人を抱擁した。
「ありがとう、光」
 電球に照らされた店屋が楽しげな声で光を迎え入れる。
「君のおかげで、人は私の所へ来てくれる」
 光のない場所に人は集まらない。犯罪に巻き込まれるかもしれないし、なにより何も見えない
場所に行く理由がない。
 しかしその明かりを駆使して商品をよりよく見せる方法まで考案された。嘗ては叶わなかった
ニ十四時間営業も、今では至るところに溢れている。
 どういたしまして。軽やかにお辞儀をし、光は父親のように人の道標となった。
 光のない場所などもはや存在しない。光は嬉しげに舞う。
 もう負けることなどないのだ、あの暗闇には。嘗て光を侵食し、人を怯えさせたそれは、今や
世界の片隅でうずくまるのみ。

44 :No.12 光から 2/2 ◇dx10HbTEQg:07/08/05 23:21:07 ID:RE6et5yE
 ああ、獲物を見ぃつけた。
 光が世界を駆け回る傍で、ぽつねんと佇み動かない暗闇。憎悪で以って侵食しようしたその時、
見上げる暗闇が小さく嘆いた。
「ねえ、どうしてぼくはひとりなの?」
 誰にも見向きされず、ただ消え行く運命にある存在。ただただ小さくなって隠れるしか能がない
くせに、孤独が嫌だと泣き喚く。
 暗闇とはなんて弱い存在なのか。光はチカチカと舞い踊りながら静かに冷笑した。
「皆、暗闇が怖いんだよ。冷たくて、寂しくて、苦しいから」
「じゃあ、ぼくはどうすればいいの? どうすればひとりじゃなくなるの?」
 馬鹿な暗闇。愚かな暗闇。どうすればいいって? どうすることもできないに決まっている
じゃないか。
 暗闇は暗闇である限り、冷たく、寂しく、苦しい存在なのだ。孤独を生み出す存在でありながら、
暗闇自身がそれを厭うとは。
 光は歓喜に身を震わせた。暗闇が暖かさを望んでいる。散々人を苦しめてきた暗闇が、人に
生み出された光によって世界に取り残され、悩まされている。それはまさしく光の勝利を意味
した。ただ形だけ暗闇を覆っただけではなく、ついにその精神をも打ち負かせたのだ。
 その自身の暖かさで以って冷酷さを覆い隠し、光は手を差し伸べた。
「ならばこちらに来れば良い」
 君を、照らしてあげよう。
 光の中ならば、冷たくも、寂しくも、苦しくもない。そこには沢山の人がいる。沢山の笑顔が
ある。沢山の喜びがある。
 幸福の満ち溢れる世界を羨望の眼差しで眺めながら、暗闇は光に縋りついた。
「あたたかいね。きれいだね。ひかりは、ぼくみたいなくらやみにも、やさしいんだね」
 その身を投げ出し、覆われる。明るさを得た暗闇は既に暗闇ではありえなく、そうして消滅した
それを思い、光は哄笑した。
「私は勝者だ」
 勝ち誇る光は気づかない。
 光に集まる人々の足元。背後に小さく伸びる、その影に。 

<とっぴんぱらりのぷう>



BACK−夏雪−ひかり−◆WGnaka/o0o  |  INDEXへ  |  NEXT−雨あがれば瑠璃色の街◆2LnoVeLzqY