【 未来のギラギラとドラキュラ 】
◆/7C0zzoEsE




29 :No.09 未来のギラギラとドラキュラ 1/4 ◇/7C0zzoEsE:07/08/05 22:37:03 ID:RE6et5yE

「せっかくの校外学習なのに、遊ばないの?」
 昼の自由時間になった。
浅瀬の方から、友人達の朗らかな笑い声が聞こえる。
表情は確認できないが、きっと楽しんでいることだろう。
 仁美は休憩室で、輪になった教師達を横目に一人座っている。
昼食はとっくに済ましているというのに。
「別にいい。あんな動き辛いビーチバレーなんてつまんない。体育館のが良いのに」
「皆、待ってるよ。着る物も先生が準備してくれたし」
 彼女は僕の方を見て、小さくため息をついた。
「夏は嫌い」
 何故か尋ねると、彼女は唇を尖らした。
「日差しが強いから」

 教師の吸った煙草の煙が流れてきて、目に染みた。
外ではギラギラと照りつける太陽の下、生徒達は戯れている。
「焼こうよ、健康的な小麦色な肌は、きっと仁美に似合うよ」
 僕が彼女の手首に触れると、優しく振り払われた。
「死んじゃうの、私」
「え?」
「私、ドラキュラだから。死んじゃうの」

30 :No.09 未来のギラギラとドラキュラ 2/4 ◇/7C0zzoEsE:07/08/05 22:37:18 ID:RE6et5yE
僕は、目を丸くした。
からかわれているのかと、首を捻った。
まるで信じていない態度をとる僕、彼女は途端に不機嫌になる。
「君、私が強い日差しの時に外に出てたことあった?」
 確かに、言われてみれば……。
「記憶に――、無いです」
「私、曇りの日のほうが好きだもんね」
 彼女は小さく伸びをした。
 僕は窓の向こうの、やっぱり賑わっている皆を見ていて、
彼女に鋭く睨まれたので、すぐに俯いた。

「うちはドラキュラの家計だってさ、ずっとお婆様に言われ続けてたの。
『太陽の光をたんと浴びると死ぬわよ』って、
子供心に怖かったなあ。でも、案外嘘じゃないんだよね」
 彼女は話したがっているように見えた。
僕は黙っていることにした。

「私ね、人よりずっと肌が弱いらしいの。
お婆様より、お母様の方が。それよりも私の肌は敏感。
世代を重ねるごとに弱っていくのね。見てよこの白い肌」
 彼女は僕の方に腕を突き出した。
確かに彼女は一人も色白で、透き通るようで――美しい。
でも、きっと美白だなんて言っても彼女は喜ばないだろう。分かってる。
「きっと、私の子供は私より肌が弱いのね。
そうして、どんどん薄くなった肌は。灰よりも白い。溶けちゃうのよ、いつか」
 日光を浴びた――ドラキュラのように。

31 :No.09 未来のギラギラとドラキュラ 3/4 ◇/7C0zzoEsE:07/08/05 22:37:32 ID:RE6et5yE
 彼女は、さっきよりも寂しく見えた。
僕はそんな横顔を見て、胸が痛んだ。
 もう、どうしても浅瀬の輪に加わりたいとは思わない。
それでも、それでも僕は彼女の手首を握った。
「行こうよ。普通より着込めば大丈夫だよ」
「ちょっとっ……! 血ぃ吸うわよ!」
 彼女は抵抗した。少し罪悪感があったけど。

「太陽の光に免疫つけなきゃ、そうでしょ? ちょっとずつ慣れれば、遺伝なんて平気さ」
 彼女は呆れきっていた。
「さあ、行こうよ。皆待ってるよ」
 変わらず、俯いたままで。黙りこくって、そっと立ち上がった。
僕の顔は、一瞬で華やいだに違い無い。

「ちょ、ちょっと待っててね。今、準備するから」
 僕は、ロッカーに向かい、着用義務のある外着を取り出しに行った。
分厚く強烈な紫外線から守ってくれる外出服。
僕は、肌を少し黒くしたいため、軽めの、ほんの五キロほどのものを取り出した。
「彼女は、それよりもずっと分厚いのだから……、十二キロかぁ。着れるかな」
 僕は、鼻歌交じりでセンス良く選んでいた。
彼女は僕の後ろに立ち、肩を叩く。
「あ、ちょっと待っててね今選んでいるから」
 仁美は、僕を睨んで、見つめて立っていた。ほんの一瞬。
すぐにスカートを翻して、ドアの方に歩いていく。

32 :No.09 未来のギラギラとドラキュラ 4/4 ◇/7C0zzoEsE:07/08/05 22:37:48 ID:RE6et5yE
「ちょっと! これ、着ないと駄目だよ。危ないって」
 彼女は小悪魔的に微笑む。
「君の、楽観的なの聞いてたら、全部が面倒になっちゃった」
 責任取ってよね。
僕は、少し身が竦んで。彼女は、嘘、嘘とカラカラと笑っていた。
「海って綺麗よね。昔はもっと綺麗だったのかな」
「どうしたの、仁美。ねえ」
 彼女は自分の上着に手をかけた。
「あんな海の中に潜り込めたら……素敵だと思わない?
今や世界中の人の夢じゃない、一度は素肌で母なる海に戻りたいって」
「待って、ちょっと待ってよ」
 僕は彼女を制するが、聞いていない。
「ああ、全部台無しよね。でも気持ちいいよね、きっと。
ドラキュラって、水も嫌いなんだよ、知ってた?
だから私、ドラキュラなんかじゃ無いよね」
 彼女は、ひらひらと手を振って、僕を置いて弾んで行った。
太陽の照りつける。オゾン層の消え去った、外の世界へ。
彼女の柔肌に直接紫外線は浴びせられる。
群青色に染まった海に吸い込まれていった。

 きっと無事では済まないだろう。
生徒達は唖然として、教師達は急いで外出服を装着している。
 僕は周りがやたら滑稽に見えて、彼女が妙に美しく思えた。

 贖罪か、本能か。
 僕は、持っていた外出服を投げ出して、仁美を抱きしめに翔けていった。
ギラギラと照りつける太陽の下、群青色の海の中へ。
                           (了)



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